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Call me  作者: 壬生一葉
第3章
45/45

【11】

2013/12/11 後書きの一部を削除しました。。。

シバから聞いた話を、あたしは敢えてユキさんにはしなかった。


怖かったから、ではない。彼の本心を知りたかったからだ。彼がどう考えて、どう行動に移すのかを知りたかった。




それから数日後、予定通り大阪から副支社長と営業部長がやって来たと、シバが教えてくれた。あたしは携帯のその文面を目で追いながら、想い人の顔を頭に浮かべる。

シバの話だと、どうもユキさんは大阪からの訪問者の事を知らないらしい。其れも何だか可笑しな話だと思った。当事者がそんな大事な話に加わっていないと言うのはどういう事なのだろう。


業務そっちのけでそんな事ばかり考えていたあたしに牧野の声が掛かる。

「芳野さん、内線鳴ってますけど」

「え、あ、ごめ…」

あたしが慌てて受話器を上げると相手は営業二課の剣持主任からだった。



六階の営業部のフロアは何時もの様にドアが開かれていて、潜ろうとしたその瞬間彼では無い誰かの関西弁が聞こえて来た。


「そうなんかぁ何や、気心知れる人間おって良かったなぁ自分」


あたしは「失礼します」と頭を少し下げ、フロアへと進入し二課へと向けて真っ直ぐ歩き出した。ちらりと視界に入ったのは、ユキさんの席に座る身体の大きい男性だ。ユキさんはその傍に立っている様に見えた。

あたしを待ち望んでいたらしい剣持主任が気恥かしそうに後頭部を指で掻きながら「ごめんね芳野さん」と言う。剣持主任の困り事に耳を傾けながらも、耳に届いてしまう一課での会話が気になった。


「うちの事知っとんのですかぁ?」

朝見さんが驚いた様な声を上げると、名前も知らない大阪の社員の人が答えた。

「知っとるがな。派遣やのに和田のアシなんかやりよる女が()るて」

大阪に迄、朝見さんの活躍は届いているのか。


あたしは剣持主任に丁寧に且つ簡単にキーボードの操作を教えていく。主任は乱筆でレポート用紙にあたしの説明を書き綴って、不器用そうなその指でぽちりぽちりとキーボードを押した。


「可愛いらしいし、仕事も出来るじゃ手放せへんやろ」


剣持主任のおっかなびっくりと言った指使いを微笑ましい気持ちで見つめていたあたしは、その一言に心が冷えた。更に重ねられた言葉は、まるであたしに向けられているみたいだった。


「そうや、大阪について来れへん女ほかして、この姉ちゃんに鞍替えして大阪に連れてきたらええ」


”付いて来れへん女” ……色んな事を考える前に話は続いていき、思考は途切れてしまう。


「和田、もう充分やろ。大阪戻ろか」

「主任、大阪戻っちゃうんスか?」


シバを通して聞いていた事だ。其の事についてショックは無かったけれど、彼が大阪に戻ってしまうと言う事実が、実感として湧いてきた。「そうか」と何度か心の中で呟いた。


「芳野さん?」


あたしの顔を窺う剣持主任と目が合って、あたしは彼のパソコンを覗こうと上体を屈めた時だった。


カシャンと音がした後、朝見さんが「パソコン」と叫ぶ声を上げた。一課のデスクを振り返ると、朝見さんが倒れた湯呑を片付けている所だった。ティッシュペーパーで拭き取ろうとしているのを見ると、慌てる程の量でもないのだろう。


あたしは剣持主任に一言断って、問題のパソコンへと歩み寄った。「失礼します」一声掛けて、あたしは繋がっている線を抜きパソコンを取り上げる。あたしがこのフロアに入った事は承知していただろうに、目が合ったユキさんは狼狽している様に見えた。


「恐らく問題は無いかと思いますが、念の為お預かりします。直ぐに代替えを持ってきます」


少しの笑みでも零せたら良かったのだけれど、傍に立つ朝見さんの視線を感じたあたしはそのまま頭を下げて営業部を後にした。


エレベーターホールに人が降りて来たのが見えたので、あたしは小走りで機械に近付き其れが上昇するのを確認して箱に乗り込む。両手で抱えたパソコンには、ユキさんの社員番号が書かれたシールが貼られている。あたしよりも先に入社をしているのに、あたしが持つ番号よりも大きな数字なのは、大阪支社の人間である事を示す数字が先に組まれているからだ。


今日の夜には、ちゃんと話をしてくれるのだろうか。




あたしは自分の部署へ戻り、牧野に予備のパソコンを取りに行ってくれる様頼んだ。牧野は煙草の残量を確認してから席を立つ。あたしはその背中を冷たい視線で見送って、ユキさんが使用していたパソコンの裏面を見る。パソコンを開くも、水が滴っている様子は無い。問題無く使えるとは思うが、もう古いOSだ。今度のマシン入れ替えは秋以降だから、その前に一度メンテナンスして貰った方が良いだろうか。


ユキさんは、何時まで東京に居られるのだろう。


そう思った時ひと際大きな足音が聞こえて来て、あたしは其方に視線を遣った。

「!」

ユキさんが難しい顔をして此方に向かって歩いて来る。このマシンの中に大切な資料でも入っていたのだろうかと考えたあたしは、少し焦って、牧野が予備を取りに行ってる事を伝える声が上擦った。けれど彼が用が有るのはマシンではなく、あたしだった。


「ちょっとええ?」


大阪弁! 彼も焦っている様であたしの手首を掴むなり権藤部長に対して「芳野、借ります」と言うだけ言って返事も聞かず、あたしをフロアの外に引っ張った。

階段へと通じるドアを開いたユキさんが、あたしを先に踊り場へと歩かせる。腕はしっかり繋がれたままで、ユキさんの表情は依然厳しいものだった。


「さっきの聞こえてたやんな」


ユキさんは今、話す気なのか。驚いた…公私の区別はきっちりとしている人だと思っていたから。


「…うん、聞こえてた」

「ごめん…騙すとか…そないつもりやった訳やないんよ」


ユキさんは困った様に、首を横に振った。彼の言葉に逆にあたしの方が恐縮した。やっぱり、シバから聞いたよって話した方が良かったのだろうか。


「ユキさんが…たまに何かを言いたそうなのは、気付いてたから」

「…そう…なんや」


ユキさんがあたしの右手をゆっくりと解いた。あたしはその右手首を自分の左手で包み込む。ユキさんがあたしを見つめるその()は力強かった。


「…大阪に、戻すて言われてるのはほんまや。でも未だ決定では無い。それと…俺は自分と別れる気はないねんよ」


”別れる気はない”


別れる気は、ない。ユキさんのその言葉はあたしの中で何度も繰り返された。別れる気はない。


あたしは、心から「良かった」と言った。


「あたし…ユキさんと離れるなんて、出来ないの。だから……大阪に戻るのなら一緒に行って良い?」


シバから彼が大阪へ戻るのだと聞かされてから、ずっと考えてた。ユキさんはどうしたいのか。そして、自分はどうしたいのか。


ユキさんは驚いた表情のまま微動だにしないで、あたしを見ていた。


「ユキさんがあたしを必要としてくれるなら、ずっと傍に居させて欲しい」


考えて考えた答えは此れしかなかった。


知らない土地で暮らす事、今の職を手放す事、考え出したらきりの無い不安は捨てていく。山本さんが大阪に帰る時、あたしに言った。”安心してユキに全部預け” って。

行ってみて寂しかったら寂しいって言う、辛かったら辛いって言う。其れで何とか出来ない事なんて無い様に思えるの。

強がりなのかもしれない、意地なのかもしれない。


其れでも、先の見えない不安に二の足踏んでたら、ユキさんと『一緒』には居られない。


「ごめん…ずっと言えんで…多分…怖かったんやと思う。自分が俺の事を好いとるて解っとっても、自分を、両親から、友達から奪うてしまう事は…又きっと別の事やから」


父と母のこの先々を考えると楽観的ではいられない。けれど、あたしの未来をユキさん抜きでは語れない。


「いつ食事に来るのかしらって、昨日も言ってたよ?」


両親に彼に付いて大阪に行くと言ったら驚くだろうが、あたしの決めた事だからと反対はしないだろう。驚く両親を思い浮かべてあたしはくすりと笑みを零す。そんなあたしを見てユキさんもやっと肩の力を抜き微苦笑した。


「ほな今夜、自分んち行くわ」

「え、今日?」

「せや? 娘さん下さいて頭下げるわ」

「…」


其れは想定外で、あたしは見事に絶句した。




「結婚、するやろ?」




多分一度きりの人生でプロポーズの言葉を言う機会も言われる機会も早々無い。それでもユキさんはユキさんで、彼らしくあたしを未来へと誘う。





だからあたしも何時もの様に答えるの―――――。





「するする」








***終わり***







最後迄お読み頂き有難うございました。

当作品の男性視点のお話を別でアップしています。



有難うございました。



壬生一葉。。。




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