5.抉れた山の裾野で 影に染まる(5)
何度かボルトを引き、動作と薬室をチェック。ガンオイルはしっかり仕事をしており、引っかかりがない。伸縮ストックの位置を固定すると、照準器を確認する。覗き込むと赤いサークルと中心の着弾点とが窺える、いわゆるホロサイト。
加えて、その後部に傾いた状態で設置されているのはブースター。照準位置まで動かすと等倍から二倍率まで視野を引き上げる。微光増幅型の暗視装置も組み込まれているため、都度で使い分ける仕様。
コンディションは良い。さすがアートたちが持っているだけある。
与えられたライフルの調子を確認し終えると、イブキは最後にマガジンを装填。初弾を送り込んで安全装置をかけた。
「なんつうか、新鮮だな。お前がそういう銃持ってるの」
「そうかな? ……そりゃそっか」
ノアの寸評に軽く頷いた。実際、今のイブキは普段とだいぶ印象が異なる。
携えているのは前述のアサルトライフル。防弾アーマーに装着していた各種弾薬のホルダーも外し、突撃銃用のマグポーチに置き換わっていた。一列につき二本の三〇連弾倉を、三列。
これだけでも一八〇発。さらに腰のベルトにも両側へ二本ずつ小型ポーチで携行するので、さらに一二〇発が追加されるのだ。
装填したものを含めると、三三〇発。日頃を知っているからこそ、どこか違和感のある重武装。
「使ったことあんのか?」
「この銃? まあ、訓練中はね」
十一インチの銃身を用いたコンパクトなサイズに、弾倉の長さが際立つ突撃銃。短機関銃を騙っても通用しそうな外観は、ガーディアンセルで制式ライフルとなっている銃のショートモデルだ。
「ヘックス・ファイアアームズ、SOR85。三〇八口径のAP弾を使う、対ドローン仕様のアサルトライフル。ホントは折り畳み式のストックなんだけど、アートの趣味かな」
一部のパーツは挿げ替えられ、または付け足されている。光学照準器や銃身下部のグリップなど。オプション類は当然として、銃床に至っては丸ごと伸縮式に交換されていた。
「なんだっけなぁ。あだ名もあったよね、これ」
「~♪」
「ああ、それそれ。グレイハウンド」
おそらくは大半の人間に伝わらないビィの補足を、イブキはすんなり読み取った。他にこの芸当ができるのは、たぶんノアだけ。
優れた操作性と精度、そして小銃規格としては大型の口径が生む火力。これらの性能へ世界最速と謳われた猟犬を重ね、あやかった名だ。あるいは引き継いだのかもしれない。その猟犬は、文明の崩壊と共に絶滅したと伝えられるから。
「大層なもんだな。名前ほど頼れりゃいいが」
「そこは、さ。射手の腕の見せ所よ」
「ああ……」
なんとなく曖昧に返して、ノアは周囲を見渡した。暮色に沈みつつある野営地で、すでに訓練部隊は各々に行動を始めている。哨兵と共に車両を移動させ、トラップを設置。諸々の手際は滞りなく、さすが経験者揃いの新兵たちだ。
心強い。武装した十人以上の味方が揃っている光景は、それだけで安心感を抱ける。
ただし一方で不安もあった。これから本当に戦闘が始まるという実感が、ノアの心中へ爪を立てる。
野生兵器との戦いは、確かにこの時代の日常だ。しかし街の日常ではない。その脅威は日々に溶け込みながら、傭兵や警備チームでなければ目にする機会は少なく、そういうものなのだろうと戦いを知ったつもりになる。
そんな曖昧な認識で片付くものではなかったのだ。
飛来する弾丸。鼓膜をつんざき、肌を焦がす爆風。なんら変哲のない道行きの中、いきなり無機質の殺意を向けられる恐怖。
あんな状況に置かれ、どうすれば正気を保てると言うのだろう。これはイブキたちの身を案じるがゆえの感情でもあるし、一方でより単純な恐ろしさでもあった。
逃げたい。ここで見逃し、街が被害を受けようと、そんなことはどうでもいい。あんな戦火に巻き込まれたくない、と。
こんな風に考えてしまうのは、ノアが卑怯なわけでも、ことさら弱いわけでもないし、旅の覚悟がどうという話でもあるまい。単にわかってしまっただけだ。
こういうものだろう。――そんな漠然とした認識の裏で、人は呆気なく死んでしまうことを。
そして同時に、逃げたいと考えてしまう自分にひどく嫌気がさす。この中でたった独りだけ、自分がどうしようもなく場違いな臆病者に思えるのだ。
と、
「預かってて」
浮かない表情のノアに、イブキは自前のショットガンを差し出した。
「スラッグ弾満載。引き金に触っちゃダメだかんね」
「護身用か?」
受け取りながら訊く。ノアのサブマシンガンはバギーに置いたまま。いざとなったらこれで身を守れということか。
「お守りだって、実用的に越したことないでしょ?」
「取りに戻らねえなら、さっさと質に入れちまうからな」
「覚えときましょ。それから、これも」
生身の左手。そこに小型デバイスを乗せられていた。一日の終わりか始まりか、ふと気付くとそのどちらかでイブキが聴いている、あの音楽が入った機械。
「いいのか?」
「ダメなら渡してないって」
「……わかった」
これは茶化さず、率直に受け取る。録音されたメロディが、少女にとってどれほど思い入れがあるかは知らないままだ。それでも渡された時、信頼と名付けられそうな感慨をノアは感じた。
「さーてとぉ」
胸中を知ってか知らずか、いやたぶん後者だ。イブキは軽く伸びをし、両肩を回してほぐす。
「ビィ、ノアをよろしく。ノアは、ビィのことよろしく」
「どっちかにしろよ」
「~♪」
「まあまあ。ビビってるんだと思ってよ。実際、怖いし」
赤い日差しの中、彼女はあっさりと笑って打ち明けた。
「そうは見えねえ」
「から元気ばっか上手くなっちゃったかんねぇ。ま、下向いてるよりマシだって」
「……そうだな」
にっ、と白い歯を見せるイブキの笑みに、つられた様子でノアの口元まで緩む。どことなく和やかな空気。この少女がいるだけで、先ほどまであった陰鬱な気配が薄れてしまう。
そんなタイミングで、アートたちがやってきた。
「イブキ、行くぞ」
背後に二人、アサルトライフルと軽機関銃をそれぞれ携える新兵を引き連れ、自らも巨大な銃器を手にしていた。ライフルをそのままスケールアップしたような外観の、自動式グレネードランチャー。小銃同様のマガジン給弾方式を採用したそれは、重量にさえ目を瞑れば絶大な火力を発揮する。
機関銃と併せ、側面を抑えるイブキたち支援チームの主軸だ。
「はいよー。そんじゃ、また後でね」
「ああ」
少女の左手と少年の右手が、互いに拳を作って軽く打ち合った。何気ない仕草を経てチームに合流するイブキの背中を、ふと疑問に思ってノアは見送る。
「……あいつ、右手ってあんまり使わないよな」
食事や挨拶、端末を操ったり握手を交わしたり。日常的な動作でイブキが使うのは左手の方だ。元々そちらが利き手なのかと思いきや、銃は今もまさに右手に携える。
「~♪」
「ふぅん。なんつうか」
「?~♪」
「あいつらしいな」
果たしてビィの返事は、ノアにどう聞こえただろう。少年は納得した様子で頷き、去り行く影法師たちを見送った。
夜が東の空を侵食しつつある。完全な闇色に染め上げられるまでの余白を、この日の最後の残照で埋めながら、太陽は地平線へ沈もうとしていた。
もうじき全てが影に染まる。今宵は月の気配もない。そして始まるのだ。一面に闇色を敷き詰めた、抉れた山脈を仰ぐこの地で。劇的でも何でもないごくありふれた銃火が、夜の底より音もなく這い上がろうとしていた。




