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鳴木 番外編 新作(三章 一学期~「やっぱ、惚れてるって? 」(side 黒田)」以降推奨です

ご無沙汰しております

久しぶりの鳴木小話

楽しんで頂けたら嬉しいです。

「じゃな、鳴木」

「また明日!」

 いつもの交差点、合宿明けの夏期講習再開の日からはあいつの隣には、もう一台の自転車が並ぶようになった。


「いい加減甘えっぱなしって訳にいかねーだろ?」

 あの日黒田はそんな事をいいながら、俺らと並んで駐輪場に歩き出した

「なんかやっぱりそーゆ所変わらないね」

 だけど、決まり悪げに黒田の告げたそんな理由に懐かしげに笑う藤堂のまっすぐな瞳とかちあうと、目をそらして

「からかうな」

 答えつつも薄っすらと黒田の頬は紅く……結局こいつもか、と、一人天を仰いだ。


 その先まで一緒に行くって、いつか言い出したかった別れ道。

 だけど、2年の時に一緒に帰りだした時にはするりと、どうとられるかなんて気にもしないで出せた言葉は、気持ちが膨らむほど外に出すのが難しくなっていった。


 それはきっと胸に浮かぶ言葉をそのまま言葉には出来なくなって居たから。


 俺はそれまで、自分を率直な人間だと思っていたし、友達や部活の仲間からの評価も大差は無かったはず。

 そりゃ、時々は……その場での空気を読んで、胸の内で思う言葉そのままを告げない、位の配慮はした事もある。

 …だけど、特定の一人、そいつにだけは胸の奥に泡のように湧き出る感情は絶対そのまま口に乗せる事が出来ない、なんて事は無かった。


「鳴木、ごめんちょっとここ教えて」

 塾の教室に入るなり、鞄も下ろさないまま真っ直ぐに俺の所に来て胸に抱えたテキストをめくり出す藤堂

「あのね、これ! この公式、絶対おかしいの、どうしても合わないの」

 付箋を挟んだテキストを広げ、ふわりと広がる髪が頬に触れそうな程近くでこっちを覗き込んでくる

「んな訳無いだろ? お前が数学苦手なだけだ、見てやるから鞄置いてそこ座れよ」

 なんて、本当は脇目も振らず俺の所に来た事が嬉しくて、真っ直ぐに見つめてくる瞳をそのまま見つめて居たいとも思う。

 だけど、そんな事をすればこの気持ちはいかに鈍いあいつ相手でもバレてしまうだろうと、距離を開ける俺の言葉。

 だからそんな本心は当然言葉にも出来ず、胸の奥に沈める事しか出来なくて。


「おい、俺もそれ聞くって言ったじゃねーか! 二度手間になったら鳴木に悪いって、最初に言ったのお前じゃねーかよ」

 教室に次に来たのは黒田で、ドアを開けるなり呆れたように藤堂に声を掛けてくる

「あ! ごめん、忘れてた」

「ったく、……鳴木、悪いが、それ俺にも教えてくれねぇ? 今日こいつに聞かれたんだが俺も無理だった」

「あぁ、大丈夫だ、まだ数式の最初の所だし、もう一回最初から行くぞ」

「……黒田も鳴木もごめん」

 頭上の黒田と目の前の俺との間を忙しくぴょこぴょこ視線を動かしていたが、纏まった話に両方にそんな風に謝ってくるから

「問題ないさ、藤堂なら3回くらい説明必要な時あるし?」

「むぅ……いじわる」

 俺のからかい混じりのフォローにぷくりと頬を膨らませるこいつに、何回でも聞きに来れば良いなんて、言えないけれど思っている。


「ああ! そうなるのか」

「くっそ~、鳴木凄すぎ、俺、朝に藤堂から聞いてずっと考えてたんだぜ? 休み毎に藤堂とあーでもねーって……それがさらっと5分かよ! うらやましー頭してるよな」

「大げさだろ」

 目の前の問題は、確かに一見複雑、だけど解法が判って居ればたいしたことは無い。

 数学が苦手、というか苦手意識が強すぎる藤堂と、集中力と理解力は高いながらも、本格的に勉強に取り組み始めたばかりの黒田では経験値が足りなかった、程度の事だと……そう、続けながらも胸の奥で思うのは

 ――朝からずっと、休み時間毎に……羨ましいとか言うならそっちの方が余程

 なんて、な?

 言える訳も無い。

 あからさま過ぎるし、何より情けなさすぎる。


「今日はありがとう、またね」

「ああ、気をつけろよ」

 この先に俺が付いて行くとするなら、それはきっとこの気持ちを言える時。

 ……それを、お前が受け入れてくれた時。

  それを判っているから、だから俺は今はここにいるしか無くて。


 背中を見送って帰ろうかと思っていると、

「あ、そだ」

 何故か藤堂はそのまますっと俺の側まで自転車を寄せて来て、カチャンとスタンドを立てた

「ん?……っつ!?」

 そのまま俺の前に立ち、手を伸ばすと俺の額に少し冷たく感じる掌をぺたりとあてた

「……良かった、熱じゃ無いね」

「なーにやってるんだよ?」

 俺の視線の先には、分かれ道の少し先で立ち止まる黒田。

 道は暗く少し離れているのもあり、表情まではよく見えないが、恐らくいつも鋭く見える瞳は更に鋭さを増して居るだろうとは判る声

「ん~、ちょっと待って、って言うか先行ってても良いよ~」

 だけど、藤堂はそんな声音にはまるで気づいてなさげに、緩やかにそう言い置いて、真っ直ぐ俺見た。

「何か今日の鳴木ちょっと元気なかったから、風邪じゃ無いなら……何か有った?」

「……あ、いや、特には」

 その行動に些か動揺もして、間抜けな言葉を返すも藤堂は俺の心まで透かそうとするような強い視線で見つめて

「鳴木はさ、いつも私に色々教えてくれたり、引っ張ってくれたりするよね? でも、鳴木だって調子悪い時はあるって……この前私は知ったからさ」

 あの時、自覚もしないまま嫉妬に駆られておかしな態度を取った時の事を思いだしているんだろう、少し困ったような顔をして

「私を頼れ、なんて偉そうな事は言えないけれど……でも」

 どうやら、俺の心配をしている?

 そう判ると、ふわりと心を包まれたような気持ちになり……あ~、全くこいつと来たら!


「だーいじょうぶだ」

「え? ちょっ!」

 そのまま、肩を掴んでくるりと回す

「夏の疲れが出たのかもな? でも、ちゃんと休む、心配するな」

 ……気をつけて帰れよ? ポンと肩を叩いて、そう手を離せば肩越しに振り向き、でも俺の笑顔を見て安心したようにうん、と頷いて

「そっか! じゃあね?」


 カチャン

 スタンドを畳んで、あんなことを言われたって帰るはずも無い黒田の元に戻っていく背中

「ありがとな」

 そう声を掛けながら、さっきよりはそれを柔らかな気持ちで見てられる。


 ……ったく

 熱く感じる体に夜の空気をゆっくり吸い込んで冷まそうとする

 突然あんな行動を取るから、顔を見られたくなくて強引に帰したけれど、触れられた額と、触れた指先にもまだ感触が残っている

 言えない言葉、募る思い。

 だから、これ以上膨らまないようにって思っているのに、気まぐれに触れる指先、ふと零れる笑顔、真っ直ぐな優しさ、そんな物を養分に 気持ちは膨らみ育つ一方で……


 彼女も恋愛も面倒臭いし興味も無い、ずっとそう思ってた。

 だけど、自分の中にあった気持ちに気がついてみれば、どんなに手間が掛かろうと、やっかい事にまみれようとあいつの側に居るって事とはかえられなくて。

 「じゃあな?」

 見つめて居るといつまでもそのまま、なんて事をしてしまいそうで。

 振り切るように視線を外し、俺は帰路につく事にした。




読んで頂きありがとうございました。

試行錯誤を繰り返す中、久々の懐かしい彼が書けてとても楽しかったです。

今後とも亀の歩みなりに前を向いて頑張るつもりでおりますので宜しくお願い致します。

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