13
――結局、今日はヒカルに会いに行けなかった。こんな泣き腫らした目で、こんな気持ちであの泉に行く気にはなれなかった。
自室でベッドに横たわりながらぼんやりと天井を眺める。今日は色々なことがあった。ひとつ大人になった。皆に祝ってもらった。……大事な幼馴染みを傷付けた。……。
「ケーイっ。おーい。ケイ~」
突然聞こえてくる自分を呼ぶ声。窓の外からだ。ベッドの横の出窓を開けると、ヒカルがふわふわと空中に浮かんでいた。
「うわっ。その目どうしたの? 殴られた?」
ぱんぱんに泣き腫らした蛍の目を見て驚くヒカル。こちらの気持ちも露知らず、気楽なものだ。
「……違うよ。どうしたの?」
ちょっと不機嫌そうに蛍が聞くと、ヒカルは苦笑いする。
「ごめん、来ない方がよかったかな」
「そうじゃないけど……とりあえず中に入って」
近所の目を気にしてヒカルを中に招き入れる。ヒカルと会えるのは嬉しいが、ヒカルを好きだと自覚してしまった今、どんな顔をして話せばよいのかわからない。ふわりと部屋に入ったヒカルは身を翻すと、ベッドの下で膝まづいた。
「あのさ、蛍」
「うん」
「お誕生日、おめでとう」
そう言ってヒカルは自分の背後からさっとリースのようなものを差し出した。
「これ……?」
「花冠。蛍草で編んだんだ。って言っても、もう花は萎れちゃったんだけど……」
ヒカルは立ち上がると、蛍の頭にそっと花冠を乗せた。
「かわいい」
「…………!」
予想外の、しかしつい数時間前にヒカルから言われたいと夢想していたばかりの言葉が彼の口からぽろりと零れる。あまりの驚きに言葉を失う。
「誕生日だっていうから、ケイに何かあげたいって思ったんだけど……ほら、僕、何も触れないからさ。どうしようって、何かないかなって思ってたら泉の近くに咲いてたこれが触れたんだ。まさか僕にも触れるものがあるなんて思わなかったから興奮しちゃって……」
ヒカルは夢中で嬉しそうに話す。赤面する蛍には気付く様子もない。彼の子どものような夢中な横顔を見つめていると、風が凪ぐような穏やかな気持ちになる。ずっと彼の声を聴いていたい――。
「ねぇケイ?」
蛍の思考を遮るように、ヒカルが顔を覗き込んできた。蛍は自分の頭の中を悟られないように、努めて冷静に返事をする。
「なに?」
「僕さ……。……生まれ変われなくてもいいかなって思ってきた」
「……どうして」
どうして、と聞いたもののこの数日の出来事を考えればわからなくもなかった。自分の知らぬ間に、自分の大切な人が、自分の記憶を失くしている。心が折れてしまってもおかしくはない。
「今日一日、ずっと考えてた。僕が生きた十五年間に意味はあったのかなぁって。今のこの世界には僕が生きてた証拠なんてひとつも残ってない。……そんなもんかぁ、って思って」
「……」
「だから、残りの時間はやりたいことに費やそうかな……って」
「やりたいこと?」
「うん。海に行きたい。入道雲眺めながらずっと潮風にあたっていたい。花火も見たいな。垂れ桜みたいな大きいやつ」
「そっか」
「だからさ……」
「じゃあ、それ生まれ変わったら全部一緒にやろう」
「え……?」
「海に行くなら浮き輪で泳げた方が楽しいし、海の家の焼きそば、美味しいよ。花火を見るなら浴衣着て、かき氷も食べよ。そうだ、手持ち花火もしたいね。……だから生まれ変わって、絶対一緒にやろう」
「ケイ……」
「絶対大丈夫。ヒカルの生きてた十五年間にはちゃんと意味がある。私が証明してみせるよ」
そう言って自分の胸を拳でトンッと叩いて笑う蛍。つられてヒカルも一緒に笑った。蛍が大丈夫と言ってくれたら、本当に大丈夫な気がしてきた。花冠をかぶった白いワンピース姿の蛍は、まるで女神さまのようだ――とは恥ずかしくて言えなかったが、今のヒカルにとっては本当にきらきらとまばゆく煌めく神さまのように見えていた。




