配信事故を止めたら、無名の俺が『フードの男』としてバズっていた
翌朝、目が覚めたのは昼過ぎだった。
カーテンの隙間から差し込む光がやけに白い。体は重いが、頭は妙に冴えていた。
昨日の配信事故未遂。あれから回収作業に戻って、結局朝方までダンジョンにいたのだ。眠いのは当然だった。
だが、ベッド脇に投げ出していたスマホを手に取った瞬間、その眠気は一気に吹き飛んだ。
「……なんだこれ」
通知が、異様な数になっていた。
SNSのおすすめ。動画サイトの切り抜き通知。見覚えのないアカウントからのメッセージ。昨夜の配信アーカイブをまとめたらしい動画へのリンク。
嫌な予感しかしない。
俺は顔をしかめながら、いちばん上にあった動画を開いた。
【何者?】配信事故寸前の人気探索チャンネルを『謎のフード男』が救った瞬間【品川第七ふ頭】
「うわぁ……」
サムネイルには、暗い通路の中で振り返った俺の横顔がぼんやり映っている。幸い、はっきり顔が見えるほどではない。だが完全に他人事でもなかった。
動画を再生する。
画面の中では、昨日の配信者たちが軽い調子でルート解説をしていた。コメントも最初は平和だ。
『安全ルート助かる』
『この人たち雰囲気いいな』
『第七ふ頭って初心者でも行ける?』
『装備案件か』
そこから壁を叩いて、擬態菌殻虫が湧くまでの流れは一瞬だった。
悲鳴。ライトの転倒。意味を失う指示。そこへ、画面外から俺の声が入る。
『火を使うな! 通路が狭い、酸欠になる!』
『前に出てる二匹だけ腹を狙え!』
『照明を集めろ! そいつら光が苦手だ!』
コメント欄の流れが、一気に変わる。
『誰だよ今の』
『この人だけ状況把握してる』
『指示うま』
『現場経験えぐい』
『回収班って言ってなかった?』
『声だけで強者感ある』
「……見てるほうは面白いんだろうな」
動画を閉じて、天井を見上げた。
正直に言えば、悪い気はしない。会社をクビになったばかりの男が、翌日には『何者だ』と騒がれている。人生は分からない。
ただ、別に有名になりたいわけじゃない。俺が欲しいのはバズじゃなく、金と、当面の生活基盤だ。
そう考えていたところで、スマホが震えた。
昨夜の回収スタッフ用アプリだ。
■個人買い取り査定結果通知
■封雷の腕輪(損傷)
■仮査定額:128,000円
■備考:専門業者オークション出品時は増額可能性あり
「……は?」
思わず二度見した。
十二万八千円。昨夜、配信者が置いていった機材ケースの脇で拾った銀色の腕輪だ。
もう一件、通知。
■追加査定通知
■魔導照明具(三基)
■再利用価値あり
■合計買い取り額:18,000円
さらに、魔石片や小物を含めた昨夜のトータル査定が並ぶ。
合計、十六万を超えていた。
「……二晩で、二十万超えかよ」
口座残高を見て、ようやく現実感が湧いてきた。
もちろん、毎回こう上手くいくはずはない。それでも、会社員時代の俺からすれば十分すぎる数字だ。
そして何より怖いのは、俺の頭の中にもう次の計算が浮かんでいることだった。
低層の回収品でこれなら、中層に近い放棄品はどうだ。配信事故やクラン戦闘のあとなら、価値を見落とされた装備はもっと出るんじゃないか。いや、そもそも回収品じゃなくても、探索者が持ち込む装備の簡易査定だけで食えるかもしれない。
「……ダンジョン、マジで仕事になるのか」
そこまで考えたところで、今度は知らない番号から着信が入った。
「はい」
『あっ、もしもし!? 昨日の配信の件で!』
聞き覚えのある、軽い男の声だった。
「……誰ですか」
『昨日、第七ふ頭で事故りかけた《ダイブチャンネル》の榊です!』
「ああ」
『ああ、で済ませないでほしいな!?』
少しだけ笑ってしまった。
昨日の配信者だ。たしかに声に聞き覚えがある。
『本当に助かった。改めて礼が言いたくて』
「無事なら何よりです」
『それと、ひとつ相談というかお願いがあって』
「断る前提で聞きます」
『警戒心すごいな!?』
電話の向こうで苦笑する気配がした。
『いや、変なことじゃない。うちの切り抜き、かなり回ってるんだよ。コメント欄がずっと、あの人誰だ、状態でさ。もしよければ一回だけ、うちのチャンネルに出ない?』
「嫌です」
『即答!?』
「顔出しもしたくないですし、配信者になる気もありません」
『顔出しなしでもいい! 声だけでも! なんなら後ろ姿でも!』
「なお嫌です」
『なんで!?』
「面倒だからです」
『そこを何とか! うちとしても恩返ししたいし、視聴者も納得するし、たぶん結構稼げるし!』
最後の一言に、少しだけ反応してしまった。
それを察したのか、榊の声が一段低くなる。
『……本気で嫌なら無理にとは言わない。ただ、昨日の動き見て思ったんだ。あんた、普通じゃないよ』
「買いかぶりです」
『違う。あの場で一番落ち着いてて、一番状況が見えてた。探索者でも、あれができるやつは多くない』
静かな口調だった。
『だから、もったいないと思っただけ。バズるとか有名になるとか抜きにしても、あんたの目は価値になる』
「……」
それは、たぶん俺が一番聞きたかった言葉だった。
会社では、代わりの利く人間だった。昨日までの俺にとって、自分の判断や視点に値段がつくなんて感覚はなかった。
でも今は違う。
少なくともダンジョンの中では、俺にしか見えていないものがある。
『まあ、返事は急がなくていい。あとで連絡先送っとく。もし気が向いたらで』
「……分かりました」
『あ、本当に一応考えてくれる感じ!?』
「一応です」
『やった、ゼロじゃなくなった!』
最後までうるさくて、通話が切れたあと少しだけ笑ってしまった。
◇
その日の夜、俺はまた第七ふ頭ダンジョンに来ていた。
三日連続。自分でも呆れるくらい順応が早い。
今日は配信者はいない。そのせいか内部は静かで、ダンジョン特有の湿った空気がよく分かる。
搬入口脇で、例の中年男が缶コーヒーを飲んでいた。
「よう、フードの兄ちゃん」
「やめてください、その呼び方」
「もう現場で広まってるぞ」
「最悪ですね」
「褒め言葉だろ。昨日のお前、管理班でも話題だったぞ。あの配信連中が全滅しなかったのは、お前のおかげだってな」
中年男はそう言って、缶コーヒーを一本投げてよこした。
「……ありがとうございます」
「その代わり、今日はちょい面倒な仕事頼む」
「面倒?」
「探索者が持ち込んだ放棄品の山、査定班が手ぇ回ってねえ。お前、見る目あるんだろ?」
「買いかぶりですよ」
「そういうことにしといてやる」
中年男はコンテナ置き場を顎で示した。
そこには、たしかに山ができていた。
折れた槍。魔力の抜けた護符。焦げたローブ。片方だけの籠手。潰れた魔導端末。明らかに価値のないガラクタも多いが、逆に言えば“混ざっている”可能性もある。
俺は息を整え、山の一番手前にあった短杖へ視線を向けた。
――――――――――――――――――――
簡易詠唱杖(損傷)
価値:低
再利用:可
備考:芯材は生存、外装交換で再販可能
――――――――――――――――――――
次。
――――――――――――――――――――
火鼠の外皮籠手(片側)
価値:中
適性:斥候、短剣職
備考:対熱補助あり
――――――――――――――――――――
次。
――――――――――――――――――――
呪詛混じりの装飾剣
現在価値:低
注意:所有者精神汚染リスク微
推奨:隔離
――――――――――――――――――――
「……やっぱり見える」
もう疑いようがない。
しかも昨日より、表示が速い。慣れてきたのか、俺の中でスキルの扱い方が分かり始めている。
「どうだ?」
「使えそうなの、結構あります」
「だろうなあ。あいつら、見た目しか見ねえから」
中年男は笑って、仕分け用のタグを俺に渡してきた。
「価値あると思ったやつに印つけとけ。査定班に回す」
「俺が?」
「もういいだろ、そのくらい。現場猫より信用できる」
俺はしゃがみ込み、一つずつ見ていく。
山の中に埋もれた、誰にも見向きされない品々。その中から、価値あるものを拾い上げる。
不思議と苦じゃなかった。
むしろ落ち着く。会社にいた頃の事務作業より、よほど頭が冴える。整頓されていない山から、意味のあるものを見つけ出す。その作業は、少しだけ救いに似ていた。
しばらくして、手が止まる。
コンテナの奥。潰れた工具箱の下に、黒い金属板が半分埋もれていた。
何気なく視線を向けて、俺は息を止めた。
――――――――――――――――――――
転移門制御板(破損)
希少度:S
現在価値:判定不能
注意:無許可所持リスク大
備考:行政機関案件
推奨:即時報告
――――――――――――――――――――
「……は?」
また、やばいものを引いた。
「どうした?」
「これ……たぶん、俺の手に負えないやつです」
「どれ」
中年男が覗き込み、数秒後に顔色を変えた。
「おい、管理班! ちょっと来い!」
声が現場に響く。足音が集まり、空気が変わる。
管理班の責任者らしい男が駆け寄ってきて、黒い金属板を見た瞬間、眉間に深い皺を寄せた。
「なぜこんなものが低層の放棄品に混ざってる……?」
「さあ」
「誰が最初に見つけた?」
「俺です」
「君、名前は」
「真壁遼」
「……覚えておく」
その一言が、妙に重かった。
責任者は周囲に封鎖を指示し、金属板は厳重なケースへ移された。俺はただ見ているしかなかったが、内心はかなりざわついていた。
やはりこの【鑑定】は、単なる便利スキルじゃない。市場価値を見るだけではなく、危険性や扱ってはいけない物まで見えてしまう。
それはつまり、金になる一方で、面倒ごとも引き寄せるということだ。
スマホが震えた。
榊からメッセージが来ていた。
■例の件、返事はいつでも。
■それと、うちの視聴者が『フードの人の見立てで装備査定してほしい』って騒ぎ始めてる。
■もしかして、これ企画になるかも
スマホを見つめたまま、俺は小さく息を吐いた。
配信に乗るか。
もっと深く潜るか。
それとも、この『目』を武器に仕事にするか。
会社にいた頃の俺には、何もなかった。
だが今は違う。
選べる。
俺はしゃがみ込み、次の放棄品に手を伸ばした。
たぶん俺の人生は、このダンジョンでもう一度始まる。




