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蛍火送り  作者: 椎井 慧
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 翌日、約束通りに宗太が迎えに来た。蛍はいつもより少しだけ良い洋服を着て出掛ける。真夏の空に浮かぶ入道雲のように真白なワンピース。気恥ずかしそうに姿を現した蛍は、もじもじしながら宗太の一歩後ろを歩く。そんなもじもじ歩きの蛍に苛ついたのか、宗太が片眉をひそめるようにして振り返る。

「何で俺の後ろ歩くんだよ」

「や、変かなーって……服」

「……馬子にも衣装」

「でっ、ですよねぇ!」

「……いんじゃね」

「え……」

 無言の時間が流れる。悪態をついてばかりの宗太が自分を褒めるなんて天変地異の前触れだろうか。この真夏に雪でも降らせてしまうのではなかろうか。一歩前を歩く宗太の表情は伺い知れない。

 ――もし。もしヒカルにこのワンピースを見せたら何て言ってくれるんだろう。Tシャツに短パン姿でしか会ったことがないしな。何かの間違いとかでもいいから、『可愛い』なんて言ってくれたりしないかな……。今、何してるんだろう。一人で寂しくないかな、ヒカル。


「――おい。聞いてんのか?」

「あっ!? ごめ、聞いてなかった、何?」

「だから、最近部活休んで何してんだって聞いてんの。お前、怪我してるなんて嘘だろ?」

 やっぱりバレていた。それもそうだ。今日だって、いつものスニーカーじゃなくてほんの少しだけヒールのあるサンダルを履いてきてしまった。足を怪我していたら、こんなもの履かない。あぁ、馬鹿だ。

「あは……。ちょっとね」

「……誰かと会って、んのか?」

 宗太は一瞬躊躇うように言葉を詰まらせながらも、核心に迫る質問をしてきた。そう言えばこの間ホタルを皆で見に行った翌日にも同じことを聞かれた。どうして宗太は誰かといたのかをそんなに気にするのだろう。

「いや、そうじゃないけど……」

 お茶を濁すように曖昧な返答をする。この間も同じように返したら何故か怒られた。また怒るんだろうか。

「最近の蛍は隠し事ばっかだな」

 予想に反して、暗く低いトーンの返事が返ってくる。それは淋しそうな声にも聞こえたが、まさか宗太が淋しいなんて思うはずないよね、と頭をふるふる左右に振る。そして隠し事をしていることに気付いているのは、幼馴染みの勘なのだろうか。

「(ごめんね、宗太。でもヒカルのことは言えないや)」



 誕生日会は恙無く終了した。時計は夕方の四時を指している。今からヒカルがいつもいるあの泉に行って帰ってきてもそう遅くはならないだろう。ヒカルに会いたい。理由はわからないが、どうしても今会いたい。子ども達から貰ったプレゼントを抱えて、急いで帰宅しようとする蛍に宗太が声を掛けた。

「蛍、このあとちょっといいか?」

 さっきの淋しそうな宗太の声が頭に過り、よくないとは言えず蛍は宗太と一緒に帰ることになった。

「今日は楽しかった。プレゼントありがとね」

「あぁ」

「ご飯もケーキも美味しかったね」

「あぁ」

 宗太の様子が変だ。そわそわとしてこちらの話を聞いているのかいないのか、何か別のことを考えているような。

「どうかしたの?」

「……蛍」

「うん」

 宗太が急に立ち止まり、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。蛍はその瞳を見つめ返す。少しのあいだ流れる無言の時間。

 ――そういえば、いつの間にか身長抜かれたな。宗太も大きくなったなぁ。

 ちょっと上目遣いになっている自分に気付いて、しみじみと感慨深く思っていると、宗太が思いきったように口を開いた。


「俺、蛍が好きだ」

「へ………」

「俺と付き合ってくれ」



 つきあう……?


 つきあう…………。


 付き合う!?


 数秒間、情報の処理がうまく出来ず思考停止した脳がその言葉の意味を理解した瞬間、蛍の顔は真っ赤になった。身体中の血液が顔に集まってくる音がする。

「――――……」

 何か言わなくては、と口を開いたが言葉の一欠片も浮かばず再び口を閉じた。


 ――まさか宗太が。自分のことを好きだなんて。近所のうるさいお姉さんぐらいにしか思われてないと思っていた。

 ――でも私。宗太とは付き合えない。

 ――どうして?

 ――だって私。



 ――ヒカルが好き。



 蛍は、はっと息を飲んだ。自分のこの数日間の変な感情にきちんと名前と意味があることを認識したからだ。

恋。

好き。

恋慕う。

一目惚れ。

いとおしむ。


 それは同時に悲しみを連れてきた。今、目の前にいる幼馴染み。勇気を振り絞って自分に想いを告げてくれた彼の、その気持ちに応えられないということ。十数年、ずっと側にいた弟のように大切な幼馴染み。もうその関係も続けていけないのかもしれない。それでも、言わなくてはいけない。


「――……ごめん………っ」


 喉に熱いものがこみ上げてうまく言葉が出なかったが、それでも必死で絞り出した。

「なんで蛍が泣くんだよ」

 宗太のその言葉で初めて自分の頬が濡れていることに気付く。信じられないほどの大粒の涙が、ぼろぼろと音が聞こえそうなぐらいの勢いで落ちていく。涙腺が壊れてしまったように、止めようと思っても止まらなかった。人から好かれて悲しいなんて想像もしなかった。

「蛍、俺は大丈夫。ありがとう」

 頭をぽん、と叩きながら宗太が言う。努めて明るくしようとしているのが声のトーンから伝わってくる。

 宗太に気を遣わせてしまうなんて、自分は本当に駄目なやつだ。

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