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問3)幼馴染の家から死んだはずの彼女が飛び出してくるのを見たときの俺の心情を答えよ






 手紙を見つけた後、俺は彼女の家に戻らずに町の中をふらふらと歩き回った。

 頭の中はからっぽだった。逆に心の中は地球の逆側まで突き抜けそうなほど重くなっていた。

 その重みが俺の足を動かしていた。


 最初に行ったのは公園だった。

 ほとんどの遊具が撤去され、砂場とブランコと小さなブタの像くらいしか残っていない寂れた公園だ。背丈の長い草をかきわけてブランコに座り、空を眺めた。


 次に訪れたのは神社だ。

 参道を守るように背の高い木々が生え、その影が拝殿を覆い隠している。

 今も昔も人が来るのは元旦くらいで、その日もやっぱり俺の他には誰もいなかった。そこで俺は慣れ親しんだ神様への挨拶も忘れて、古びた拝殿をぼーっと眺めていた。


 最後が地元の小学校。

 既に廃校になって久しい校庭に子どもたちの姿はなく、セミの声だけが残響していた。

 俺は木造の校舎に堂々と侵入し、無人の教室で当時の自分の席に座った。

 黒板には色とりどりのチョークで知らない絵と言葉が書かれている。その知らない誰かの別れの言葉を見るでもなく眺めながら、沈んでいく夕陽の光を横顔に浴びていた。



 そうしている内に日も暮れた。

 俺は青い鞄を持ち上げて、彼女の家に戻ることにした。

 街灯もまばらな田舎の道をふらふらと歩く。

 見上げれば頭上にはとびきりに細い月がある。明日の夜は新月になるだろう。月が好きだった彼女の通夜が新月になるなんて月の野郎も気が利かない。俺がアームストロングだったら蹴りの一発もくれてやっているところだ。

 そんな益体もないことを考えながら視界に見知った家を捉えたときのことだった。



 人影が飛び出してきた。



 そいつは周囲を見渡すと、迷わず畑を突っ切って竹藪へと走っていった。

 軽やかに跳ねるように進むその動きは、俺のまったく知らないものだった。

 それでも、俺はその後を追っていた。

 その横顔に死ぬほど見覚えがあったからだ。


 死後二十四時間は息を吹き返す可能性がある。本当かよ。誰が信じるんだそんな話。じゃあゾンビか。アンデッドか。馬鹿げてる。ありえない。


 だが――俺が彼女の顔を見間違うなんてことは、もっともっとありえないのだ。


 俺は息を切らして走った。人影を追った。

 竹藪に入るとそいつはすぐに見つかった。

 さくざくと地面を素手で掘り返していた。


「……何をしてるんだ?」

「銀を食おうと思って掘っている。でも、ここは全然銀が埋まってないな。こんなに立派な竹藪なのに」


 そんな言葉を返しながら、そいつは振り向いた。

 金色とも銀色ともつかない髪、血のように赤い瞳、そのどちらにも見覚えがない。けれどもその顔は間違いなく彼女のもので、その胸からのぞく傷跡も間違いようがなく彼女のものだった。


「お前は、誰だ?」

「んん、そうだな。新月封印と呼ぶがいい。それが一番近い言葉だ」


 それが俺と新月との初顔合わせだった。






 お待たせした。

 ここからはようやく『彼女』の話だ。

 と言っても俺が知っていることは極端に少ない。とにかくわけのわからんヤツだった。

 どこから来たのか。

 どうやって来たのか。

 一切合切今でも不明のままだ。


 ただ、目的だけはわかっている。

 『彼女』自身が口にしたからだ。






「――『一なる真実』?」

「そうだ。新月はそれを求めている。みながあると言っていた『たったひとつのもの』。それを確かめるために新月は新月になった」

「なんだそれは。意味がわからん」

「かはは。だろうな。実は新月もよくわかっていないのだ」


 驚くほどにアバウトな答え。

 俺の知らない笑い方。

 つくづく、彼女ではないのだと思い知らされる。


「それで、どうすればそいつの体を返してくれる?」

「うむ、それなのだがな。実のところ、この体が死んでしまっていた時点で半ば失敗なのだ。それでも求めに応じた以上、新月は時間を提供するし、この娘には真実を教えてもらわねばならん」

「俺は頭が悪いんだ。もっと具体的にわかりやすく言え」

「かはは。すまぬ。お前にはこの娘の代わりに、この娘のことを教えてほしいのだ。どういう風に過ごしていたか、どんなものを好んでいたか、どんなことを感じていたかを」

「……最後のは無理だぞ」

「だな。心の中は目に見えぬ。ゆえに『一なる真実』も目に見えぬ。であれば多くは求めまい。この娘のことを知っているだけ教えてくれればよい」

「それくらいなら、まあ」


 俺の得意分野だ。

 彼女のことなら早口でいくらでもしゃべっていられる。


「それから少しばかり銀をくれ。埋まっている場所でもいい」

「どうもだいぶ認識に乖離がありそうだが、少なくともこの辺に銀は埋まっていない」

「そうなのか。竹藪はあるのに……変わった場所なのだな」


 果たして変わっているのがどちらなのか、論ずるのはやめておいた。

 とにかく『彼女』は銀を欲している。だがそうそうそんなものはない。銀貨でさえこの国で使われていたのは昔の話だ。

 ことにこのド田舎では、入手手段すら怪しい。


「ああ、いや。奏の家に――彼女のところに、銀製のカトラリーがあったはずだ」

「この娘の家だな。なら、いささか申し訳ないがそれをいただくか」


 満天の星空の下。

 ときおり葉の落ちてくる竹藪の中で。

 月色の髪を揺らしながら、新月封印は三日月のように口元を吊り上げた。




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