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第1話 紅目の魔法使い 4

 あの魔法使いが、そこに立っていた。

 七都の髪を壁の中に埋め込み、七都にグラスを割られたアヌヴィムの魔法使い。

 彼は、琥珀色の透き通った不思議な目で、七都を見つめている。


「勝手に入って来ないでくれる? ここは外だけど、この空間は、一応わたしの部屋の一部なんだからね」


 七都は、彼を睨んだ。


「まだ怒っておられます?」

「当たり前でしょ。言っとくけど、あなたの第一印象はものすごく悪いから」


 魔法使いは微笑んで、その場にひざまずいた。そして、頭を丁寧に下げ、手を胸の前で折り曲げる。

 とてもきれいで優雅な仕草だった。今までそのような挨拶を七都に行なった、誰よりも。

 そのポーズも、絵から抜け出てきたかのように、きちんと決まっている。

 それはもちろん彼が美しい若者であることも、その優雅さを増幅させる一因に違いなかった。

 彼は、セレウスやユード以上に端正な顔立ちをしているし、物腰もどこか洗練されていた。

 そしてこの人は、こういう動作をすることに非常に慣れている。七都は、直感的に思った。

 おそらく、何千、いや何万にもなるかもしれない回数を、魔神族の主人の前で日常的に行ってきたのだろう。


「先ほどのことはお許しください。決して悪気があったわけではありません」


 彼が、頭を下げたまま言った。


「女の子をいじめちゃだめでしょ。女の子には親切にしなきゃ嫌われるよ」

「かわいい女の子がいるとちょっかいを出してみたくなるのが、男の性というものですよ」


 彼は微かに笑って、七都をちらっと見上げた。


「そういうことを、自分のあきれた行動の都合のいい言い訳にしないでほしいな。男の人にとっては軽い冗談でも、女の子にとっては悔しいし、悲しいし、横暴なことにしか思えない」

「しかし、あなたの行動も、感心できるようなものではありませんよ」


 うう。この人、やんわりと反論してくる。

 七都は、さらに彼を睨む。

 けれども、魔法使いは続けて言った。


「ああいったことでいちいち憤慨して反応していたら、きりがありません。第一、相手を怒らせたら、やっかいなことになりますよ」

「やっかいなことって?」

「巻き込まれなくてもいい災厄に、自分から飛び込むようなものです。確かにあなたは強力な魔力をお持ちのようですが、まだ使いこなせてはいない。今まともに私と戦ったら、とても勝ち目はありませんね。私は簡単にあなたを組み伏せられる」

「それ、わたしを脅してるの?」

「脅しているのではなく、忠告してさしあげているのです」


 彼が言った。

 七都は、眉を寄せる。

 忠告か。

 ゼフィーアにしろ、セレウスにしろ、この人にしろ。

 アヌヴィムの魔法使いというのは、忠告が趣味か?


「多少腹が立っても、ご自分を抑えて、取るに足りぬ無価値な接触は無視するか、軽くあしらって通り過ぎなくては。それもまた、賢く生きる術ですよ。関わり合いになると、ろくなことになりません」

「つまり、我慢しろと? 悔しくても、情けなくても。何でこっちが我慢させられなきゃならないの。そもそも、ちょっかいをかけてくるあなたがいけないわけでしょうが。無視したり、軽くあしらってくれることを前提にちょっかいをかけるなんて、完全に相手に甘えてるよ」

「手厳しいですね」


 魔法使いは、にやっと笑った。


「だが、理不尽なこともそれなりに受け入れていかなければなりませんよ。危険を回避して、穏やかに生きていくためにはね」

「いやなことはいやだって、はっきり言わないと相手にわからないし、わからないままだと相手が図に乗る。あなただって、誰かに理不尽なことやいやなことをされたら、文句言うでしょ?」

「私の場合は、文句を言ったってどうにもならないんですよ。最初から無駄なこと。だから今、この宿にいて、ホールの隅で決して酔えない酒なんぞかっくらっているわけだが」

「お酒に酔えないの」

「アヌヴィムは、どれだけ酒を飲んでも酔うことはない。おそらく、魔神族に提供するエディシルがまずくなるのを防ぐためなのでしょう。ご存知ではなかったのかな? 魔神族のお嬢さま」

「知らない。じゃあ、酔っ払って、わたしをおちょくったわけでもないんだ」

「だから、あなたに酔っ払いなんて言われたのは、心外でしたね」


 彼は、ふっと溜め息をつく。


「それにしても、あなたが魔神族だと見抜けなかったのは、情けない限りです。私ともあろうものが……」

「でも、あなたを騙せたってことは、一応わたしは、アヌヴィムの魔法使いにうまく化けられてるってことだよね」

「そうですね。ただ、アヌヴィムの魔法使いにその蝶が止まることはありませんし、蝶を食べることもありません」


 魔法使いは、蝶をリボンのように髪にたくさんとめている七都を、改めて見上げた。


「その蝶は前菜ですか? それとも食後のデザート? この宿には、あまりよいエディシルを持った人間は泊まっていないですよ。それこそ、酔っ払いだらけだ」

「関係ないよ。人間のエディシルは食べないことにしてるから」

「ほう。それはまた、なぜ?」


 魔法使いが驚いたように、だが、少し興味を引かれたような面持ちで訊ねた。


「要するに、いやだから!」


 七都は、投げやりに答える。


「では、あなたのお食事は、その蝶だけですか?」

「あとは、カトゥースのお茶。でも、もう飲んじゃって、ほとんど残ってないから、もうすぐこの蝶だけになっちゃうけどね」

「カトゥースは、魔の領域の中なら、あらゆるところに咲いてますよ。これから行かれるのでしょう? しかし、カトゥースと蝶だけの食事内容なんて、賛成は出来ませんね」

「ほっといて。あなたはどこから来たの? 魔の領域?」

「そうです。光の都から」

「じゃあ、あなたのご主人は、光の魔神族?」

「そういうことです。……ああ」


 魔法使いが、琥珀色の目を伏せて、うめき声をあげる。

 それから彼は、力なく立ち上がった。


「その主人が来たようですね」

「え?」

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