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2.真夜中の取引き

 4日後…午前1時58分

 横浜港 南本牧埠頭


 辺りは静まり返っていて、埠頭(ふとう)の灯りは頭上のほのかな月明かりを遮り、そこにある世界を外界と遮断しているかの様にも思えた。波も穏やかなその海は、藍色よりも更に濃い色をしていて、じっと見つめれば、その者を吸い込んでしまうかのような不気味さを漂わせている。今はただでさえ人を寄せ付けない時間帯ではあるのだが…。

 MC-2区域に接岸された巨大貨物船の周囲では、人目を警戒するかの様に、数人が行ったり来たりを繰り返している。彼等のその肩からは各々にロシア製アサルトライフルAK-12がさげられていた。ロシア国防省が2014年度から正式採用することを決定したばかりのAK-47シリーズ最新のモデルだ。


 浅原はその彼等の様子を確認すると、耳にあてていた小型無線の、そこから伸びたマイクへと息を軽く吹きかけて、音をチェックするとともに、いつもの様に部隊への指揮を取り始めた。

「いいか、時間を合わせるぞ。…3、2、1、セット」

「セット」

「セット」

 各班から呼応するかのように、返事がすぐさま浅原の元に折り返された。時間は午前2時ジャスト。ライトが薄っすらと照らし出す腕時計の秒針をも確認し、右隣で前方を凝視していた部下の下山にも肘で合図を送ったかと思うと、更に言葉を続けた。

「いいか?いつものように、全員、俺の言った通りに行動するんだ。さもないと、また始めからやり直しってことになるぞ」

 浅原が全体への指揮の開始時に交わす決まり文句のようなセリフだ。いつもは穏やかなその表情も現場の指揮を取り始めるとなると、明らかに違ってくる。彼は長年、人質を取った立て(こも)り事件やら、テロにも似た凶悪犯罪の陣頭指揮を全国各地で取り続けてきた男なのだ。こういったことには、場慣れはしている。

「おかしいでしょ?模擬訓練じゃあるまいし、始めからやり直しだ…なんて。それを言うなら、取り返しがつかないとか言うべきではないですか?」

 そう呟いたのは、浅原から向かって左前方面のコンテナ上に身を潜めて、暗視スコープを覗いていた片倉だった。片倉はいつもこの浅原の言葉に疑問を抱いていた。片倉も下山同様、浅原とここ数年、このチームで苦楽を共にしてきている。年齢は20代後半といったところなのだが、屈指の腕利きスナイパーだ。警察組織の中でもその腕は高く評価されていて、毎年のように狙撃の大会に出場しては、優勝、若しくは準優勝となる程の腕を持ち合わせていた。また、彼は1時間内程度なら、絶対の体内時計を持つという特異な体質でもあった。彼だけは、時計を合わせることはあっても、再度、それを目にすることはなかったのである。


「おい片倉、この無線はリンク回線を使用しているんだぞ。お前は小声のつもりだろうがな、本部にも聞こえてるんだ。少しは無駄口を控えろよ」

 そう言ったのは、浅原の右前方、標的に一番近いコンテナの背後にまで数人を従えて、移動していた松島だった。松島は浅原の指示のもと、突入部隊を任されている、浅原とは旧知の仲だ。このチームを結成するかなり以前から、松島は彼に只ならぬ信頼を寄せていて、プライベートでも二人の親交は深かった。年齢も同じくらいの50歳手前で、少し白髪混じりの物言いの温和な刑事として、署内でも慕われている。浅原はバツ1の独身であるが、松島には2人の子供たち、そして奥さんがいて、浅原とは家族ぐるみの付き合いがあった。浅原はその家庭に2、3ヶ月に一度は招待されて、奥さんの自慢の手料理に舌鼓を打っていた。特にお気に入りなのは丹精込めての自家製のお漬物、出汁(だし)が沁み渡る温かな味噌汁、ふっくらとしたちょっと甘めの卵焼き、それに煮物という調和のとれた日本食だった。独り身の浅原をもてなすには最高のご馳走だった。


「そうだ、片倉。無駄なセリフを吐いてないで、ちゃんと浅原を援護するんだ。いいか各班、これより指揮権をいつものように浅原に(ゆだ)ねる。各々は、打ち合わせ通りに浅原の指示に間違いのなきよう行動するんだ、いいな?」

 そう苦言を(てい)したのは、本部部長の中川だった。中川は、年で言えば浅原の1つ下の後輩であって、常に浅原と現場を駆けていた頃から彼を目標としてきた。だが署内で数年前、昇進の人選が行われた際、浅原本人の現場主義を頑固として譲らないことにどうしても彼を説得させる程の力が中川にはなく、代わって部長のポストに就いた男である。皆に信頼を寄せられている浅原を少し(ひが)んではいたものの、それでも彼には一目置いていた。



 その会話から、5分くらいは経ったであろうか。黒いドイツ製の車が3台、音もなくその巨大貨物船に近づいてきた。その高級感が乗っている者の大物さ加減をも物語っている。貨物船上でもこの様子を確認したのか、仲間同士に無言で合図を送りあっていて、しばらくすると、部下を5人ほど従えた頭でありそうな割腹の良い、人相の悪い男が下船してきた。

「やあ、Mr.…この度は我々を取引の相手に選んで頂けた事を光栄に思うよ」

 停車したその車から降りてきたのは、背の高いガッチリとした体格のよい男達、数名だった。


「標的を補足。どいつが頭だ?」

 片倉は、暗視スコープで次々にその中に奴等の顔を一つ一つ映し出し、様子を伺っていた。

「まだ、奴は車の中さ。皆まだ動くなよ、じきに奴等はこちらの手を省いてくれるはずだ。俺たちは少しの間、このまま傍観(ぼうかん)しているんだ」

 浅原は、いつも何かの確信を持っているかのようにチームへの指示を絶対としてきた。また、それが小さなことでさえ外れた事がないのが不思議ではあるのだが…。


「物を見せて貰おうか」

 そう言って数名が歩み寄ろうとするが、頭の男は遮るかのように右手をスッと挙げ、その動きを止めた。

「おっと、その前に金だ」

 先頭の車のリアウインドウが小さく開き、側にいる長身の男に指示を与えた。

 男はその言葉に頷き、彼の指示のもと、車のトランクから合計4つものアタッシュケースを部下に運ばせ、奴等との中間の場所へとそれらを置かせた。その中身を割腹の良い頭の男はすぐさま手下達に確認させると、自分たちの持ち込んできたコンテナへと彼等の内の2名を案内させた。彼等もまた、コンテナの中を確認すると、車の側に戻り、小さく頷き合図をしてみせた。

「では、これで取引き成立ですかな?しかし、君達は何をおっぱじめる気なんだ?戦争でも起こす気なのか?まあ、俺たちには関係ない、あんたたちは有難い客なんだからな」

 頭の男は薄ら笑いを浮かべ、数人にアタッシュケースを取りに行かせると、静かに振り向き、軽やかな足取りで乗船し始めようとした。


 その時だ…


 車を守るかのように、その黒服の男達が四方に散らばったかと思うと、上着の内ポケットから、ハンドガンをそれぞれに手にして船員達を一斉に撃ち始めたのだ。すぐさまそれに慌てたフィリピンからの招かざる来航者は、船内にいた手下達と共にそれに応戦しようとしたのだが、もう既に時は遅すぎた。彼等にはひとたまりもない状況だった。取引き成立後、自分たちは大金持ちとなって帰国する、そう信じて、もう既に気持ちは此処にはなかったからだ。対応が遅れた…。

 数十発もの残響と、立ち込めていた火薬の匂いがまだ薄っすらと残る中、車の後部ドアが手下の者の手で開けられたかと思うと、中から周りの男達から言ったら少し小柄ではあるが、いかにもといった周りの者に重圧感を与える男が薄っすらと笑みを浮かべながら、降りてきた。

「残念ですね、素晴らしい銃をお持ちなのに。貴方達はその使い方すら知らないなんてね」

 男は非情にも、血を吐き倒れている、もう話すこともできなくなったその頭の男の骸を仰向けにさせるよう、足で蹴飛ばしてみせた。


「よし、そこまでだ」

 浅原がその言葉と共に動いた…。

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