7.直人の特殊能力
清々しく晴れた日の午後だ。温かい陽射しは様々なカラフルコーデを喜んでいる様にも思えた。日曜日ともなれば更に賑わうこの通りでは、マイクを持った吉澤茜アナウンサーがカメラクルーたちと共に打ち合わせをしていた。茜はアナウンサーにしては背の低いほうだが、天気お姉さんを務めたりするなど、徐々にお茶の間の人気となりだした、ミドルの艶のある髪をした元気が取り柄の可愛らしい女性だった。そんな茜にとっても今回は初めての生番組での単独食レポで、その緊張感は周囲の者にも感じられるほどに、ピークに達していた。
「あぁもう、ね、髪、大丈夫?化粧は?乱れてない?」
「大丈夫だよ、大丈夫。乱れてないし、綺麗だ。いつも通りにやれば、君ならできるから心配するなって…。落ち着け。…おい、カメラ、もう少し上から全体図を取ってくれないか?俺が合図出したら、Bカメにチェンジすっから。…ね、そこで君のアップだから…」
茜の質問を軽くあしらいながら、相変わらず慌ただしそうに現場を仕切っているその男は茜へと片手間にウインクをして見せた。
「あぁ気持ち悪い」
茜やその他の女性クルーたちも言葉には出さなかったが、その男の態度にはいつも身震いがするのを感じていた。だが、そうは言っても上司には変わりはないのだから、顔色には出せやしない。そこはやはり一線で活躍している女性達だ。彼の前では女優を演じきる。
「もうすぐ、スタジオから来るよ。カメラもいいか?」
カメラマンは停車している自車の荷台に更に脚立を用意して、カメラを構えたその上から親指で合図してみせた。もちろん、撮影許可証は取ってあった。
「そうですね。…はい、ここでいつもの街角食通のコーナーです。今日の取材レポは、美味しい行列のできるラーメン屋さんに吉澤アナウンサーが行ってますよ。では、呼んでみましょうね、どちらにいるのかな?吉澤アナウンサー?」
スタジオからの呼びかけがあり、男から茜に合図が送られた。カメラマンは人混みの多い通りを広範囲に渡って映し出す。
「はい、私は今日、こちら人通りの多い交差点のちょうど角地にあります、人気ラーメン店、あかりというところに来てますよ。皆さん、此処がどこだかわかりますか?」
カメラは信号を越えた、数百メートル先までの人混みを捉えていた。週末ともあってか、何時もよりその人の波は途切れることなく続いていた。
「どこでしょうね、そこは。吉澤さん、そこはどこですか?」
「はい、ここは…」
Bカメにチェンジしようと合図が出された、その時である。撮影をしていた吉澤の周りには少し、スタッフに制御されて作り出されていた空間があったのだが、そのスタッフの足下を潜り抜けて、一人の男の子が飛び出してきたのだ。茜にドンと勢いよくぶつかったことで「キャ」っと発してしまった彼女のその声に、少しびっくりした男の子は、後ろを振り返りながら、
「あ、ゴメンなさい」
と言いながらもよろけていた。遠くから子供の母親だろうか、
「待ちなさい」
そんな声が雑踏に紛れて、微かに聞こえてきた。
「大丈夫?」
茜は男の子に激しく当たられたことで、その場に尻もちをついてしまったのだが、男の子を気遣ってそう、優しく声をかけた。カメラマンも突然のことだったので、そのまま起こったままのことを撮影していた。
男の子は慌てるように軽く会釈をした後、その場を逃げようとしてか、急ぐあまり通りへと飛び出してしまったのである。車の急ブレーキ音が辺り一面に響き渡り、ドスンと重たい音がしたかと思うと、男の子は数十メートル先へと跳ね飛ばされていた。
「キャー」
茜の…そしてその光景を目の当たりにした人たちの悲痛な叫び声が、あちらこちらから発せられた。
スタジオでも生で流れてしまったその映像にどう対応していいのか、戸惑いを隠せずにいた。
「も、申し訳ございません。現場でたった今、事故があった模様です。一旦、カメラをスタジオに戻します。大事に至らなければ良いのですが…。番組内で詳細がわかりましたら、またお伝えしようかと思います…」
直人は真二とともにカラオケ店へと向かっている最中で、その数百メートル先の通りを歩いていた。
「今日は晩御飯もないんだってな。じゃあ、俺が気の済むまで最後までとことん付き合ってやるよ」
俺が失恋したっていうのに、真二の奴ときたら…直人はそれでもその存在が嬉しかった。
「あ、だけど、今日は奢りな。付き合ってやるんだから…」
真二のその言葉が終わるか終わらないかの時に二人の会話は悲鳴に遮られた。
「ん?何かあったのかな?…っておい、直人」
直人は既にその悲鳴の方へと駆け出していた。数分は経っただろうか…。直人が人混みを押し分け、その悲鳴の発せられた場所にたどり着くと、そこには顔面蒼白となり、震えたまま立てなくなっていた茜がいた。
「どうしたんです?」
茜が震える指で指した方角には多くの人だかりができていた。
「すみません、ちょっと通して下さい」
直人もその悲惨な光景に目を背け、すぐに茜のもとへと戻った。
「大丈夫ですか?何があったんです?」
茜は声を出すことさえ、できなかった。
「君、すまん。悪いが彼女には関係ないんだ」
スタッフたちは、彼女を庇うように立ちふさがった。
「どのくらい前に起こったんです?」
「5分ほど前だ」
「正確には?」
「4分半…」
「なんなのよ、どういうつもり?」
茜は強い憤りを感じ、そう叫んだ。
「4分半、ギリギリだな」
そう言うと、直人は右手の人差し指と中指を眉間にあてた。直人の側へと息を切らして走ってきた真二が呟いた。
「またかよ、何してん…」
5分前…
「今日は晩御飯もないんだってな。じゃあ、俺が気の済むまで最後までとことん付き合ってやるよ」
直人は意識をその場面に合わせた。
「あ、だけど、今日は奢りな。…ってどこ行くんだよ」
直人は既に走り出していた。
「どこでしょうね、そこは。吉澤さん、どこですか?」
「はい、ここは…」
Bカメにチェンジしようと合図が出された、その時である。撮影をしていた吉澤の周りには少し、スタッフに制御されて作り出されていた空間があったのだが、そのスタッフの足下を潜り抜けて、一人の男の子が飛び出してきたのだ。茜にドンと勢いよくぶつかったことで「キャ」っと発してしまった彼女のその声に、少しびっくりした男の子は、後ろを振り返りながら、
「あ、ゴメンなさい」
と言いながらもよろけていた。遠くから子供の母親だろうか、
「待ちなさい」
そんな声が雑踏に紛れて、微かに聞こえてきた。
「大丈夫?」
茜は男の子に激しく当たられたことで、その場に尻もちをついてしまったのだが、男の子を気遣ってそう、優しく声をかけた。カメラマンも突然のことだったので、そのまま起こったことを撮影していた。
男の子は慌てるように軽く会釈をした後、その場を逃げようとしてか、急ぐあまり通りへと飛び出してしまったのである。
車の急ブレーキ音が辺り一面に響き渡った。
それとほぼ同時に直人は男の子の体を咄嗟に抱え込み、反対の舗道の方へと飛び込んでいた。
「あぶねーな、何やってんだよ」
車から怒鳴り声が聞こえると、しばらくして直人はゆっくりと立ち上がり、お辞儀をしてみせた。少し打ち所が悪かったのか、体に痛む場所があったが、それどころではなかった。
「ねぇ、け、怪我はない?もう、この子は。す、すみません、ありがとうございました」
慌てるように駆けつけて来たその母親は、子供の頭を軽く叩いて、何度も何度も直人に頭を下げながら、その場を申し訳なさそうに離れて行った。
茜は大スクープを目の当たりにしたことで、目をキラキラさせて、直人のことをジッと見つめていた。




