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3/12

配信事故を止めたら、無名の俺が『フードの男』としてバズっていた

 翌朝、目が覚めたのは昼過ぎだった。


 カーテンの隙間から差し込む光がやけに白い。体は重いが、頭は妙に冴えていた。


 昨日の配信事故未遂。あれから回収作業に戻って、結局朝方までダンジョンにいたのだ。眠いのは当然だった。


 だが、ベッド脇に投げ出していたスマホを手に取った瞬間、その眠気は一気に吹き飛んだ。


 「……なんだこれ」


 通知が、異様な数になっていた。


 SNSのおすすめ。動画サイトの切り抜き通知。見覚えのないアカウントからのメッセージ。昨夜の配信アーカイブをまとめたらしい動画へのリンク。


 嫌な予感しかしない。


 俺は顔をしかめながら、いちばん上にあった動画を開いた。


 【何者?】配信事故寸前の人気探索チャンネルを『謎のフード男』が救った瞬間【品川第七ふ頭】


 「うわぁ……」


 サムネイルには、暗い通路の中で振り返った俺の横顔がぼんやり映っている。幸い、はっきり顔が見えるほどではない。だが完全に他人事でもなかった。


 動画を再生する。


 画面の中では、昨日の配信者たちが軽い調子でルート解説をしていた。コメントも最初は平和だ。


 『安全ルート助かる』

 『この人たち雰囲気いいな』

 『第七ふ頭って初心者でも行ける?』

 『装備案件か』


 そこから壁を叩いて、擬態菌殻虫が湧くまでの流れは一瞬だった。


 悲鳴。ライトの転倒。意味を失う指示。そこへ、画面外から俺の声が入る。


 『火を使うな! 通路が狭い、酸欠になる!』

 『前に出てる二匹だけ腹を狙え!』

 『照明を集めろ! そいつら光が苦手だ!』


 コメント欄の流れが、一気に変わる。


 『誰だよ今の』

 『この人だけ状況把握してる』

 『指示うま』

 『現場経験えぐい』

 『回収班って言ってなかった?』

 『声だけで強者感ある』


 「……見てるほうは面白いんだろうな」


 動画を閉じて、天井を見上げた。


 正直に言えば、悪い気はしない。会社をクビになったばかりの男が、翌日には『何者だ』と騒がれている。人生は分からない。


 ただ、別に有名になりたいわけじゃない。俺が欲しいのはバズじゃなく、金と、当面の生活基盤だ。


 そう考えていたところで、スマホが震えた。


 昨夜の回収スタッフ用アプリだ。


 ■個人買い取り査定結果通知

 ■封雷の腕輪(損傷)

 ■仮査定額:128,000円

 ■備考:専門業者オークション出品時は増額可能性あり


 「……は?」


 思わず二度見した。


 十二万八千円。昨夜、配信者が置いていった機材ケースの脇で拾った銀色の腕輪だ。


 もう一件、通知。


 ■追加査定通知

 ■魔導照明具(三基)

 ■再利用価値あり

 ■合計買い取り額:18,000円


 さらに、魔石片や小物を含めた昨夜のトータル査定が並ぶ。


 合計、十六万を超えていた。


 「……二晩で、二十万超えかよ」


 口座残高を見て、ようやく現実感が湧いてきた。


 もちろん、毎回こう上手くいくはずはない。それでも、会社員時代の俺からすれば十分すぎる数字だ。


 そして何より怖いのは、俺の頭の中にもう次の計算が浮かんでいることだった。


 低層の回収品でこれなら、中層に近い放棄品はどうだ。配信事故やクラン戦闘のあとなら、価値を見落とされた装備はもっと出るんじゃないか。いや、そもそも回収品じゃなくても、探索者が持ち込む装備の簡易査定だけで食えるかもしれない。


 「……ダンジョン、マジで仕事になるのか」


 そこまで考えたところで、今度は知らない番号から着信が入った。


 「はい」

 『あっ、もしもし!? 昨日の配信の件で!』


 聞き覚えのある、軽い男の声だった。


 「……誰ですか」

 『昨日、第七ふ頭で事故りかけた《ダイブチャンネル》の榊です!』

 「ああ」

 『ああ、で済ませないでほしいな!?』


 少しだけ笑ってしまった。


 昨日の配信者だ。たしかに声に聞き覚えがある。


 『本当に助かった。改めて礼が言いたくて』

 「無事なら何よりです」

 『それと、ひとつ相談というかお願いがあって』

 「断る前提で聞きます」

 『警戒心すごいな!?』


 電話の向こうで苦笑する気配がした。


 『いや、変なことじゃない。うちの切り抜き、かなり回ってるんだよ。コメント欄がずっと、あの人誰だ、状態でさ。もしよければ一回だけ、うちのチャンネルに出ない?』

 「嫌です」

 『即答!?』

 「顔出しもしたくないですし、配信者になる気もありません」

 『顔出しなしでもいい! 声だけでも! なんなら後ろ姿でも!』

 「なお嫌です」

 『なんで!?』

 「面倒だからです」

 『そこを何とか! うちとしても恩返ししたいし、視聴者も納得するし、たぶん結構稼げるし!』


 最後の一言に、少しだけ反応してしまった。


 それを察したのか、榊の声が一段低くなる。


 『……本気で嫌なら無理にとは言わない。ただ、昨日の動き見て思ったんだ。あんた、普通じゃないよ』

 「買いかぶりです」

 『違う。あの場で一番落ち着いてて、一番状況が見えてた。探索者でも、あれができるやつは多くない』


 静かな口調だった。


 『だから、もったいないと思っただけ。バズるとか有名になるとか抜きにしても、あんたの目は価値になる』

 「……」


 それは、たぶん俺が一番聞きたかった言葉だった。


 会社では、代わりの利く人間だった。昨日までの俺にとって、自分の判断や視点に値段がつくなんて感覚はなかった。


 でも今は違う。


 少なくともダンジョンの中では、俺にしか見えていないものがある。


 『まあ、返事は急がなくていい。あとで連絡先送っとく。もし気が向いたらで』

 「……分かりました」

 『あ、本当に一応考えてくれる感じ!?』

 「一応です」

 『やった、ゼロじゃなくなった!』


 最後までうるさくて、通話が切れたあと少しだけ笑ってしまった。


   ◇


 その日の夜、俺はまた第七ふ頭ダンジョンに来ていた。


 三日連続。自分でも呆れるくらい順応が早い。


 今日は配信者はいない。そのせいか内部は静かで、ダンジョン特有の湿った空気がよく分かる。


 搬入口脇で、例の中年男が缶コーヒーを飲んでいた。


 「よう、フードの兄ちゃん」

 「やめてください、その呼び方」

 「もう現場で広まってるぞ」

 「最悪ですね」

 「褒め言葉だろ。昨日のお前、管理班でも話題だったぞ。あの配信連中が全滅しなかったのは、お前のおかげだってな」


 中年男はそう言って、缶コーヒーを一本投げてよこした。


 「……ありがとうございます」

 「その代わり、今日はちょい面倒な仕事頼む」

 「面倒?」

 「探索者が持ち込んだ放棄品の山、査定班が手ぇ回ってねえ。お前、見る目あるんだろ?」

 「買いかぶりですよ」

 「そういうことにしといてやる」


 中年男はコンテナ置き場を顎で示した。


 そこには、たしかに山ができていた。


 折れた槍。魔力の抜けた護符。焦げたローブ。片方だけの籠手。潰れた魔導端末。明らかに価値のないガラクタも多いが、逆に言えば“混ざっている”可能性もある。


 俺は息を整え、山の一番手前にあった短杖へ視線を向けた。


 ――――――――――――――――――――

 簡易詠唱杖(損傷)

 価値:低

 再利用:可

 備考:芯材は生存、外装交換で再販可能

 ――――――――――――――――――――


 次。


 ――――――――――――――――――――

 火鼠の外皮籠手(片側)

 価値:中

 適性:斥候、短剣職

 備考:対熱補助あり

 ――――――――――――――――――――

 

 次。


 ――――――――――――――――――――

 呪詛混じりの装飾剣

 現在価値:低

 注意:所有者精神汚染リスク微

 推奨:隔離

 ――――――――――――――――――――


 「……やっぱり見える」


 もう疑いようがない。


 しかも昨日より、表示が速い。慣れてきたのか、俺の中でスキルの扱い方が分かり始めている。


 「どうだ?」

 「使えそうなの、結構あります」

 「だろうなあ。あいつら、見た目しか見ねえから」


 中年男は笑って、仕分け用のタグを俺に渡してきた。


 「価値あると思ったやつに印つけとけ。査定班に回す」

 「俺が?」

 「もういいだろ、そのくらい。現場猫より信用できる」


 俺はしゃがみ込み、一つずつ見ていく。


 山の中に埋もれた、誰にも見向きされない品々。その中から、価値あるものを拾い上げる。


 不思議と苦じゃなかった。


 むしろ落ち着く。会社にいた頃の事務作業より、よほど頭が冴える。整頓されていない山から、意味のあるものを見つけ出す。その作業は、少しだけ救いに似ていた。


 しばらくして、手が止まる。


 コンテナの奥。潰れた工具箱の下に、黒い金属板が半分埋もれていた。


 何気なく視線を向けて、俺は息を止めた。


 ――――――――――――――――――――

 転移門制御板(破損)

 希少度:S

 現在価値:判定不能

 注意:無許可所持リスク大

 備考:行政機関案件

 推奨:即時報告

 ――――――――――――――――――――


 「……は?」


 また、やばいものを引いた。


 「どうした?」

 「これ……たぶん、俺の手に負えないやつです」

 「どれ」


 中年男が覗き込み、数秒後に顔色を変えた。


 「おい、管理班! ちょっと来い!」


 声が現場に響く。足音が集まり、空気が変わる。


 管理班の責任者らしい男が駆け寄ってきて、黒い金属板を見た瞬間、眉間に深い皺を寄せた。


 「なぜこんなものが低層の放棄品に混ざってる……?」

 「さあ」

 「誰が最初に見つけた?」

 「俺です」

 「君、名前は」

 「真壁遼」

 「……覚えておく」


 その一言が、妙に重かった。


 責任者は周囲に封鎖を指示し、金属板は厳重なケースへ移された。俺はただ見ているしかなかったが、内心はかなりざわついていた。


 やはりこの【鑑定】は、単なる便利スキルじゃない。市場価値を見るだけではなく、危険性や扱ってはいけない物まで見えてしまう。


 それはつまり、金になる一方で、面倒ごとも引き寄せるということだ。


 スマホが震えた。


 榊からメッセージが来ていた。



 ■例の件、返事はいつでも。

 ■それと、うちの視聴者が『フードの人の見立てで装備査定してほしい』って騒ぎ始めてる。

 ■もしかして、これ企画になるかも


 スマホを見つめたまま、俺は小さく息を吐いた。


 配信に乗るか。

 もっと深く潜るか。

 それとも、この『目』を武器に仕事にするか。


 会社にいた頃の俺には、何もなかった。


 だが今は違う。


 選べる。


 俺はしゃがみ込み、次の放棄品に手を伸ばした。


 たぶん俺の人生は、このダンジョンでもう一度始まる。

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