選択4
「メルクリーズは最悪な殺され方をした。だけど、あいつは俺たちの世界の価値観では、どんなふうに殺されたって文句は言えないんだ。力がすべての世界だからな。俺たち魔族は相手に生きる価値がないと判断すれば、どんな殺し方だってする。分かるか? 俺と一緒にいるってことは、おまえもメルクリーズと同じような立場ってことだ」
桜子はすぐには言葉を返さなかった。
しばらくの沈黙のあと、手にしたままだったグラスをテーブルに置きながら、桜子は口を開いた。その視線はグラスの中で揺れる水に向けられていた。
「つまり雪人は、私が他の魔族に残酷な殺され方をする危険性が高まると分かってるくせに、私と一緒にいるってことなのね?」
「そうだ」
キルクは感情のこもらない声で答える。
「私の命より、自分の我儘を優先させちゃってるわけね?」
「当たり」
上体を起こし、そのまま勢いよくソファに背中をあずけた桜子は、「ふぅん……」と冷たい声を聞かせながら顎を上げた。横目でキルクのほうを見る。
「あなた、私をバカにしてるのね」
キルクが黙っていると、桜子は挑みかかるように、まっすぐキルクの視線をとらえた。
その瞳には、明らかな嘲笑が浮かんでいた。
「それで、雪人は私にどうしてほしいの? 怒ってほしいのかしら? 消えてくれとでも言えば満足? それでもあなたは私を手放す気なんてないくせに。あなた、いつも言ってるわよね。私の意志なんて関係ないって」
そのとおりだった。
相手の意志など関係ない。自分の意志がすべて。
一緒にいたいと思えば、一緒にいなければ気がすまない。
そして、魔族の世界では力がある者ほど、それが許されるのだ。己よりも弱い者の命は、己の自由にできるのだから。
「あなた、分かってないわね。私だってあなたの意志なんて関係ないのよ。いくら雪人が私を手放す気がないと言ったって、私が離れたいと思えば離れる。そのときはあなたがいくら望んだって、私の心なんて手に入らない。姿形だけでいいなら、私そっくりの人形でも作ってなさいな」
桜子は居丈高に言い放つ。
「あなたは勘違いしてるみたいだけど、私はあなたの自由にはならない。私はあなたの我儘に振りまわされてるわけじゃないわ。すべては私自身の選択なの。だから、たとえ何があっても選択した私の責任よ。覚えておいてちょうだい」
桜子の迷いない力強い瞳の光は、生半な魔族よりも魔族らしかった。
無防備に見つめていると、魂を持って行かれそうになる。それほど魅惑の力に満ちた瞳だった。
どうしてこんな瞳をもつ者が人間なのかと、キルクはやるせない思いで、苦笑をこぼす。
桜子は誇り高く、誰にも屈さず、踏みにじられることを絶対に許さない。
そうして、力強い光を宿して自分をまっすぐに見てくる彼女だからこそ、惹かれるのだ。
自分を見てくれない人形などでは、何も満たされない。
キルクは認めるしかなかった。
「……そうだな。桜の人形なんて、そんなもの欲しいと思わないな。意味がない」
「そうよ。心があって、はじめて私なの。わかる? 私を自分の好きにできると思ったら大間違いよ。私は私の意志でしか動かない。雪人のそばにいるのも私の選択。たとえ魔族にどんな殺され方をしようと、あなたのせいにして恨んだりしないから、よけいな心配しなくていいわ」
キルクはうつむき、肩をふるわせて笑った。
ほんとうに負けそうだ。魔族の自分が、たった一人の非力な人間の娘に。
自分の残酷な我儘すら、ものともしない。
桜子の命は、たしかにキルクの意志ひとつでどうにでもできるだろう。けれど、彼女の誇り高い心まではどうにもできないと、キルクは改めて思い知る。
明確な己の意志を持ち、心があってこその桜子。たしかにそうだった。




