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ダンジョン攻略、その六

 ダンジョン四十一階層:「過去の間」

 クリア条件:「過去に勝つこと」


「『過去に打ち勝つ』か……どういうことだ?」

「考えられるのは、自分の過去が幻影として現れる……といった所でしょうか?」

「なるほど」

「でも、それってどうやったら、クリアしたことになるんだ?」

「確かに……」

「心が挫けなければよい、とか?」

「過去を見せる魔物がいるのかもしれない。そいつを倒せば勝ちとか?」

 四十一階層の対策のため、どうやったらクリアできるのか、全員で考えるが答えは出ない。

「ワシなど、消したい過去だらけだぞ……」

 メンバー最年長のスロウが、溜息を吐く。

「まぁ、爺さんは年の分不利だろうな」

 ヴィーはスロウを見てニヤニヤ笑う。そんなヴィーにスロウは、フンと鼻を鳴らす。

「歳を喰えばそれだけ、経験が増すんじゃ、まったく、これだから若いもんは」

「何だよ!」

「何じゃ!」

「もう、喧嘩はよしてください!」

 ヴィーとスロウの喧嘩をアリスが止める。いつもなら、プライも喧嘩を止めるのだが、この時はこの光景を微笑ましく見ていた。


 先程のクダンの予言。それがプライの頭から離れない。


「大丈夫か?」

 そんなプライを見てスロウが、声を掛けてきた。

「あ、ああ」

「例の予言のことか?」

「……ああ」

 プライは小さな声で返事をする。その顔はとても暗い。

「大丈夫!」

 明るい声に、プライは思わずスロウを見る。プライとは逆にスロウは笑顔だった。それは、お化けを怖がる小さな孫を安心させようとして、笑う祖父の様だった。

「大丈夫!ワシらなら、きっと乗り越えられる!今までも、そうだっただろ?」

 スロウは、プライの背中をバンと叩く。

「笑え!」

 先程の相手を安心させようとする優しい笑顔とは違い、今度は心の底から楽しそうにスロウは笑う。

「どんな不安があろうとも、リーダーは何時でも笑っておけ!」

「!」

 スロウの言葉に、プライは目を見開いた。


 メンバー最年長であるスロウ。年功序列で言えば、本来なら彼がリーダーであってもおかしくはない。

「シン」が結成された当初、リーダーを誰にするかの話し合いがあった。最初は経験豊かなスロウがリーダーに推薦された。しかし、スロウはそれを断り、リーダーの座をプライに譲った。

『頭の固い年寄りよりも、若くて皆を導ける者がリーダーにふさわしい』

 というのが、スロウがリーダーを断った理由だった。

 リーダーとなったプライだったが、仕事や仲間のことで悩むことも多かった。そんな時には、スロウがよく相談に乗ってくれた。

 そして、よく「リーダーは辛い時こそ笑え」と言ってくれた。

 リーダーとして多くのことを経験したプライ。今でこそ、スロウに相談することは減ったが、あの時のことは本当に感謝している。


「ああ!」

 スロウの言葉を聞いて、プライの心が軽くなる。プライは、孫が祖父に見せるような純粋な笑顔をスロウに見せた。


「シン」のメンバーが四十一階層の扉の前に立つ。

「じゃあ、開けるぞ」

 プライは四十一階層の扉に手を掛けると、勢いよく扉を開いた。扉が開くと同時にプライ達は四十一階層になだれ込む。だが……。

「いない?」

 辺りを隈なく探したが、四十一階層のどこにも魔物がいなかった。

 しかし、油断はできない。十五階層のオクトマンのように姿を消しているかもしれないからだ。

「皆、離れるな……よ?」

 突如として、辺りが暗闇に包まれた。プライは慌てて、仲間に呼びかける。

「皆!無事か!?」

 だが、返事はない。

「アリス、ヴィー、スロウ、トニー、ジェラス、ラスト、スロウ!返事をしろ!」

 プライは何度も呼びかけるが、やはり返事はない。その時、突如として闇が消え、光が戻った。

「皆!?」

 プライは周囲を見る。だが、仲間は誰もいなかった。

 その代り、階層のちょうど中心に誰がいる。魔物ではなく、人間の姿をしていた。

「誰だ?」

 プライは、剣を構える。相手は首を下に向けているので顔は見えないが、明らかに仲間の誰でもない。


 カツン。


 足音が響く。階層の中心にいた人間が、ゆっくりとプライに近づいて来た。

 プライは握っていた剣に力を込める。すると突然、その人間はプライに向かって猛然と突っ込んできた。その人間は腰の鞘から剣を引き抜くと、プライに斬り掛かってきた。

「ふっ!」

 プライは、相手の剣を受け流す。相手は無言でさらに、斬り掛かってきた。プライはそれを紙一重で躱していく。

(よし!)

 わずかな攻防で、プライは相手の自分と相手の力量の差を正確に把握した。大振りで、スピードも遅く、隙だらけだ。これなら勝てる。

(しかし、この剣捌き。見覚えがあるような……)

 そんなことを考えたプライだったが、直ぐに頭を切り替える。戦闘での余計な考えは即、死につながる。たとえ、格下の相手だとしても、それは同じだ。

 首筋に振るわれた剣を躱すと、プライは反撃に出る。正確に、素早く、プライは相手の心臓に剣を突き刺した。相手は、ぐらりとバランスを崩すとそのまま、前のめりに倒れる。完璧な手ごたえ。もう起き上がることはないだろう。

(誰なんだ?こいつは?)

 魔物が人間の姿に化けているという可能性もあるが、どうもそんな感じはしない。それどころか、プライはこの相手のことをよく知っているような気がした。

 プライは相手を仰向けに寝かせると、その顔を確認する。

「馬鹿な?」

 相手の顔を見て、プライは思わず声を上げた。そこにあったのは、彼がよく知る顔だった。


「俺?」


 そこにあったのは紛れもなく、自分の顔だった。

(さっきまで、俺は自分と戦っていたのか?いや、違う?)

 プライは相手の顔をよく見る。その顔は、確かにプライのものだったが、どこか微妙に違う。今よりも、若干幼いような気がする。


(そうか、此奴は過去の俺か!)


 四十一階層のクリア条件:「過去に打ち勝つこと」

(あれは、そういうことだったのか)

 過去に打ち勝てとは、過去の自分に戦って、勝てということだったのだ。

(道理で剣捌きに、見覚えがあるはずだ)

 あの剣捌きは紛れもなく自分のもの。見覚えがあって当たり前だ。

(それにしても、俺、昔はあんなに未熟だったんだな)

 プライは自分の剣術が完璧だとは、全く思っていない。むしろ、その逆だ。まだまだ、修行が足りないと思っている。

 だが、昔の自分と戦ってみて、少しは成長したのだと実感することができた。

(これも皆と一緒に、戦ってきたおかげだな)

 プライは仲間のことを想い、笑う。


(そうすると、今頃、皆も……)

 恐らく、他の仲間もプライと同様に、過去の自分と戦っているのだろう。多分、仲間全員が過去の自分に勝って初めて、四十一階層はクリアとなるのだ。

 しかし、プライは、さほど心配していない。

 過去の自分と戦うということは、経験の浅い未熟な自分と戦うということだ。つまり、今の自分よりも弱い自分と戦うことになる。

 よほどのことがない限り、負けることはな……。


「『一人は己に負け』」


 プライの脳裏に、四十階層の「クダン」の声が響いた。

(まさか……)

 プライの脳裏に、嫌な考えが浮かぶ。

(「クダン」が言っていた「一人は己に負け」、あれは、仲間の誰かが過去の自分に負けるということではないのか? )

 プライの背中に、ゾクリと冷たいものが走る。

(一体、誰が?)

 過去の自分は、今の自分よりも弱い。自分よりも弱いものに負けることなど……。


(あっ!)


 一人だけいる。過去の自分に負けてしまう可能性のある者が!


「よし!勝った!」

 ヴィーは、拳をグッと握る。

「まさか、昔の自分と戦うことになるとはな」

 雷の魔法で黒焦げになった過去の自分を、ヴィーは複雑そうな顔で見る。本当の自分ではないとはいえ、死んだ自分を見るは、やはり嫌なものだ。

「きっと、皆も昔の自分と戦ってるんだろうな。だけど、弱い自分相手なら楽勝だな!」

 ヴィーが仲間達の勝利を確信した時、ヴィーの視界がぶれた。そして気が付くと仲間達が周りにいた。

「ヴィー!」

 プライがヴィーに駆け寄る。ヴィーは「おう!」と軽く手を上げた。

「大丈夫か?」

「ああ、全く問題なかったぜ!他の皆は……大丈夫そうだな!」

 ヴィーは仲間を見渡す。見た所、怪我をしている者はいない。

「あれ?」

そこでヴィーは、一人いないことに気付く。

「スロウは?」

 ヴィーの問いにプライは首を振る。

「まだ、戻ってきてない」

 それを聞いて、プライはニヤリと笑う。

「ってことは、爺さんが最後か!よし、戻ってきたら盛大にからかってやろう!」

 ヴイーは悪戯を思いついた子供のように笑う。

「……」

 だが、プライの顔は暗いままだった。


 ヴィイイイイイイン。


 奇妙な音が階層中に響く。それと同時に、何もない空間に人間が現れた。

 背格好からして、スロウに間違いない。彼は仲間達に背を向ける様に立っている。


「しっしっしっし!よう、スロウ!お前が最後だぜ!」

 ヴィーが楽しそうにスロウに近付く。

「……」

「いやあ、待った待った。待ちくたびれたぜ。あまりに待ち続けて爺さんになるかと思った!」

「……」

「まったく、年寄りはゆっくりしてるな!」

「……」

「ほら、一番最後なんだから皆に謝れよ!『待たせてごめんなさい』ってな!」

「……」

「おい、何黙ってるんだよ。何とか言えよ」

「……」

 普段のスロウなら、「何じゃと、若造が!」と言い返すはずだ。だが、スロウは何も言わずに、ただ立っている。

「おい、スロウ!どうした?」

 何も答えないスロウに、流石のヴィーも不安になる。ヴィーは、スロウの元に駆け寄ると、彼の肩にそっと手を伸ばした。


「おい、スロ……」

 ヴィーの手が、スロウの肩に触れた。スロウの体がクラリと揺れる。スロウは、そのまま前に倒れた。


「スロウ!どうし……」

 倒れたスロウから、真っ赤な血が広がる。ヴィーはスロウを抱えると、仰向けにした。


「う、うあああ!!!!!!!!!!


 スロウの胸には、大きく深い傷跡があった。そこから、大量の血液が流れ出ている。胸だけではない。頭もパックリと割れ、大量に出血していた。

「スロウ!スロウ!」

 ヴィーが何度もスロウの名を呼ぶ。プライ達も急いで、スロウに駆け寄った。

「アリス!回復魔法を!」

「は、はい!」

 プライの指示で、アリスが回復魔法をスロウに掛ける。

「俺もやる!」

「……僕も!」

 回復魔法が得意でないヴィーとジェラスもスロウに回復魔法を掛ける。三人の魔法使いによる回復魔法。これで、大抵の傷なら回復するはずだ。


 だが、スロウの傷は全く癒える様子がない。


「なんで?どうしてだ?」

 ヴィーが叫ぶ。アリスは何かを察したような顔をする。だが、それを認めたくないというように、アリスは回復魔法をスロウに掛け続ける。ジェラスもアリスと同じく何かを察したようだが、彼女と同様、魔法を掛け続ける。

 そのまま二十分以上、三人はスロウに回復魔法を掛け続けた。しかし、スロウの傷が治ることも、彼が目覚めることもなかった


 回復魔法は生きている者の体力を回復したり、傷を癒す魔法だ。だが、それの効果は、あくまで生者に対してだけだ。


 死んだ者に、回復魔法は効かない。死者の傷は、治すことができない。


 最初に、アリスがスロウに掛けていた回復魔法を止めた。それを見たジェラスも回復魔法を止める。

「おい、何してるんだ!?止めるな!」

 ヴィーがアリスとジェラスに叫ぶ。だが、二人は動かない。アリスは震えて、涙を流し、ジェラスは俯いて、嗚咽を漏らしている。

「くそ!」

 ヴィーは、なおもスロウに回復魔法を掛け続ける。

「おい、起きろ!起きろよ!」

 スロウの体に、ポタリ、ポタリと涙が落ちる。

「起きろよ!起きろよ!起きろよ……起き……ろよ……起き……ろ……起きて……くれよ」

なおも、回復魔法を掛け続けるヴィー。


 スロウと一番喧嘩をしていたのは、ヴィーだ。


 そして、スロウをもっとも慕っていたのもヴィーだ。


 プライは、そっとヴィーの肩に手を置いた。ヴィーは振り返り、プライの顔を見る。


 プライは、無言で首を横に振った。


「う、うわあああああああああああああああああああああああ!」

 ヴィーは、まるで子供のように泣き叫ぶ。ヴイーの泣き叫ぶ声は、四十一階層にいつまでも響いた。


 プライ達が過去の自分に勝てたのは、戦ったのが未熟な自分だったからだ。今より経験不足で弱い自分だったからこそ、勝つことが出来た。

 だが、スロウは違う。

 スロウは「シン」のメンバーの中で最高齢だった。そんなスロウの前に現れた過去の自分。それは、今より若いスロウだったに違いない。

 どんな人間でも年を取る。多くの年齢を重ね、経験を積めば老獪さは増す。しかし、それと引き換えにするように、体は衰えていく。スロウは仕事のない時は訓練を怠らなかった。だが、それでも確実に、スロウの体力は衰えていたのだろう。

 スロウは、若い自分に勝てなかったのだ。


 皆がスロウの死を嘆いていると、スロウの体が突如、光り始めた。

「ああ、ああああ」

 ヴィーが狼狽える。そんなヴィーを無視するように、スロウの体は、ますます輝きを増していく。

「ま、待ってくれ!」

 ヴィーがスロウの体を掴む。


 だが、その瞬間スロウの遺体は、まばゆい光を放ち消えた。


「あ、あああああ!」

 ヴィーが頭を抱えて絶叫する。

 ダンジョンで死んだ者の体は、強制的に地上に戻される。スロウの遺体は、ダンジョンの入り口に倒れているはずだ。


 スロウの遺体まで消え、悲しみのピークに達した「シン」のメンバー達が地面に崩れる。その中で、ただ一人、プライだけは立って前を見ていた。


「スロウを蘇らせよう」


 プライの言葉は、決して大きくはなかった。だが、その声は確実に皆の耳に届いた。

「スロウを……」

「蘇らせる?」

 皆の目が、プライに向く。

「もしかして、ダンジョンをクリアした時の願いを……」

「ああ、『スロウを蘇らせてくれ』と願う」


 ダンジョンには伝説がある。

『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』

 というものだ。


「この伝説が、本当かどうかは分からない。だが、もし本当なら……」

「死んだ人間も蘇らせることが出来るかもしれないってことか!」

 ヴイーがゆっくりと立ち上がる。目は涙であふれていたが、ヴィーはそれを力強く拭った。

「俺は、やるぞ!絶対にスロウを生き返らせる!」

 ヴイーは吠えるように叫んだ。その声に応える様に、他の仲間も立ち上がる。

「よし!」

「やろう!」

 皆の顔に生気が戻る。それを見たプライは、高らかに腕を上げた。

「絶対にダンジョンを攻略するぞ!」

「「おう!」」

 ダンジョンに入ってから、一番の咆哮を上げた「シン」。

 名誉のためでも、報酬のためでもない。だだ、仲間を蘇らせるために彼らはダンジョン攻略を目指す。


 ダンジョン攻略メンバー「シン」。第四十一階層クリア。







 残り、六人。






 ティラノサウルスの前に、もう一頭ティラノサウルスがいる。

 だが、ティラノサウルスは目の前にいるのが別のティラノサウルスだとは思わなかった。

『こいつは、俺か……』

 本能なのだろうか、それとも相手の仕草だろうか、確信を持って目の前にいるのが自分、正確には過去の自分だということを彼は、瞬時に理解できた。

 過去のティラノサウルスと現在のティラノサウルス。二頭はじっと睨み合う。


「グオオ!」


 先に動いたのは、過去のティラノサウルスだ。過去のティラノサウルスは現在のティラノサウルスに向かって走る。

 他の者から見れば、猛然と突っ込んでいるように見えるだろう。だが、現在のティラノサウルスは違う。過去の自分。何を考えているのかは手に取るように分かる。


 あれは、ただ単に恐怖を誤魔化しているだけだ。

 怖さを誤魔化すため、声を張り上げ、何も考えずに突っ込んでいるに過ぎない。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 現在のティラノサウルスが咆哮を上げる。その咆哮は、過去のティラノサウルスの咆哮を掻き消した。


 突進していた過去のティラノサウルスが、突然動きを止める。そして、その場に伏せ、鳴いた。

「キューーー」

 先程とは打って変わって情けない鳴き声。それは、人間の言葉にすると「降参する」という意味だ。

 過去のティラノサウルスは、戦うことすらせず、あっさりと降伏した。現在のティラノサウルスは、大きな溜息を吐く。

『情けない』

 こんなのが、昔の俺か。

 ティラノサウルスは過去の自分に近づく。過去のティラノサウルスは現在のティラノサウルスを怯えた目で見上げた。

「キューーー」

 そして、再び情けない声で鳴いた。


 その鳴き声を聞いた瞬間、現在のティラノサウルスは激昂した。


 ティラノサウルスは、降伏の鳴き声を上げる過去の自分の首に噛み付く。

「キューーー!キューーー!」

 過去のティラノサウルスが、何度も降伏の鳴き声を上げる。だが、現在のティラノサウルスは、離さない。それどころか、さらに顎に力を込める。

「キューーー!キューーー!キューーー!」

 ギリギリギリと過去のティラノサウルスの首が締まっていく。

「キュウーー、キュー…キュ……キュ……キュ……」

 過去のティラノサウルスの首は完全に絞められ、降伏の声すら、出せなくなった。

 だが、首が締まってもなお、現在のティラノサウルスは力を緩めない。

 

 ギリギリギリギリ、ギリギリギリギリ、ギリギリギリギリリギリギリ、ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ。


 ゴキン。


 過去の自分の首から、にぶい音がした。ティラノサウルスが離すと、過去のティラノサウルスは、バタンと地面に転がる。


 その顔は、恐怖に歪んでいるように見えた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 ティラノサウルスは再び咆哮を上げる。自分はもう昔の自分ではない。そう言っているかのような彼の咆哮は一際大きく辺りに響いた。


 ナノは、もう一人のエルフと対峙していた。相手は、自分と同じ顔で、自分と同じ動きをしてくる。

(これは、私か……)

 もしかしたら、別の魔物が自分に化けている可能性もあったが、違うと確信できる。目の前にいるのは紛れもなく、自分だ。それも、今の自分ではない。過去の自分だ。

「ファイアーボール!」

 過去の自分が突然、現在のナノに攻撃してきた。ナノはその攻撃を躱す。過去のナノはなおも、攻撃しようと現在のナノに狙いを定めた。

 それより早く、現在のナノが叫ぶ。


「『ロック』」


 その瞬間、過去のナノはビクッと動きを止めた。

 ナノが目の前にいる自分を、過去の自分だと思った理由は至極単純だ。過去の自分の首には、現在のナノにはないものがあった。


 首輪。

『リストリクションカラー』と呼ばれる奴隷や囚人に対して使用されるものだ。

 

 過去のナノは、慌てて首輪を確かめる。

 首輪には何も変化もない。当然だ。首輪の呪文は首輪をはめた者が唱えて初めて、効力を持つからだ。

 もちろん、ナノもそれは承知している。しかし、過去のナノは首輪に対する恐怖で、体が勝手に呪文の言葉に反応してしまった。

 過去のナノがはっとして、前を見る。現在のナノの姿がいつの間にか消えている。


 ズッと過去のナノの胸に衝撃が走った。過去のナノは自分の胸を見る。


 胸から剣が飛び出ていた。


 現在のナノが剣を引き抜くと、過去のナノはそのまま倒れた。ナノはかつての自分を見下ろす。

(これが昔の私か……)

 主に出会っていない頃の自分。首輪に支配されていた自分。情けない自分。

 過去のナノは地面をのたうちながら、現在のナノを見る。恐怖、羨望、嫉妬。その瞳には、様々な感情が現れては消えっていった。

 ナノは、過去の自分に手をかざすと、呪文を唱えた。

「ファイアーボール!」

 ナノの手から炎が放たれる。過去を消し去るように、炎はかつての自分を燃やし尽くした。

 


 気が付くとナノの目の前に、主がいた。ナノは片膝を付き、頭を下げる。

(自分はもう、昔の自分ではない)

 自分には、主がいる。主さえいれば、他に何もいらない。


 ゴゴゴゴゴゴゴと扉が開いた。ティラノサウルスが開いた扉に入る。それ続いてナノも扉に入った。


「大型獣脚類ティラノサウルス及びエルフ族ナノ」、第四十一階層クリア。




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