交渉
犬の体に蛇の尾と羽を持つヒグマほどの大きさの魔物。
この犬型の魔物に種族としての名前はない。この魔物は『魔王』と呼ばれる魔物によって生み出された魔物だからだ。
犬型の魔物がマーストリ国に入ると直ぐ、二匹の魔物が飛んで来た。
飛んで来た魔物は全身が黒く、二本の足で直立し、コウモリのような翼と鷹の様な爪を持っていた。腰の辺りからは、サソリの様な太く長い尾が生えている。
黒い魔物が犬型の魔物の傍に降りると、犬型の魔物の頭の中で声がした。
「コロシミチタガンアイジョモレンベ。シクシャノドハモエリコロシミチタノボルリレポリテル(この者達が案内いたします。使者殿はどうかこの者達に付いてきてください)」
頭の中の声が止むと、二匹の黒い魔物が飛び上がった。飛び上がった黒い魔物達は羽を動かしながら、空中で静止している。犬型の魔物は蛇の尾を地面に付けた後、羽を広げ、空に舞い上がった。それを見た黒い魔物達は移動を開始する。犬型の魔物はその後に続いた。
移動の最中、犬型の魔物は地面を歩く人間を何度も見た。
人間達は、犬型の魔物と黒い魔物を見ても逃げようとも戦おうともしない。空を飛ぶ彼らを見た人間は、皆一様に地面に頭を付け、平伏した。
「コロクモアイダチタニハ、シクシャノドノモコハボトウサトレ。アイルイポリテル(この国の人間には、使者殿のことは伝えてあります。ご安心ください)」
(……なるほど、国の王は魔王様と同じく魔物とのことだが、魔王様と同じく完全に人間を完全に支配しているという訳か)
約二時間の飛行の末、犬型の魔物は目的地に到着した。かなりのスピードで飛んでいたが、犬型の魔物に疲れた様子はない。
犬型の魔物が連れて来られたのは、巨大な王宮の前だった。
犬型の魔物が王宮の前に降り立つ。すると王宮の扉がひとりでにギィィィと音を立てて開いた。同時に犬型の魔物の頭の中で声がした。
「シクシャノド、ロウゾリョコポリテル(使者殿、どうぞお入りください)」
犬型の魔物は蛇の尾を地面に付けると、扉を潜り王宮の中に入った。
犬型の魔物が王宮の中に入ると、扉はまたしてもひとりでに動き、バタンと閉じた。
王宮の中は目もくらむような黄金一色だった。
床、天井、柱、階段……ほとんどの者が黄金に光り輝いている。金箔などではない。それらは、全て純金で造られていた。
(……ふん)
趣味の悪い。そう思いながら、犬型の魔物は黒い魔物に付いていく。
案内されたのは、巨大な部屋だった。
人間なら、数百人は入りそうな巨大な部屋。
出入り口は前と後ろに二つあり、そのどちらも異常な大きさだった。人間が通るにはあまりにも大きな出入り口。まるで、巨大な生物が通れるように大きくしたようだった。
部屋の中に入ると頭の中で声がした。
「ンジ、シクシャノド。ロモイデツイマ(では、使者殿。こちらでお待ちください)」
犬型の魔物は床に蛇の尾を付けると、部屋のちょうど真中で腰を下ろす。犬型の魔物を此処まで案内した黒い魔物二匹は、部屋の両端に座った。
部屋に入ってから三十分経過した。しかし、誰も来ない。一時間、二時間と経過しても誰も現れない。それどころか、頭の中に声すらしない。
「レイ、ツイニナルカラマルスハリレンダ?(おい、何時になったら王は来るんだ?)」
「……」
「レイ!(おい!)」
「……」
犬型の魔物はイラついた様子で黒い魔物に話し掛ける。しかし、黒い魔物は何も答えない。
「ウウウウウウウ!」
犬型の魔物は低い声で唸り始めた。
「ケケケ」
「ケケッケケケ」
唸り声を上げる犬型の魔物に対して、黒い魔物達は不気味な声で笑い出した。
「グルルルルルル!」
犬型の魔物の唸り声がさらに大きくなる。犬型の魔物は姿勢を低くした。今にも飛び掛からんとする構えだ。対する二匹の黒い魔物も同じ体勢を取る。
一触即発。張り詰めた糸が切れ掛けたその時。
ドン。
王宮中を揺らすような足音が犬型の魔物の耳に届いた。
ドン、ドン、ドン……足音は徐々に近づいて来る。
犬型の魔物は視線を黒い魔物から足音のする方に向ける。足音は部屋の前方にある出入り口から聞こえてくる。
ドン、ドン、ドン……足音は、出入り口の手前でピタリと止まる。そして、一匹の魔物がゆっくりと、部屋の中に入ってきた。
「ヨクリクム、オクシテクルオロリクルシクシャノド(ようこそ、お出で下さいました使者殿)」
入って来たのは、エルフのメスだった。
その声は、犬型の魔物の頭に聞こえていた声と同じものだ。ずっと、犬型の魔物に話し掛けていたのはこのエルフで間違いない。
犬型の魔物はエルフを一瞥する。しかし、直ぐに部屋の出入り口に視線を戻した。
(このエルフが、あの巨大な足音の主であるはずがない。足音の主はまだ、部屋の前にいる!)
犬型の魔物は大きく吠えた。
「ヤロノルコニオポシミヨ。コノロリレヨ!(部屋の前にいる者よ。出てこられよ!)」
ズン、と足音が部屋中に響く。足音の主は、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
それは二本足で歩く、黒く巨大なトカゲだった。
(この魔物がこの国の王?)
その魔物を見て、犬型の魔物は驚いた。犬型の魔物の主人である『魔王』は人型をしている。魔王と同じく国を支配した魔物だというのだから、てっきり主人と同じく人型をしていると、犬型の魔物は思い込んでいた。
まさか、こんな二本足で歩くトカゲの姿をしているとは思ってもみなかった。それに、でかい。魔王程ではないが、それでも犬型の魔物よりはかなり大きい。
犬型の魔物が驚いていると、エルフが話し始めた。
「ハクルコマ、シクシャノド。ミクレガマーストリクモノマルス、スーコオ(初めまして、使者殿。私がマーストリ国の王、スーです)」
(何故、エルフが黒いトカゲをまるで自分のことのように紹介するのだ?)
疑問に思った犬型の魔物は問いかけようとする。しかし、その前にエルフが口を開いた。
「ミクレハ、トダマガトクナシ。デル、コロエルフヲツウコモコデ、ミエノシイヲテアイボトウモコガキャノコオ。アア、ミシュアトダマハアダーキャノデ、フアナシ。オモモキャナシハトクケクコオ(私は、言葉が話せません。ですが、このエルフを通すことで、自分の意思を相手に伝えることが出来ます。ああ、魔物語は理解できていますので、ご心配なく。あくまで出来ないのは会話だけです)」
変わった魔物だなと、犬型の魔物は思った。
(自分の考えを相手に話させる……テレパシーの応用……といった所か?まぁ、どうでもいい)
自分は主の命令を遂行するだけだ。こちらの意思が相手に伝わり、相手の意思がこちらに伝われば、他のことはどうでも良い。
「コロクモハ、ペルムクモイウトマエミナデハ?(この国は、ペルム国という名では?)」
「ナカエルシタ。ナウハ、マーストリクモトイド(改名しました。今は、マーストリ国といいます)」
「……ホドルナボギャオ。ンジ、ロモイノオポヲボトウ(……なるほど了解した。では、こちらの要件をお伝えする)」
「ロウゾ(どうぞ)」
「ペルムクモ……モト、マーストリクモ、マルス『スー』ノド(ペルム国……いや、マーストリ国、国王『スー』殿)」
「ハッ(はい)」
「テコラ、マオウクモノシイハクモトナル!(我ら、マオウ国の属国となれ!)」
部屋中がシンと静まり返る。だが、それは一瞬のことだった。
「コロモテ(お断りします)」
「……ソクレ、ミマルカガムトテキトモラシトシイトミコエホヲヨウカ?(……それは、魔王様と敵対するという意思と見なしてよろしいか?)」
「ゴモモラ(もちろんです)」
「……モリピア。ザンクゾ(……愚かな。後悔するぞ)」
「モリピアナノハ、ヨポ……サロ、ミマルカノポココオ(愚かなのは、貴方……いえ、魔王の方です)」
「(何!?)」
犬型の魔物の全身の毛がワッと逆立つ。
「キデノ、ミマルカガムヲカブシルノカ?(貴様、魔王様を侮辱するのか!)」
スーは犬型の魔物の怒りなど、全く意に返さない。
「モロモロ、ゾナデハナシコオイ(そもそも、おかしいではないですか)」
「ゾナ!ミシガダ?(おかしい!?何がだ?)」
「オイ、キョウシミガジャクシミニツクミオチオウヨノコイテミア(何故、強い者が弱い者に従わなければならないのでしょうか?)」
「!!」
「ジャクシミガキョウシミニツクノガキギコイテミロ?(弱い者が強い者に従うのが自然でしょう?)」
「キデノオオオオオ!!(キサマアアアアア!!)」
「シクシャノド、ロモイクガカラモイドモヨロロト。マドウクモノマルス。『ミマルカ』ヨ(使者殿、こちらからも言わせてもらいます。マオウ国の王。『魔王』よ)」
黒い巨大なトカゲの口の端が上がる。それは、まるで笑っているかのようだった。
「テコラ、マーストクモノシイハクモトナル(我がマーストリ国の属国となれ!)」
「ガアアアアアア!」
全身の毛を逆立てながら、犬型の魔物は、黒く巨大なトカゲに襲い掛かった。
「ケッケケケ!」
「ケケケケケケ!」
犬型の魔物が動き出すのと同時に、黒い魔物二匹が犬型の魔物に襲い掛かる。
「ケケッ!」
「ジャラヨリテトア!(邪魔をするな!)」
犬型の魔物は黒い魔物二匹の牙を躱すと、口を大きく開けた。そして、黒い魔物の片方に狙いを定める。
「グルガアアア!」
咆哮と共に、黒い魔物の口から火球が放たれた。
バン、という音と共に黒い魔物の上半身が吹き飛ぶ。
残った黒い魔物の下半身は、そのまま地面に倒れた。倒れた下半身から焦げた匂いが漂う。
「ケケケエエ!」
残ったもう一匹の黒い魔物がサソリの様な尾を犬型の魔物に突き刺そうとする。が、それを犬型の魔物の尾が止めた。蛇となっている犬型の魔物の尾は、黒い魔物の尾に牙を突き立てている。
蛇の尾は黒い魔物を振り回し、投げ飛ばした。黒い魔物はゴロゴロと地面を転がるが、直ぐに立ち上がった。
「ケケケッ!」
黒い魔物は再び、犬型の魔物に襲い掛かろうとする。しかし、犬型の魔物は襲い掛かってくる黒い魔物を見ようともしない。
もう勝負がついていることを知っているからだ。
「ケッ?」
突然、黒い魔物が転んだ。そこにつまずく原因となる物は何もない。黒い魔物は自分の足を見た。
「ケケ!?」
黒い魔物の足は、ドロリと溶け始めていた。足だけではない。爪、羽、尾、牙……黒い魔物の全身が溶解を始めていた。
犬型の魔物の蛇の尾は、猛毒を持っている。その毒は体内を巡りながら全身の細胞を溶かしていく。
「ゲッ……ゲッ……ゲェェェェェェェェ……」
苦しそうな鳴き声を上げながら、黒い魔物の全身が溶けていく。黒い魔物の体が全て溶けると、そこには泥のような塊だけが残った。
「オウハキデノダ(次は貴様だ!)」
犬型の魔物はそのままの勢いで、スーに飛び掛かった。
―――マオウ国―――
魔王城最上階。此処に、この国の支配者である魔王が住んでいる。
巨大な椅子に腰かけている魔王は、閉じていた目をゆっくりと開いた。
「フン」
「レムリトア?ミマルカガム?(どうかしましたか?魔王様?)」
「シクシャガモオイオ(使者がやられた)」
「ナホメ、ミマルカガムノブンツレガ?(なんと、魔王様の分身体が?)」
「アア、テアイモアココアポラ(ああ、相手もなかなかやりおる)」
魔王は隣に飾られている巨大な鳥籠を開けた。鳥籠の中には何人もの人間達が閉じ込められている。
「いやああああ」
「うあああああ」
鳥籠の中の人間達叫ぶ。その叫びを無視して、魔王は鳥籠の中から一人の人間を捕まえる。そして、そのまま口の中に放りこんだ。
バリバリ、ムシャムシャ、ゴクン。人間を噛み砕き、飲み込むと、魔王は上機嫌で部下との会話を再開した。
「コサ、テコガブンツレモタダンジモオイオナシ。マルスヲサツモコハキャナシガ、シンエガズキヲノコロポモコハキャ(だが、我が分身体もタダではやられておらん。王を殺すことは出来なかったが、深い傷を負わせることは出来た)」
「オオ!サライテハミマルカガムノブンツレ!(おお!流石は魔王様の分身体!)」
魔王は自分が産み出した魔物と視界と聴覚を共有することが出来る。魔王は今まで、犬型の魔物と視界と聴覚を共有していた。
国の地形、王宮の内部、支配する王の姿……戦いに必要な全ての情報を魔王は知ることが出来た。
「ニイドナソスハシュワ。サイラ、キテノマルスハシンエヲノコポロ。ナウ、ナワヒッショビクト(必要な情報は集まった。さらに、敵の王は深手を負っている。今、仕掛ければ必ず勝てる)」
「テンイマホウノナワハウジョウナワモコハキャ?(転移魔法の仕掛けは上手く仕掛けることは出来ましたか?)」
「アア、フェクダ(ああ、完璧だ)」
魔王は犬型の魔物にある能力を与えていた。それは『尾を付けた地点に転移できる』というものだ。本来、転移魔法の発動には転移魔法専用の魔法陣が必要だが、犬型の魔物は地面に尾を付けるだけで、その場所に転移魔法の魔法陣を描いたのと同じ効力を発動することが出来る。
犬型の魔物がそれを出来るのは最大三回。犬型の魔物は『マーストリ国に入って直ぐの地点』、『王宮の前』、『王宮内部の巨大な部屋』でこの能力を発動している。その効果は犬型の魔物が死んでもなお、数か月は継続し続ける。
元々、魔王は『属国になれ』という提案が受け入れられるはずがないと考えていた。
いきなり、『属国になれ』と言われて、首を縦に振る者はいない。九割九分九厘、交渉は決裂するだろうと考えていた。そして、交渉が受け入れられなかった場合、その場で敵の王を殺してしまおうと考えていた。だから、生み出された犬型の魔物はあまり頭が良く造られず、代わりに、高い戦闘能力を与えられた。
魔王の狙いは、最初から敵の王の暗殺だった。
それにも関わらず、犬型の魔物は殺されてしまう。それは、相手の戦闘能力がとても高いことを意味していた。
だが、例えその場で敵の王の首を獲れなくとも問題はない。転移魔法の出入り口を作ってしまえば、いつでも相手に奇襲を掛けることが可能となる。
奇襲を行った後は、『黒く巨大なトカゲ』を討てば、魔王の勝利だ。
魔王は、マーストリ国という新たな領地を手に入れることが出来るだけではなく、セキタン国、ニアン国というマーストリ国が侵略した国までも労せず手に入れることが出来るのだ。
「ポンヲシュワヨ!(兵を集めよ)」
「ハッ!(はっ!)」
「ポンガシュワオウフド、ペルム……モト、ナウハ、マーストリクモカ……ニフウチヲナワ!(兵が集まり次第、ペルム……いや、今は、マーストリ国か……に奇襲を掛ける!)」
「ワカルタ(かしこまりました!)」
魔王が兵の招集を部下に命じた時、別の魔物が魔王の前に現れた。
「ミマルカガム!(魔王様!)」
「レムリア?(どうした?)」
「ユウシャガロモイニボスミレト(勇者がこちらに向かっています!)」
「ミシ!?(何!?)」
勇者。
魔王打倒を掲げ、再びこの国を人間の手に取り戻そうとしている人間のリーダー。本名は不明だが、彼は皆から『勇者』と呼ばれ、称えられている。その強さは圧倒的で、勇者によって、魔王の分身は何体も倒されている。
魔王と勇者は直接戦ったことはない。だが、確実に言えるのは、戦えばどちらかが死に、勝った方も無事では済まないということだ。
「ユウシャハ、カブノミシュアヲナギタオ、センチョクロモイボスミレト!(勇者は、配下の魔物を蹴散らし、真っ直ぐこちらに向かって来ています)」
(フン、なるほどな。一気に我が居城まで攻め込むつもりか)
「イトトナミトオイ?(如何なさいますか?)」
「……フム」
魔王は長らく、勇者の所在を掴むことが出来ずにいた。それがこちらに向かっている。目障りな勇者を葬る絶好のチャンスだ。
「ポンヲシュワヨ、スルノビイヲコチチヨ!(兵を集め、城の警備を固めよ!)」
「ンジ、フウチノホコハ……(では、奇襲の方は……)」
「ナウハユウシャヲイチバ。マーストリクモヘノジンキョハユウシャヲチマウニウエアハルニイロゼ(今は勇者を優先する。マーストリ国への進軍は勇者を血祭りに上げた後に行う)」
「ワカルタ(かしこまりました!)」
部下の魔物は魔王に一礼をすると、兵の収集に向かった。
魔王はまた、鳥籠の中の人間を一人掴み、口の中に放りこんだ。バリバリと人間を噛み砕く。
「グワハハハハハハハハ!」
魔王は高らかに笑い、勇者が来るのを待つ。
「クックック、ユウシャメ、ニコンヲキデノノノチビニシル!(くっくっく、勇者め、今日を貴様の命日にしてやる!)」




