2万人と2度目の横浜
朝、スマホを開くと数字が増えていた。
横浜みなとみらいの調査から4日。
その間にアーカイブの再生数は品川の回の倍を超え、コメント欄は『こんなダンジョンがあるのか』『品川と全然違う』という書き込みで埋まっていた。登録者は19,400人になっている。
浅田からは『管理局の次の正式調査は来月以降になります』という連絡が来ていた。
横浜みなとみらいのダンジョンは一般開放前だが、民間鑑定士の証明書があれば個人での単独探索許可が取れる。前回の調査時に、その点は管理局に確認してあった。
今日もう一度、みなとみらいに入ってみるか。
前回潜りきれなかった奥のエリアが気になっていたし、配信としても伸びている流れを途切れさせない方がいい。
手続きを終えて、昼前の電車に乗った。
◇
みなとみらいの駅で降りると、平日の昼間の空気だった。
観光客が写真を撮っている。港の方向から風が来る。
コンビニでサンドイッチを一つ買って、ベンチに座って食べた。
品川からここまで30分だ。距離としては大したことはないが、場所が違うと同じ昼でも感じが変わる。
食べ終えてから立ち上がり、ゴミをまとめて捨ててからダンジョンの入口へ向かった。
◇
入口の受付で民間鑑定士の証明書を提示すると、確認に少し時間はかかったが、問題なく通された。
中に入ると、前回と同じ青緑色の壁と、湿り気を含んだ塩の匂いが迎えた。
今回は一人なので、自分のペースで動ける。
スマホを取り出して配信を始めた。
「今日は一人で横浜に来ています。前回の調査で気になっていた場所があって、もう少し奥に進んでみたい」
コメントがすぐに動いた。
『横浜また来た!』
『アーカイブ見て来ました』
『一人なの?』
「一人です。品川は深夜の配信が多いんですが、今日は動きやすい時間帯ということで昼に来ました」
前回確認したB4Fを通り過ぎて、さらに下の層へ進んだ。
B5Fに入ると、通路の幅が狭くなった。
足元が濡れていて、壁の青緑がより濃い。
照明の数も減っている。
「B5Fです。品川のB5Fと雰囲気が全然違います。こっちの方が湿度が高い」
『なんか深海みたい』
『足元大丈夫?』
『進んで進んで』
「気をつけながら進みます」
15分ほど進んだところで、壁の質が変わった。
前回見た潮魔石がそこここに張り付いている。
密集している。5センチ、10センチと大きなものもある。
「先週見た潮魔石、ここにもたくさんありますね。サイズも大きい。もっと奥にいくと、さらに大きなものがあるかもしれない」
壁をたどりながら進んだ。
潮魔石の密度が上がっていく。
床にも小さなかけらが落ちている。
通路が広い空間に開けた。
壁一面が、潮魔石だった。
結晶が重なり合って、床から天井まで青白い光を放っている。
小さなものから大きなものまで、数えきれないほどの潮魔石が壁に張り付いている。
コメントが止まった。
しばらく誰も何も書かなかった。
「……すごいですね」
それ以上の言葉が出なかった。
壁の中心部に向かって【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
潮魔石母岩(生成核)
希少度:S
採取可能部分の推定価値:18万〜25万円
母岩全体の推定価値:算定困難(工業用途・研究用途で高需要)
備考:沿岸ダンジョンの深層に稀に存在する潮魔石の生成源
この母岩から放出される魔力が周辺に潮魔石を生成し続けている
母岩自体の採取は一部のみ推奨——生成機能の維持のため全採取は非推奨
管理局への報告を強く推奨
――――――――――――――――――――
「潮魔石の生成源です。この壁から魔力が出ていて、それが固まって潮魔石になっていく。希少度Sです」
コメントが遅れて一気に流れた。
『S?』
『希少度Sって初めて見た』
『壁全体がそれなの?』
「全部採取はしない方がいいと出ています。生成機能が止まってしまうので。一部だけ持って帰って、場所を管理局に報告します」
『正しい判断』
『持ち帰るより残した方が価値があるってことだ』
慎重に端の部分だけを切り取った。
手のひらに乗る大きさで、ずしりとした重さがあった。
表面が微かに温かい。
「これを持ち帰ります」
◇
来た道を戻りながら配信を続けた。
B4Fまで上がったとき、スマホに通知が来た。
ダンジョンTubeからだ。
『おめでとうございます。チャンネル登録者が20,000人を超えました』
「……2万人になりました」
コメントが沸いた。
『おめでとうーーー!』
『遠征中に2万!』
『横浜で達成するのエモい』
『ここにいてよかった』
「ありがとうございます。横浜で達成するとは思ってなかったです」
流れていくコメントをしばらく眺めた。お祝いの言葉が次々に上書きされていく。
「いつもありがとうございます。これからも続けます」
◇
ダンジョンの外に出て、浅田に電話した。
母岩の場所と状況を伝えると、電話の向こうで浅田の返事が一拍遅れた。
「それは……かなり重要な発見です。来週、専門の調査チームを入れていいですか。場所の詳細を共有してもらえれば」
「問題ありません」
「真壁さん、本当にいつも助かります」
電話を切って、港の方を見た。
夕方になっていて、海の向こうが赤くなっている。
持ち帰った母岩の欠片をポケットの中で軽く握った。
まだ微かに温かかった。
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