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第3話 化け猫カーラジルト 10

 それは七都が幼い頃、父の央人が買ってきてくれたハロウィンのカボチャの飾りだった。

 ジャック・オー・ランタン。央人は、『カボチャ大魔王』と七都に教えた。

 陶器で出来ていて、中で電球がつくようになっている。

 けれども七都は、それが怖かった。 カボチャの明かり自体が怖かったし、壁いっぱいに映るカボチャの顔も怖かった。

 果林さんにしがみついて泣き叫んだような記憶がある。

 確か今は、物置の隅に片付けられているはずだ。捨てられてはいないと思う。

 あれと同じカボチャが、なぜか今、目の前にぷかぷか漂っている。

 

 カボチャの中に、明かりが灯った。

 黄色の光で出来た三角の目が七都を見下ろし、ぎざぎざの歯が並ぶ半円の口がさらに歪んで、七都を小ばかにしたように笑う。

 カボチャの額に赤いバツ印が現れた。それは少し間隔を開けて、カボチャに浮かぶようにくっついている。


「赤いペケ……? うわ。なんか、シュール」

(あの印の場所が、あの物体の急所だ。あれを狙うんだ)


 カーラジルトが言う。

 七都は剣を両手で握りしめ、地面を蹴った。

 カボチャが笑いながら、突進してくる。


「あんたなんか、怖くないんだから!」


 七都は叫びながら、カボチャに剣を浴びせた。

 カボチャは素早く移動し、弧を描いて七都の背後に回り込む。


「なんか、憎たらしい……」

(戦うときは冷静に。余計な感情を挟んではならない。余計な感情は、感覚と行動を鈍らせる)


 カーラジルトが言った。


 七都は、カボチャと睨み合う。

 カボチャが大きな口を開けて、突っかかってくる。

 七都は額を狙って剣を何度も振り下ろしたが、カボチャは身をよじらせるようにして機敏に動き、七都の剣をことごとく見事によけきった。


(相手の隙を突くことも大事だ)と、カーラジルト。

「猫だまし、とか?」

(……)


 カボチャがまた、突進してくる。

 七都はカボチャの前から姿を消した。

 カボチャは急ブレーキをかけ、無表情な三角の目で、突然目標が消滅した空間を見つめる。

 すぐに七都は、カボチャの後ろに姿を現した。単なる、ごく短い距離での瞬間移動だ。

 カボチャが振り向いた。同時に七都は、カボチャに剣を突き入れる。額の赤いバツ印めがけて。

 だが七都の剣が入ったのは、カボチャの口だった。

 剣を呑み込んだカボチャの口が、カタカタと笑う。

 剣はカボチャを貫いていたが、カボチャには全くダメージはないようだった。

 カボチャの向こうに剣の先が、むなしく輝いているのが見える。


(相手の隙を突いて攻撃をかけたときは、必ず成功させなければならない。でないと反撃されてしまう)


 カーラジルトの声が聞こえた。

 カボチャはそのまま剣を飲み込むようにして、七都のほうに進んで来た。

 そして、剣の柄を握った七都の手に到達すると、剣の柄ごと七都の腕にがぶりと噛み付く。

 カボチャの口の中から、割れたガラスのような鋭い歯が出現していた。それは七都の腕に食い込んでいる。

 七都の腕から、血が筋になって流れ落ちた。


「か、噛まれた!」

(だから、きみがそういう想像をしたからだ。この物体は幻影。きみを傷つけはしない)


 カーラジルトが言う。


(だいたい薬を飲んでいるんだから、血が出るわけがないんだよ)

「そ、そうだよね。わたしがそんなイメージを持っているから、その通りになったんだ」


 七都は目を閉じた。そして深呼吸をする。

 落ち着こう。冷静に判断しよう。

 血は出ていない。もともと噛み付かれてなんかいない。

 さっきだって魚に切られてなどいなかったはず。

 全部思い過ごし。自分が無意識に作り上げた悪夢のイメージに過ぎない。


 目を開けると腕にはカボチャの姿は見当たらなかった。血も流れていない。

 魚のヒレに切られた傷も、跡形もなかった。

 七都は顔を上げる。

 目の前にカボチャ大魔王が浮かんでいた。赤いバツ印を額の飾りにしながら。

 口をおもいっきり開けて、笑っている。


(エヴァンレットの剣は、誰が持ってもエヴァンレットの剣だが、普通の剣でも、使いようによっては魔剣にすることも出来る)


 カーラジルトが言った。


「意味がわかんないんだけど?」

(きみの持っている剣を媒体にして、相手を魔力で攻撃するという選択肢もあるということだ)

「やっぱり、わかんない……」

「きみは先天的に魔力が強いようだから、剣で戦うよりも、魔力で戦うほうが合っているのかもしれない。でも、今は剣の稽古をしているわけだからね。剣に魔力を込めて戦ってごらん)

「剣に魔力を……?」


 カボチャが挑みかかってくる。

 七都は額のバツ印を狙って切りかかったが、カボチャの大きな口が邪魔をして、剣はバツ印に触れることさえ出来なかった。

 剣は再び目標をはずして、カボチャの口を貫く。

 カボチャは先ほどと同じ態度で、七都を嘲笑うかのように、体全体を震わせた。

 いけない。また悪夢を連想してしまう。

 七都は雑念を払いのける。

 そうだ。どうせなら、悪夢を反対に利用すればいいんだ。

 七都は、握りしめている剣に力をこめた。

 やり方はわからない。

 でも、とにかくイメージしてみる。

 意識を集中させて。

 七都は、剣を飲み込んで笑っているカボチャを睨んだ。

 伝われ、剣を通して!


「はじけろ!!」


 七都は、叫んだ。

 その瞬間、カボチャが内側から砕け散った。

 額の赤いバツ印も、三角の二つの目も、半円の大きな口も、裏返るようにして崩れる。

 崩れたカボチャ大魔王は、幾つものくすんだオレンジ色のかけらになって、飛び散った。

 陶器のはずなのに、肉片のような生々しさがあった。

 カボチャのかけらは地面に落ちる途中で、無数の黒い蝙蝠に変わる。

 蝙蝠たちはバタバタとしばらく宙を舞っていたが、やがて夜の青い空気の中に、吸い込まれるように溶けてしまった。


(たぶんきみは、剣を使わなくても破壊できたね)


 カーラジルトが言った。


「うん。カトゥースの入ったカップもお酒の入ったグラスも、それからエヴァンレットの剣も破壊してきた。だけど本当は、そういうのは戦いには使いたくなかった。カボチャ大魔王は幻。でも、一応生きているものに対してあんな倒し方をして、後味が悪い。あなたがせっかく急所を設定してくれたのに、急所ごと木っ端微塵にしたりして……」

(それで罪悪感を覚えて、蝙蝠に変えたのか……)

「ちょっと思ったら、素直に変わってくれた」

(この世界で誰かと対峙して戦うということは、死ぬか生きるかだよ。自分がよほど相手に勝っていない限り、きれいな倒し方を選べる余裕など滅多にない。それが現実だ。確実に相手を倒せる方法をためらいなく使うのは当たり前。きみの場合は、それが破壊ってことになるのかな)

「わたしの考え方が甘いってこと? 変に躊躇したり、後悔したり、罪悪感を持ったりなんかして」

(きみは、私の背中でグリアモスと戦っているときも、躊躇していたね)

「だって、同族でしょ。相手がはぐれグリアモスで襲ってきたとはいえ……」

(戦うときは、覚悟を決めて戦わなければならない。たとえ相手が同族だろうが友人だろうがね。一瞬の隙や感情の微妙な揺れが命取りになる。相手を倒すということは、相手の命を奪うこと。自分の手で相手の運命を変え、未来を奪い取ってしまうこと。それはとても重いことだ。その結果も含めて、すべてを全身全霊で受け止めなくてはならない。たとえどんなにつらくても苦しくても、逃げてはならない)

「……」


 安易に剣を教えてほしいなんて頼んだけれど。

 この世界で剣を使うということは、つまりそういうことなんだ。

 命を懸けて相手と戦うこと。相手の未来をもぎ取って、命を奪うこと。

 そしてもし相手に負けてしまったら、自分の命も未来も、奪い取られてしまう。決して生ぬるい気持ちで使ってはいけない。

 ここは、常にそういう危険が満ちた場所なんだ。元の世界とは全然違う。

 それはわかってはいたけど……。

 カーラジルトから聞くと、リアルだった。言葉がとても重い。

 彼は生きるため、エディシルを得るために、いつも同族と戦っているのだから。


 七都は、地面に座り込む。

 体だけでなく、心も疲れたような気がした。


(戻ろうか、お姫さま。もう剣の稽古はおしまいだ。きみはよくやったよ)


 カーラジルトが言った。


「うん……。ありがとう、カーラジルト……」


 七都の姿は、青い闇の中から掻き消えた。

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