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強化

「マルス!マルス!」

「あんまり、叫ばない方がいいよ。ここで君が死なないのは決まっているけど、傷が開くと痛いからさ」

 吸血鬼は、全く心配していない口調でナノに話し掛ける。

「あっ」

「んっ?」

 叫んでいたナノの様子が変わった。ナノと同じように吸血鬼も注視する。ナノと吸血鬼の視線の先。ティラノサウルスとスーの戦いに変化が起きていた。



「グオオオオオオオオオ!」

 ティラノサウルスの片足が動いた。地面をしっかりと踏みしめ、曲がっていた足を伸ばす。

「グオオオオオオ!」

 ティラノサルスは叫びながら、もう片方の足も真っ直ぐに伸ばしていく。

「オオオオオオオ!」

 ティラノサウルスはさらに大きく叫ぶ。一気に両足を伸ばし、ティラノサルスは立ち上がった。上からはまだ力が降り注いでいるが、ティラノサウルスはしっかりと地面に立つ。


「マルス!」

「へぇ、凄い!」

 ナノは喜びの声を上げ、吸血鬼は感心する。

「スーの魔法の威力は、人間が使う魔法の何千倍もあるんだけどね……本当に、彼は凄いなぁ」


「グオオオオオアアアアア!」

 ティラノサウルスは、そのまま走り出した。スーがティラノサウルスに対して使用している魔法は『ゾーングラビティ』。頭上から見えない力を降らせ、対象としたものを地面に押しつける魔法。対象の動きを封じるだけではなく、威力を上げればそのまま、相手を潰すことも出来る。

 だが、この魔法には弱点があった。対象がその場から動いてしまえば、強制的に解除されてしまうのだ。ティラノサウルスがその場から動いたことにより、彼に掛けられていた『ゾーングラビティ』は強制的に解除された。


「グアアアアアアア!」

 ティラノサウルスは真っ直ぐスーに向かう。

「……グオ」

 スーが小さな声で鳴いた。

「グルアアア!」

 ティラノサウルスの牙がスーに迫る。


 ガキン。


 ティラノサウルスは口を勢いよく閉じる。だが、そこにスーの姿はなかった。

『どこだ?』

 ティラノサウルスはスーを一瞬見失う。スーは、ティラノサウルスの真下で姿勢を低くして屈んでいた。ティラノサウルスは真下にいたスーに気付き下を向く。直後、スーの尾がティラノサウルスの顔面に直撃した。

「グガッ!」

 強烈な一撃にティラノサウルスはまたしても、吹き飛ばされた。

「グウウ!」

 ティラノサウルスは、なんとか立ち上がる。しかし、足元がふらつき、上手く立てない。鼻からは、ポタポタと鼻血が垂れた。

「……」

 大きなダメージを負ったティラノサウルスにスーがゆっくり近づいていく。飛び掛かれば牙が届きそうな距離でスーは止まった。その間に、ティラノサウルスのダメージはある程度、回復した。

「グガアアア」

 ティラノサウルスはスーに牙を振るう。


 ガキン、ガキン、ガキン、ガキン、ガキン、ガキン、ガキン。


 だが、何度、噛みつこうとしてもティラノサウルスの牙はスーにかすりもしない。ティラノサウルスの凄まじい猛攻をスーは全て見切り、躱していく。

『何故……?』

 さっきは、あっさりと首を斬ることが出来たというのに、何故か急に攻撃が当たらなくなった。その前の攻撃もそうだ。触手による攻撃も、気味の悪い羽の生えた動物の攻撃もティラノサウルスには通用しなかった。

 しかし、先程の尾による攻撃は、ティラノサウルスの脳を揺らすほどの一撃だった。力、そして速さ。それが先程までとまるで違う。

「グオオオ!!!!!」

 ティラノサウルスは、牙を振るい続ける。しかし、その攻撃は一撃もスーの体に触れることはなかった。


 スーがティラノサウルスの攻撃を躱し、さらにティラノサウルスに大きなダメージを与えることが出来た理由。それは、スーが使った魔法にある。

 スーはティラノサウルスに攻撃される前に、ある魔法を自身の体に掛けていた。スーが自分自身に掛けた魔法。それは『肉体強化』の魔法だった。

『肉体強化』の魔法による強化は、腕や足の筋肉だけに留まらない。視力も強化され、反射神経も飛躍的に増幅される。

 さらに、スーの使う『肉体強化』は、人間や通常の魔物が使う『肉体強化』よりも飛躍的に身体能力を向上させることが出来る。人間や通常の魔物が自分に『肉体強化』の魔法を使った場合、肉体は数倍強化される。しかし、スーの使う『肉体強化』は自分の肉体を数百倍~数千倍強化することが出来た。

 視力と反射神経の増大により、スーはティラノサウルスの攻撃を全て躱すことをでき、強化された尾は、ティラノサウルスに大きなダメージを与えることを可能とした。


 純粋な肉体の力はティラノサウルスの方が上。だが、魔法で強化した今、スーは肉体の力でもティラノサウルスを圧倒していた。


 ティラノサウルスの攻撃を躱すスー。すると、スーは軽く後ろに跳び、ティラノサウルスから距離を取った。ティラノサウルスはそれを追う。

「ゴガアア」

「……」

 ティラノサウルスから距離を取ったスーの体から何百という触手が生えてきた。生えてきた全ての触手の先端が割れ、口が現れた。触手達は「ケケケケケ」と不気味な声で笑っている。

「グオ」

 スーが低く鳴くと、触手は一斉にティラノサウルスに向かって伸び始めた。ティラノサウルスは急ブレーキをかけ、触手を迎え撃つ。

「ガアアア!」

 ティラノサウルスは向かってくる触手達に牙を振るう。しかし、触手もスー本体と同じようにティラノサルスの攻撃を躱すと、一斉にティラノサウルスに噛みついた。


 ガブッ、ガブッ、ガブッ、ガブッ、ガブッ、ガブッ。


 強化された触手の牙が次々とティラノサウルスに食い込んでいく。

「グガアアアア」

 ティラノサウルスに噛みついた触手は、彼の体をまるで凧のように持ち上げられていく。地上から五十メートル程持ち上げると、ティラノサウルスを凄まじい勢いで、地面に叩きつけた。巨大な土煙が辺りを覆う。スーはティラノサウルスから触手を離し、自分の近くまで縮めた。

 土煙が晴れると、ティラノサウルスは、よろめきながら立ち上がった。無数の触手に噛みつかれたその体は、血で赤く染まっている。


「……げ……い。……てく……さ……。に……て……さい。にげ……て……くだ……さい」

 ナノが小さな声で何か呟く。その声は次第に大きくなり、やがて絶叫となった。

「逃げてください!」

 ナノは声を張り上げる。

「逃げてください!逃げてください!逃げてください!逃げて!逃げて!逃げて!」

 何度も何度も叫び続ける。声は掠れ、喉が潰れかけるが、構わずナノは叫び続ける。

 ナノの力は、スーとティラノサウルスに比べれば、大きく劣る。しかし、そのナノから見ても二頭の力の差は一目瞭然だ。このまま戦っても勝てる望みはまずない。

 しかし、勝てなくとも逃げることは出来るかもしれない。自然界では、逃げることは負けではない。自然界では『生き残る』こと。それこそが勝利なのだ。だが……。


「グオオガアアアア!」

 ティラノサウルスは逃げようとしない。それどころか、一歩ずつ歩進め、スーに向かっていく。


 この世界に来る前、彼は負け続けていた。この世界に来た後、彼は勝ち続けた。


 この世界に来てからの連日の勝利、喰われる心配も、戦って負ける心配もしなくていい。獲物は簡単に手に入り、飢える心配もしなくていい。この世界に来てからの生活は、なくしていた『自信』を彼に与えた。


 逃げることは簡単だ。声を上げて負けを認めることも簡単だ。そうすれば、命は助かるかもしれない。だが、そうなれば彼は戻ってしまう。この世界に来る前の彼に。

 そして、失ってしまう。せっかく手に入れた『自信』を。


『嫌だ!』


 ティラノサウルスは進む。かつての自分。負け続けていた自分。そんな自分に戻る事だけは絶対に嫌だった。


「グガアアアア」

 かつての自分に戻らないために、ティラノサウルスは自分よりも強い相手に何度でも戦いを挑む。それは、成長か?それとも、その逆か?答えは、分からない。

 だが、その信念はティラノサウルスに大きな力を与えた。


「グオ」

 スーが小さな声で鳴く。再びティラノサウルスの頭上から見えない力が、ズンと降り注いだ。

「グガアアアアアア」

 しかし、ティラノサウルスは止まらない。潰されないように、足に力を込め、スーに猛進する。だが、スーは猛烈な勢いで襲い掛かってくるティラノサウルスを見ても、慌てることも動揺することもせず、静かに口を動かした。


「グオ、グオ」

 

 スーは二回鳴いた。すると、空中から鎖が出現し、ティラノサウルスに巻き付いた。口、胴体、尾。鎖は体中に巻き付く。さらに、ティラノサウルスの足が氷に覆われた。

「グムウウウウウ」

 ティラノサウルスは暴れるが、全く身動きが取れない。

 頭上から降り注ぐ力。鎖による拘束。そして、凍りついた足。同時に発動した三つの魔法により、ティラノサウルスの動きは完全に封じられた。


 スーが使うことが出来る魔法は一万を超える。そして、スーは最大五十の異なる魔法を同時に使用することが出来る。しかし、スーはたった三種類の拘束魔法でティラノサウルスの猛進を止めた。


「グオ」

 スーが、新たな魔法を発動する。スーが新たに使用した魔法は『クレア・ボヤンス』。あらゆる物体を透視し、中身を見ることが出来る魔法。

 スーは、ティラノサウルスに対して『クレア・ボヤンス』を発動させた。皮膚と筋肉が透け、ティラノサウルスの臓器がはっきりと見える。

 

 脳、胃、腸、肝臓、腎臓、気嚢、肺……そして、心臓。

 ティラノサウルスの心臓はドクン、ドクンと一定のリズムで鼓動している。

「……」

 スーの体から生え、バラバラに蠢いていた触手が絡み合い出した。絡み合った触手は次第に融合していき、やがて大きな一本の触手となる。その触手の先は、まるで槍の様に鋭く尖っていた。

 スーは槍の様に尖った触手を、魔法で動きが封じられているティラノサウルスに向けた.

。『肉体強化』によって、スーの攻撃力はティラノサウルスの防御力を上回っている。今なら、簡単にティラノサウルスの肉体を貫けるだろう。


「勝負あったかな?」

 遠くで見ていた吸血鬼が口の端を上げる。

「……」

 吸血鬼のすぐ隣にいるナノの様子を見る。ナノはピクリとも動かず、何の反応もしない。(大量の出血で気を失ったかな?)

 この娘が此処で死なないことは、『予言』により確定している。だから、吸血鬼はナノが気を失ったものと思った。しかし、それは違った。ナノは、突如顔を上げると大声で呪文を叫んだ。


「エンドタイム!」


「!」

 ナノの呪文を聞くのと同時に、吸血鬼は後方に大きく跳んだ。次の瞬間、ナノの周囲が大爆発を起こした。

 

「……」

 遠くで起きた大爆発。スーはティラノサウルスから大爆発が起きた方に視線を向ける。ティラノサウルスも目だけを動かし、そちらの方角を見た。

「!!」

 ティラノサウルスは、大きく目を見開いた。



「くっくっく」

 吸血鬼は笑う。爆発の衝撃で体中に傷を負ったが、既に傷の大半は再生していた。

『エンドタイム』

 体内に貯めた魔力を一気に外に噴出し、爆発を起こす魔法。ナノは吸血鬼に捕えられた時から、少しずつ体内に魔力を貯めていた。そして、溜めていた魔力を一気に使用したのだ。

「いやぁ、凄い、凄い」

 吸血鬼は遠くを見ながら、楽しそうに笑い続けた。



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