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問5)駅員に声をかけられたときの俺の心情を答えよ









 新月封印が選んだのは奏の私服のうち、空色のワンピースだった。

 装飾やフリルがたくさんついていて、もう一歩ゴテゴテすると分類がロリィタになりそうな感じの服だ。

 奏が着るとまさに深窓の令嬢といった感じだったが、新月封印も月色の髪のおかげでお嬢様っぽく様になっていた。麦わら帽子でもかぶれば完璧だ。


「かはは。構造は原始的だが着やすくて動きやすいぞ」


 ……まあ、しゃべらなければだが。

 ひとしきり自分で確認した後、新月封印はくるりと回ってこちらを見た。


「どうだ、ユキハル? 似合っているか?」

「抜群に似合っているとも。奏の体に奏の私服だからな」

「そう言えばそうだ。当たり前だな。かはは」


 笑ってさらに一回転、いつの間に放ったのか落ちてくる銀のスプーンをポケットで受け止める。それから腰に手を当てて俺を見上げた。


「さて、では本来の目的に戻ろうじゃないか」







 最初に訪れたのは行きつけだった喫茶店だ。

 日が落ちていても外は暑く、クーラーの効いた場所に入ると人心地つく。

 奥の席に座って店員を呼び、スペシャルケーキとコーヒーを頼んだ。


「ここのケーキが、奏は好きでな」

「ほうほう」


 ちなみに俺はコーヒーの味などまったくわからない。

 だからといって格好つけでもないぞ。ダダ甘いケーキを食べているとどうしても他の味が欲しくなる。奏がいつもそう言って一口だけコーヒーを欲しがったからだ。


 そんな話をしているうちにケーキとコーヒーが到着した。

 俺はコーヒーを受け取り、ケーキの皿を新月封印の方に押す。

 ここのスペシャルケーキは紅茶の葉を入れたスポンジケーキにたっぷりの生クリームが乗った見るだけで砂糖の味がする一品だ。


「これか……ふむふむ」


 しげしげと眺めた後、新月封印はフォークを使ってケーキを口に運んだ。

 そして顔をしかめる。


「甘いな。ものすごく甘い」

「……ふと疑問に思ったんだが」

「んん? なんだユキハル、なんでも言ってみろ」


 そう言われたので、俺は疑問を彼女にぶつけた。


「お前が食ったものってどうなるんだ? その体は生きてるのか? それとも死んだままなのか?」


 例えば消化されるのか、そのまま残るのか。

 消化されるとしたらトイレには行くのか、そのまま残るとしたら腹の中で腐らないのか。


「……食事中に、女に、それを聞くのかユキハル」

「すまん。ちょっと気になったもんでな」


 ゾンビっているよな。シューティングゲームで標的にされたりB級映画で標的にされたりするアレだ。

 あいつらが食ったものってどうなるんだろうって疑問に思ったことはないか?

 俺はしょっちゅう考えている。


「まあ、なんでも言えと言ったのは新月だしな。答えてやろう。食ったものはどこかに消える。だからトイレにも行かないぞ。生きているのか死んでいるのかは――定義によるな」

「定義?」

「何を指して生きているとするか、だ。体内の化学反応に準じるならこの体は死んでいる。精神活動の持続に求めるなら新月として生きている。もっとも、新月のこれが本当に心かどうかは、証明できないな。かはは」

「……? 今俺とこうして話しているじゃないか」

「それが高度に自動化された応対システムではないとは断言できまい? それでもなくとも新月はもう人だったころの新月ではないからな」

「哲学的ゾンビってやつか」


 詳しい話は忘れたが、人間と見分けのつかない応対をしながら精神的活動をしていない存在を哲学的ゾンビと呼ぶとか、なんかそういう話だったはずだ。


「しかし、それを疑うなら俺だって同じだろう。神経伝達物質と電気信号が心の全てなら、人間の心だってロボットのプログラミングとさほど変わりはない。数字に置換可能なただの物理現象だ」

「うむ、まあ、心の実在を疑うのは不毛ということだな。あるものとして進めなくては『一なる真実』はさらに遠のく」

「結局なんなんだ、その『一なる真実』ってのは」

「悪いがそれを説明すると観察に差し障るのだ。追求しないでほしい」

「そうか。まあ、こっちも無理して聞くほど興味もないからな」


 そう告げると、新月封印はフォークを置き、渋い顔で俺を見た。


「――ユキハル」

「なんだ?」

「舌がバカになった。その飲み物を一口くれないか?」


 ……ああ。

 そのとき俺がどんな顔をしていたかって?

 俺のほうが聞きたいね。







「――あのコーヒーというのは美味かったな。酸味の中に甘みを隠すという手法には今まで出会ったことがない」

「そうかい。そいつはよかった。飲み干された甲斐があったな」

「なんだ、怒っているのか?」

「怒ってない」

「怒らずともよかろう」

「怒ってないって」


 そんな会話をしながら夜道を歩く。

 空には糸のように細い三日月。その場所はだいぶ動いていて夜が深くなったことを教えてくれる。


「しかし、おかげでこの娘――奏のことが少しわかった。引き続き頼むぞ、ユキハル」

「ああ。次は公園か神社だな。いずれにしろ明日になるが」


 奏の体を人質に取られて始めた観光案内だったが、思ったより悪くない気分だった。

 なにしろ奏の顔がすぐそばにある。それだけで喪失感がだいぶ和らぐ。失意に徹しきれなくなる。

 何かを喪うことを喪失感と呼ぶのなら、その喪失感が失われることは何と表現すればいいのだろうか。国語の先生にでも聞いてみたいものだ。


「明日? ――そうか、そろそろか」

「なにがだ?」

「時間だ、ユキハル」


 そう言って新月封印はくるりと回った。

 ワンピースのスカートがふわりと浮いて、ちょうど満月のようになる。


「時間? それはどういう――」

「この娘の家で待っているぞ」


 新月封印が三日月笑いをする。

 悪戯めいた、意地悪っぽいその笑顔に、問いただすために俺は手を伸ばし――




 ――奏の鞄を受け取った。




 急激に明るくなった世界に思わず目を細める。

 ジージーとやかましく鳴くセミの声。

 そんな中で、見覚えのある駅員が俺に言った。


「大変だったねぇ」


 聞き覚えのある言葉が耳を打つ。

 混乱。衝撃。思考の迷走。

 その果てに一つの結論にたどりつく。






 ――俺は、その日の昼に戻っていた。




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