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「おいで、夕夏」
いつか見た景色と同じ海辺に親子の姿があった。
夕夏と呼ばれた少女はにこにこと笑いながら母親の後を追う。笑った右の目元には小さな泣きぼくろ。真白な肌と薄茶色の髪の毛が夕陽に透けるようだ。
「ほら、夕夏。アイス買ったから食べよ」
「うん!」
少女は嬉しそうに母親からアイスを受け取ると、小さな口で一生懸命にかぶり付いた。その様子を母親は目を細めながら愛しそうに見つめる。
「おいしい?」
「あまくてつめたい」
いつか自分も言ったことがあるような感想に、母親はふふっと笑った。
「真似っこね」
「???」
少女はよくわからないといった風に首を傾げたが、すぐにアイスに視線を戻してもぐもぐと夢中になった。そんな少女の手を引き、砂浜を歩く母親。
「ねぇ夕夏はこの海の向こう側に何があると思う?」
「んー……たからじま?」
「あはは。そうだね、お母さんもそう思う」
母親はぎゅっと少女の手を握りしめた。暖かく小さな手の感覚に幸せを感じる。
「おかあさん?」
手を強く握られた少女は不思議そうに母親を見上げる。夕陽の光を受けてきらきらと光る茶色い瞳はいつかも見つめた美しい瞳と同じだ。
「今日はね、お母さん、魔法を使います」
「まほう?」
親子は浜辺に腰を掛ける。母親がバッグの中からジップで封をされたビニール袋を取り出した。中には一本の線香花火が入っている。
「火、つくかなぁ」
母親は不安そうに呟きながら線香花火にライターの火を近付けた。火が線香花火の先端をちりちりと燃やすと、ぱち……ぱち………と音を立てながらひとつふたつと火花を散らした。そして小さな小さな火の玉がぽちりと花火の先にぶら下がり、落ちることなくそのまま黒く炭のようになってしまった。
「あー……」
母親はバツの悪そうな声をあげたが、少女は生まれて初めて見た線香花火の火花に興味津々の様子だ。
「いまのがまほう? おかあさんはまほうつかいなの?」
爛々と瞳を輝かせる少女に、苦笑いで答える母親。
「本当はもっときれいな魔法が使えたんだけど……」
「おかあさんはまほうつかいだから、ゆうかはいつもたのしいんだね」
「え?」
「ゆうか、おかあさんといるといつもすごいすごいたのしいもん」
「……」
「ゆうかも、まほうつかえるかな?」
「もう使えてるよ」
「ほんと?」
「夕夏がいるだけで、お母さん幸せだもん」
「しあわせ?」
「楽しい、ってこと」
「そっかぁ。じゃあ、ゆうかもしあわせ!」
母親は少女の頬に触れながらありったけの愛情を込めて言った。
「ねぇ夕夏。私の元に生まれ変わってきてくれて本当にありがとう」
少女にはその言葉の意味はわからなかったが、にこりと穏やかに微笑んでこくりと頷いた。
夕陽はいつかのように二人を照らす。ただあの時と違うのは、二人分の影がそこにはあるということ。二人分の影と二人分の体温。
「さぁ、帰ろうか」
長く伸びる二人の影と繋いだ手の温かさが確かな実感として蛍の胸に光を灯していた。




