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問9)教室に残った彼女の心情を答えよ








 ――自分のことは自分が一番よくわかっている、とか言うよな。


 どうだろう。俺は常々疑問に思っている。

 そんなに自分自身のことを理解できているだろうか。

 自分の心の形や、感情の動きをきっちり把握できているだろうか。

 いいや、できてない。

 自分が本当は何を感じ、何を考えているのかなんてわからないものだ。

 人の思考回路はぐちゃぐちゃで変なものがたくさん挟まっている。そのせいで1+1が2にならなかったり、褒められて腹が立ったり怒られて嬉しくなったりもする。


 人間は、自分のことさえ完全にはわからない。

 他人なんて言わずもがなだ。

 ましてや異性で、さらには遠い世界から来た不思議存在が相手なら、何一つわからなくたっておかしくない。

 おかしくはないが――だからって、そこで思考を止めていいわけじゃないんだ。

 よく考えて、よく観察して、相手のことを思いやれば、ほんの少しくらいは理解できるはずだ。


 例えば、あいつはよく「かはは」と笑った。

 でも、その笑いには二種類あった。

 「かはは」と笑って何かを言うときは確かに笑っているが、何かを言った後に「かはは」と笑うときは何かをごまかしているときだった。

 俺や自分をごまかすために、あいつは少なからず無理に笑っていた。


 ……ああ、そうだよ。

 これに気がついたのはずっと後のことだ。

 まったく、後悔というのは先に立たないよな。








 神社から学校はそれほど遠くない。

 それでも少しずつ着実に陽は傾き、白かった太陽は徐々に赤く変わる。

 陽が落ちるほどに口数も減り、到着するころにはお互い無言になっていた。

 何も言わずに廃校になった木造校舎に入っていくと、新月封印も後に続く。

 そうして、かつて使っていた教室に入る。

 俺は自分の席に座り、新月封印は教卓の上に座った。


「さて――じゃあ、何から話そうか」

「それはユキハルに任せる。信頼しているからな」

「そうか。それならまあ、無難なところから――」


 そこで俺は努めて彼女の方を見ないようにしながら奏との学生生活についてを語り、新月封印も俺を避けて教室の中をぐるぐる見回すように視線を動かしていた。

 外の景色が赤から紫色に変わるころ、俺は話を終えた。

 そして、区切るように告げた。


「どうだ。この辺でいいだろう、新月封印」

「いい――とは?」

「細かい話をしようと思えばまだいくらでもできるが、そんなのはお互いに引き伸ばしにしかならない。奏の話をするという約束は、もう十分に果たしたんじゃないか?」

「急にどうしたんだ、ユキハル。新月は何か気に障ることを言ってしまったか?」

「そうじゃない。お前は何も悪くない。だが、そろそろ限界だろう」


 俺の言葉に、新月封印の瞳がかすかに揺れた。


「なんのことだ?」

「思えば最初の一回以来、お前が銀を食ってるところを見てない。それにお前のその衰弱。推測するに、時間を巻き戻しても銀は戻らないか、巻き戻すたびに必要な力が増していくか、そういう感じなんだろう?」

「――――」


 新月封印は一瞬だけ表情を歪めた。

 それから小さく頭を振って、言った。


「――普段ならば問題ないのだ。肉体の持ち主が死んでいて、新月がずっと表に出ているという、今回の状況がイレギュラーすぎただけでな。新月はいつも裏方で、だからここまで消耗したりはしなかった」

「そういえば、そんなことも言ってたな」

「よく覚えてるな、ユキハル。それとお前の質問だがな。どっちも正解だぞ。慧眼だな。かはは」


 つまり。

 失われた銀は時間を巻き戻しても戻らず。

 しかも繰り返すごとに消耗は激しくなっていく。


「……そうか。無理をさせたな」

「何を言う。すべては新月のわがままだ。それに――裏方じゃなく当事者になったからこそ、今までより近づけている気がするのだ」

「その、『一なる真実』ってやつにか?」

「そうだ。だから新月としては続けたいのだ。もうすぐ、わかる気がするんだ――」


 新月封印の求めるもの。『一なる真実』。

 それも最初のころに言ってたことだ。

 新月封印は『一なる真実』のために時間を求める声に応じて現れ、時間を与える存在だと――



 ――待て。



 時間を求める?

 もしかして――俺か?

 時間を欲して彼女を呼び出してしまったのは、俺なのか?

 奏のことを割り切るための時間を、新月封印に求めてしまったのか?

 だとしたら――なおのこと、このままにはできない。


 俺が奏のことを割り切れるようになるまでどのくらいかかる?

 それまでずっと、延々と新月封印を衰弱させ続けるのか?

 ――そんなことは、できない。


「だからって無理をすることはない。お前にとってはこれが最後じゃないんだろ?」

「それは、そうだが――」

「正直、お前には救われた。もしもお前が現れなかったら、俺はきっとあの後首を吊って死んでたと思う。規模すらわからないくらいの喪失感が、今ではなんとか客観視できてる。お前のおかげだ。一緒にバカやるのも楽しかったしな」


 当たり前のことを、特別みたいに喜んで。

 苦しそうなことすらも、嬉しいことのように楽しんで。

 だんだんコイツは月というより太陽なんじゃないか、って思ったりもして。

 ああ、本当に楽しかったさ。


「でも、お前がいる限り、俺はお前と奏を重ねて見てしまう。奏がいるつもりになってしまう。だから一緒にはいられないんだ。ここから先は俺が一人で抱えて、俺の中で解消していかなきゃいけないんだから」

「ユキハル――」

「だからこれは、せめてもの餞別だ」


 俺は席を立ち、ポケットから指輪を取り出す。

 俺の後悔の象徴たる、銀の指輪を。

 机と机の合間を縫って、新月封印が座る教卓の前までゆっくりと歩く。

 そして、渡した。


「これを――新月に?」

「ああ。腹の足しにでもしてくれ」


 新月封印をぎゅっと指輪を握った。

 その表情から彼女の心情を推し量ることはできない。

 できなかった。


「……悪いな。二人で『一なる真実』を探そうぜ、なんて言っておいて、こんな中途半端で投げ出しちまってさ。でも、俺も限界なんだ。わかってくれ。俺は奏を大事にしたいから、奏の体を使っているお前とは、一緒にいられない」


 予感があるのだ。

 このまま新月封印と一緒にいると、奏への気持ちの形が変わってしまう。

 いや、形が変わるのはいい。自然なことだ。だが、望まないものに変化してしまうのが怖い。思いは鉄だ。それも今はドロドロに溶けた溶鉄。そして新月封印は奏と似てはいるが違うカタチの型なのだ。

 俺はこのドロドロしたものを、自然な形で広げてしまいたいのだ。


 少しの間、新月封印と目があった。

 言葉では話しきれないものを語るように、視線を交わした。


「そうか。それがお前にとっての――わかった。わかったよ、ユキハル。かはは」


 新月封印はいつものように笑った。

 つられて、俺も愛想笑いをした。

 だがどうだろう。

 うまく笑えたか、自信がない。


「お前に苦痛を強いるのは新月の本意ではない。行くがいい、ユキハル」

「行くがいいって――お前はどうするんだ?」

「もう少しだけここに残って考える。答えはもうここにある気がするんだ。もしかしたら、『これ』がそうなのかもしれない。だから検討する」

「……無理はするなよ」

「新月なりに善処する」


 そう言って新月封印は教卓に背を預けた。

 視線は外れ、顔が見えなくなる。

 もう話すことはない、ということか。

 言外の拒絶に俺は最後の言葉をかける。



「――じゃあな、新月封印」






 返事はなかった。





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