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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
20/34

5.抉れた山の裾野で ブリーフィング(4)


 指揮車両のボンネットをテーブル代わりに、半円を描いて集まったのは六人、もとい正確には五人と一機だった。機を含む半数はむろんイブキたち。

 もう半数はアートとシカゴ、そしてさらに一名の教官である。


「トレンチだ。お前ら、初対面だったよな?」


 と言って切り出したのはアート。実質的なところはともかく、立場上は彼が全体の指揮官らしい。


「トレンチ、イブキと飛んでるのはビィ、それから……ノアだったか? そっちのじゃじゃ馬どもは彼に雇われている身だから、俺たちの都合で戦力に加えられない。諸々の詳細確認を踏まえて了承を得る……という名目で同席してもらう」


 少年は軽くおとがいを引いて首肯し、トレンチもそれにならった。


 パッと見た印象ではアートたちと同世代だろう、ヒスパニック系の中年。柔和な表情に落ち着いた物腰の男で、その穏やかさが魅力的な反面、どこか不思議な感覚に襲われる。今も例によって武装しているのに、なぜか脳が認識しない。

 極端な話、例えばトレンチが凶器を手に歩み寄ってきたとして、こちらは命を奪われる瞬間まで彼の危険性に気付けない。そんな独特の雰囲気。


 言ってしまえば傭兵ではなく、


「よろしく頼む」


「どうも。元ヒットマン?」


 出力調整が難しい右手でなく、左手を使って握手を交わしながら、イブキがずばり訊いた。


 戦前では殺し屋を意味した俗称だが、この戦後暦ではやや趣が異なる。現代でも犯罪者は多く、統一された国や政府、法がないからこそ手がつけられない。交易都市クロスポイントでさえ、裏では地下街という犯罪組織の温床が存在するほどだ。


 そうした勢力への対応を行なうのが、ヒットマンの名で称される傭兵。ガーディアンセルが身元を保証する、準法執行官といったところ。

 ただ、この男はそれとも違うようだ。


「よく言われる。似たような者だがね」


「っていうと?」


「トレンチは、元ミリティアだ」


 先を引き継いだのはシカゴ。


「民兵? なんだそれ?」


 聞き慣れない単語へ、ノアが疑問を呈した。黒いニット帽越しに頭を掻き、シカゴは続ける。


「ミリティア。復興軍に合流しなかった、旧アメリカ政府組織の集まりだ。中央情報局やら国家安全保障局やらといった情報機関のな。現正規軍、つまり公式のアメリカ政府を自称する復興軍を離れたから、民兵。要するに……」


「スパイ連中のなれの果てだ」


 当の本人があっさりと言い放つ。


「……俺はそっち方面は素人だしよくわかんねえけど、そういうのって隠しとくもんじゃないのか?」


 問いかけるノアの頬が、軽く引きつっていた。

 スパイ組織にいた人間が素性を隠さず傭兵チームで、しかも新兵の教育を担っている。外野にしてみれば相当な問題に思えたが、


「まあ、ガーディアンセルもミリティアと協力関係にある。復興軍とも、多少の反目はあっても対立はしていない。仮に情報を抜かれていたところで、こっちには気にする余裕がないからな」


 一種の共生だ、とシカゴは臆面もなく締めくくった。そういうものなのか。釈然としない気持ちは拭えないものの、部外者であるノアがこれ以上の追求すべき領分ではなかったし、彼らの政治的駆け引きに関わるのも無用だろう。

 そうしてひと段落した気配を見計らったか。


「親交が深まって何よりだ。そろそろ仕事の話するぞ」


 アートが言い、ボンネットの上に地図を広げた。この一帯、コロラド・スプリングス周辺を記録したもの。紙媒体を使用するのは、分隊規模のグループゆえ。ブリーフィングの際、実物の地図を広げた方が情報共有しやすいのだろう。

 そんな風にノアが予想する中、アートは続けた。


「四日前のことだ。俺たちはコロラド・スプリングスで実地訓練の準備をしてたんだが、そこにXB3の集団が現れた。以来、見過ごすわけにもいかず偵察ドローンを使って追跡してきたんだが……」


「そこに私たちが現れた、と」


 イブキは先読みして告げる。


「撃滅してくれてよかったんですよ、教官? D型とはいえ分隊規模なら、充分やれたでしょ」


「分隊ならな。言ってなかったが、確認できた限りでは連中は二〇機近い。一個小隊だ」


「……うわぁ」


 悪夢のような光景、とは月並みな表現にせよ、現状はまさにそれだった。あれが二〇機。中規模の居住地なら一晩で陥落してしまう。


「だが撃破の目途は立った。イブキ、お前撃たれてたな」


「心配してくれてる?」


「むしろ感謝してやる。あのサイレンス・カービンは重金属弾頭。四〇〇メートルの有効射程圏内なら、対ライフル弾用プレートでも防ぎきれん。それが防げた。ということは、やつらは大戦中に製造された可能性が高い」


「なるほど。経年劣化を予想してるんだ」


 野生兵器の中には、そうしたパターンも少なくない。大戦当時は、何しろ有人兵器がいなかったと伝えられるほどだ。そんな機体が二〇〇年間も厳しい風雨に曝され、残骸を漁って動力を維持し、今なお半ば朽ちた有り様で荒野をさまよう。

 前例自体はある話だ。当然、耐用年数などとっくに過ぎた機体には、至るところにガタが来ている。アートはイブキの被弾状況から、あのバリスティック・ドローンたちが二世紀前の亡霊であると読んだらしい。


「っても、ちょっと信じらんないなぁ。私だって戦時生まれの野生兵器は何度か見たけど、共通して単独だったよ? 同型のドローンが小隊規模でそっくり動いてる……なんて話、聞いたことある?」


「ないさ。俺たちもそこがわからん」


 さじを投げた口調で、アート。どうにも理屈に合わない。二〇〇年前の小隊という予測まで間違いだとは思えないが、肝心な部分に確証を得られないのだ。


「なんにせよ」


 これまで沈黙していたシカゴが、咳払いをひとつ挟んで述べる。


「詳細は残骸から、メモリなり何なりを調べればいい。その手の仕事が得意なミリティア出身者もいる。問題はこちらの存在が知られ、逆に追われる側になった点だ。ここで叩かないと寝首を掻かれる」


 食事の際、イブキがノアに語った主張だ。いかにも傭兵然とした彼らが使うと、重々しさが増す。


「そこで気になるのは、どう叩くべきか、だ。一般論で考えるなら、夜になれば光学迷彩で向こうに分がある。こっちの暗視装置は赤外線と微光増幅。どちらもあの迷彩は探知できない。だがこちらから仕掛けるのもリスクが高い。気付かぬ間にクロスファイア・ポイントへ誘われた、など笑い話にもならんだろう。イブキ、お前の意見は?」


「……」


 口元に左手を、双眸を細めて目線は下に、少女はしばし黙考した。


「攻撃があるのは確実なんだし、わざと攻め入らせるのは?」


「待ち伏せを仕掛けると?」


 確認を兼ね、トレンチが訊く。


「光学迷彩はセンサーこそ誤魔化せるけど、存在が消えるわけじゃない。特に複数の光源には弱くて影が生まれる。だからワイヤートラップに照明弾を仕掛けて後退。装甲車二台の重機関銃を主軸に待ち構えて、反応があったら最大火力を投射。ここなら木が少ないし、手数で圧倒できると思う」


「だが」


 と、これはシカゴ。


「取りこぼしもある。アンブッシュはいいとして、一方向だけじゃ心もとない。側面に回られたら?」


「それは……」


 辺りを見回しながら、イブキは思考を進めた。さながら訓練時代のおさらいだ。理想は十字砲火。前方と左右どちらかで敵を挟み、一挙に撃破する。


 これが可能な地形となると……。


「斜面に陣取ったらどう?」


 黒い人差し指が示した。


 ここはすでに山脈のふもと。山に沿ってなだらかな坂が続くかと思いきや、いきなり崖と呼んでも許される急勾配が現れたりする。元々の地形が、最後の世界大戦を経てデタラメな凹凸を生み出しているのだ。最低限のマップや土地勘も無しに動き回れば、そうした意図しない人工の断崖絶壁に滑落しかねない。

 イブキが指さしたのも、そうした地形のひとつだ。ただし、こちらが崖を見上げる形。


 野営地より少し離れた、最初の待ち伏せポイントからすると右手側。高さ約一五メートル弱。ほとんど垂直と言っていい岩肌がそびえる。


「ほら、マップのここ。これって最新版の地形でしょ? この先から登れるようになってる」


「ふん……」


 アートは地図と実物とを見比べた。なぜか、どことなく憮然として。

 構わず続ける。


「人手はそんなにいらないと思う。軽機関銃と、あるなら四〇ミリとかロケットランチャーを組み込んだ一個射撃班。側面を抑えるだけだから、それで充分じゃないかな」


「……なるほど」


 今度はシカゴ。横ではトレンチが相槌を打つ。どうしてかニヤつきながら、だ。


「ああ、名案だ」


「同じく」


「ん~? それ茶化してないよね?」


 わざとらしい賞賛へ、いよいよイブキが詰め寄った。すると、


「大真面目だとも。そうだろ、アート」


「……はぁー」


 ひげ面の教官は深いため息でもって応じる。状況が掴めないのはイブキだ。


「なに、どしたの? どっか抜けてた?」


「そうじゃない。……全く同じ案を、こいつらから聞かされた」


「へ?」


 間抜けな声が出た。計画のミスを疑った矢先、意外すぎる回答である。きょとんとしてノアたちに首を傾げたイブキへ、渋々ながらアートは言う。


「昨日な。いよいよ物資も少なくなってきたから、撤収するか一戦交えるかを話し合ったんだ。そうしたらこいつら、揃って撃退案を出しやがった」


 聞けば、異なるのは作戦の出発点のみ。昨日の時点だと、アートたちはまだ気付かれていなかった。少数による先制攻撃を行なって後退。イブキの提案と同じ待ち伏せポイントまで、あの機械兵たちを誘い込むというものだ。


「お前は消極的すぎるんだよ、アート。シカゴを見習え」


 トレンチの酷評。受けた方は二度目のため息をついた。


「習いすぎた結果だ。お前らの立場なら、俺だって同じ提案をしてる」


「なら、わかりやすく賛成しておけ」


「反対意見は必要だろうが。誰かが慎重論を唱えた方がいい。……常識論とも言うがな」


 最後に付け加えた一言にことさら含みを持たせたのは、彼なりのささやかな反抗だろう。同格の教官二人を抱える指揮官。何かと苦労が絶えない様子だ。


「まあまあ。じゃあ、ともかく待ち伏せは確定でいいんだ?」


 なだめつつイブキが言う。元教え子にこう対応されては、さすがのアートも頷くしかない。


「……ああ、それで行く。トレンチ、主力を率いて正面に回れ。シカゴ、お前は」


「後方で調整に回る。いつも通りだ。ノアも引き受けよう」


「俺を?」


 意外なところで呼ばれた少年は、咄嗟に聞き返した。


「気を悪くするな、誰かが護衛につかなきゃならんだろ。装甲車の中が一番安全だ」


「わかってるよ」


「なら、ビィもお願い」


 イブキが付け足す。待ち伏せ攻撃に必要なのは火力と装甲。軽快に飛び回る機動力は、こういう状況で活躍を望めまい。

 そこはビィ自身も承知しているようだ。


「……♪」


「そんな顔しないの」


 最初の一言に、教官たちが顔を見合わせた。表情があるのか、と言いたげに。すっかりお馴染みとなったノアだけ肩を竦める。


「ちゃんとノアを守ったげて。頼りにしてんだから」


「~♪」


 ビープ音が変わった。不満そうな音色から、楽しげなメロディへ。


「決まりだな」


 了承の気配を察し、アート。


「側面は俺が受け持つ。ガンナーと給弾手を二人。イブキ、お前も一緒に来い」


「了解。……あ、それからなんだけど、偵察ドローンがあるって言ったよね? まだ飛ばしてる?」


「バッチリとな。もっとも、電磁波でおおよその位置を掴んでる程度だが」


 シカゴが応じた。相手は対人兵器として設計されたバリスティック・ドローン。上空への警戒は甘く、まだ発見された気配はない。


「私たちの車って……」


「あのバギーか? さっき確認した限りじゃ無事だ。こっちを優先してるんだろう。もしくは、お前らが戻るタイミングを見計らってるか」


「ん、壊されてないならよかった」


 ふぅ、と少女が息をつく。バイク同様、スクラップに変わっているのではないかと。今に至るまで胸の奥にわだかまっていた不安は、ひとまず払拭できた。

 もしバギーまで失っていたら、続行の道も途絶えていただろう。あるいは本当に、なんとでも言って訓練部隊の車両をちょろまかすか。いやいや、さすがにあれは冗談のはず。


「手早くやるぞ」


 安堵の空気が流れ切る前に、先んじてアートは引き締める。たった一言を的確なタイミングで挟み、緩みすぎず引き締めすぎずの雰囲気に持ってゆく。シカゴやトレンチが居ても、彼が責任者を担う理由はこの辺り。

 仔細は同僚たちに任せられ、しかし決して怠けることなく全体を監督でき、場合によっては現場要員として動くことも厭わない。これは指揮官の素質だろうし、実はリーダーの座は他二名の教官から推挙あってのことだ。


「日暮れまであまりない。迅速に動くぞ。コールサインは、トレンチがウルフパック1、俺が2、シカゴはアルファ。一網打尽にして仕留める。いいな?」


 いずれも首肯によって意を告げる。アートの言葉が、彼らに腹を括らせた。

 バリスティック・ドローンの特殊作戦小隊。経年劣化の可能性が高く、勝算もある。しかし確実ではないのだ。気を抜こうが抜くまいが、ともすれば誰かが死ぬ。


 だから彼は、たった一言でブリーフィングを締めくくった。


「……死ぬなよ」


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