1万人と、業界記事と、封印された小部屋
翌朝、魔素結石を精製業者に持ち込んだ。
受付で3点をまとめて袋から出すと、担当者が少し目を細めた。
「同一鉱脈のものですか」
「鑑定でそう出ました」
「珍しいですね。セットで持ち込まれるのはほぼないので。仕上がりは3日から5日いただきます」
「お願いします」
預かり証と精製料の見積もりを受け取って外に出た。
単体では価値のなかった石が、揃えることで変わる。
そういう仕組みを知っているのと知らないのとでは、ダンジョンの見え方が全然違う。
これぞ鑑定スキルの真骨頂だな、そう感じつつ所用を済ませていった。
◇
昼ごろ、榊からメッセージが来た。
『回収屋さん、業界メディアに記事出てるの知ってます?』
URLが貼られていた。
開くと、ダンジョン関連の専門メディアのサイトだった。
記事のタイトルは『在野の鑑定師・回収屋が業界に波紋——無名チャンネルが1万人に迫る理由』。
読み進めると、自分の配信のことが書いてあった。
呪詛護符の発見、偽造品の見抜き、折れた大剣の修復提案。
配信のアーカイブから引用する形で、『通常の探索者では不可能な精度の鑑定を持つ人物』という切り口で書かれている。
顔も名前も出ていない。
『フードの回収屋』という表記だけだ。
榊から追加のメッセージが来た。
『SNSでかなり回ってます。ダンジョン業界の人が何人かシェアしてて。管理局の中の人も見てるらしいですよ』
『そうですか』
『嬉しくないですか』
『複雑です』
注目が増えるのは配信にとってはいい。
でも正体特定スレが動いているのも事実で、記事が出ればそちらも加速する。
しばらく考えてから、『見てくれてありがとう』と返す。
『次の配信、楽しみにしてます』と榊は返してやり取りは終了した。
◇
夜、15回目の配信を始めた。
登録者は8,940人になっていた。
昼の記事の拡散効果が出ている。
「今日はB4Fの南側の続きを回ります。先週と別のルートで」
『今日も来た』
『記事見て来ました』
『はじめて見ます』
「記事、見てくれた方もいるみたいですね。ありがとうございます。とは言え、やることも変わらずいつも通りやります」
B4Fに降りると、巡回中らしい中年スタッフが通路の脇に立っていた。
「記事出てたな」
「見てたんですか」
「管理局の朝のミーティングで話題になってた」
それは思ったより広まっている。
「何か問題ありますか」
「別に。ただ、目立つと面倒が増えるぞ」
「分かってます」
スタッフが缶コーヒーを一口飲んで、別の方向に歩いていった。
配信を続けながら南側のルートを進んだ。
先週と別の通路に入ると、壁の質が変わった。
整備された区画から外れたような、古い石造りの壁だ。
「なんか雰囲気が変わりましたね。このルート、最近の改修が入ってないのかもしれない」
『雰囲気ちょっと違う』
『怖くない?』
『進んで』
進むと通路の突き当たりに扉があった。
金属製で表面に古い術式の刻印があり、施錠されているが取っ手が付いている。
「……扉がある。地図に載ってない」
【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
封印扉(施錠解除済み)
状態:封印は現在無効化されている
備考:かつて何らかの理由で封印されていたが、封印の術式が経年劣化で失効している
扉の向こうに物品の反応あり
危険度:低(魔物の気配なし)
推奨:入室可能。ただし管理局への事後報告を推奨
――――――――――――――――――――
「封印が切れてて、開けられます。中に何かあるみたいですが、危険はないと出ました」
コメントが一気に動いた。
『開けて』
『やばいやつじゃないの』
『入れるなら入ってほしい』
取っ手を引くと結構な重みを感じる。
想像以上に重い扉だったが、力を入れるとゆっくり開いていく。
扉をあけると、すぐ埃っぽい匂いを感じる。
慎重に中を伺うと小部屋が一つの作りになっていた。
約6畳ほどの広さで棚が壁際に並んでおり、埃の積もり方からして相当な年月が経ってそうだ。
棚の上を丁寧に見て回ると、古い魔道具が5点置いてあった。
埃をかぶってはいるが、しっかりと形は保っている。
「これ……かなり古そうですね。全部鑑定してみます」
1点ずつ【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
旧式魔力増幅器(損傷あり)
希少度:B
現在価値:低(損傷のため)
修復可否:可能
修復後推定価値:15万〜22万円
備考:現行品より旧式だが基礎術式の精度が高い
修復には魔道具専門の業者が必要
――――――――――――――――――――
「これは修復できます。しかも修復後15万〜22万円」
『また修復案件』
『回収屋の得意パターンだ』
続けて2点目。
――――――――――――――――――――
魔力蓄積型護符・旧式(機能停止)
希少度:C
現在価値:低(機能停止)
修復可否:可能(術式の再刻印で復活)
修復後推定価値:4万〜6万円
備考:旧式の術式構造だが素材は良質
――――――――――――――――――――
3点目。
――――――――――――――――――――
古式魔鋼製小刀(刃こぼれあり)
希少度:B
現在価値:素材価値として7万〜10万円
修復可否:不可(刃の構造が再鍛造に不向き)
備考:刃の修復は困難だが素材の魔鋼自体に価値がある
買取業者への直接持ち込みを推奨
――――――――――――――――――――
4点目。
――――――――――――――――――――
魔力石製小瓶(中身あり)
希少度:C
現在価値:内容物込みで3万〜4万円
備考:保存状態が良好な魔力液が封入されている
専門の薬品業者への持ち込みを推奨
――――――――――――――――――――
5点目。
――――――――――――――――――――
旧式術式板(劣化)
希少度:D
現在価値:ほぼなし
備考:術式が完全に失効しており、素材としての価値も低い
――――――――――――――――――――
「5点全部鑑定しました。修復できるものが2点、素材として使えるものが2点、価値がないのが1点です」
コメントが止まった。
『部屋ごと宝の山じゃん』
『封印されてた理由は』
『管理局に報告するの?』
「管理局には帰りに報告します。そもそもこの部屋、地図に載ってないということは、廃棄区画なんだと思います。放置されてた物品は回収品の扱いになると思うので、持ち出して大丈夫なはずです」
5点を袋に入れると重みを感じる。
「けっこうずっしりきますね」
部屋を出るとき、コメント欄の数字が目に入った。
登録者が9,700人になっていた。
配信を続けながら他にも何かないかと周囲を探索しつつ、出口方向へ向かっていた。
今回は一つの山場もきっちりと配信できたし、中身の濃い回だったと思う。
そんなことを思いつつも出入口のゲートを抜けると、スマホの通知が来た。
ダンジョンTubeからの自動通知だった。
『おめでとうございます。チャンネル登録者が10,000人を超えました』
そのメッセージに思わず立ち止まる。
「……10,000人になりました」
コメントが一気に流れた。
『おめでとうーー!!』
『ついに!』
『記念すべき瞬間が配信中に来た』
『ここにいてよかった』
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
言葉が少し詰まった。
0人から始めたこの配信が、最初の配信で38人が見てくれて、今夜1万人になった。
コメント欄に祝福が次々と流れていく。読み切る前に、新しい行が上に重なっていく。
画面を一度伏せて、もう一度開いた。数字は変わっていなかった。
「これからもよろしくお願いします」
◇
管理局に封印部屋の件を報告してから、修復業者に2点を預けた。
残りの2点は翌日に別の業者に持ち込む予定にした。
「1万人かぁ」
帰路につく最中、これまでのことを考えていた。
配信を始めてからまだ1か月も経っていない。
にもかかわらず、もう登録者数が1万人を突破した。
「会社をクビになってからのほうが人生順調過ぎだろ」
人生、何が転機になるかよく分からないものだ。
生暖かい夜風が優しく頬を撫で春の到来を感じる、そんな日の夜の1コマだった。
読んでいただきありがとうございます。
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