殺意の行方5
「……ところで、話はもう終わりか?」
桜子の肩に手をおき、キルクが体を離す。
名残惜しく思いながらも、桜子も彼を解放した。
「うーん。結局どうしても鈴音ちゃんをここに泊めちゃダメってこと?」
「桜が死体を見たいなら、連れて来てもかまわないぞ? もっとも、あの娘の場合は、死体かどうかも分からないくらいの殺し方しなくちゃいけないけどな」
キルクの目は本気だった。
口では何と言っていても、さすがに実際に桜子に死体を見せることはしないだろうが、鈴音を殺すことは本当にするだろう。
彼はそれほど甘くはない。
たとえ桜子がやめてくれと頼んだところで、彼は魔族としての己の信念を貫く。
多少は人間の桜子に配慮してくれることもあるが、根本的なところでは、けっして人間の感情に染まったりなどしない。
それを理解している桜子だからこそ、この件は諦めることにした。
「わかったわよ、もう言わない。でも、あと一つだけ訊きたいことがあるの」
「なんだよ」
桜子は無意識に深々と息をついた。
昼間、昌輝が鈴音をこれ以上預かれないと言ってきたとき、同時にぶつけられた理不尽な文句を思い出したのだ。
「雪人、まーくんの記憶をどんなふうにいじったの? 教えておいてくれなきゃ、話を合わせるのに困るし、一方的に文句言われるのは性に合わないのよね」
「あー、忘れてた」と、キルクが頭に手をやる。
「忘れてた? ほんっと、あなたってとぼけてるわよね」
桜子はグラスに手を伸ばし、とけた氷で薄くなった中身を呷る。
「で? あなたの書き変えたシナリオは?」
「べつにそんな大袈裟なもんじゃないさ。シエルが魔界に戻ってた間のことは適当に風邪とか体調不良が重なって寝込んでたことにしてあるだけ。それから、あの娘が居候してるのは、家庭の諸事情で家にいられないから、遠い親戚の桜が昌輝に預けたってことにしてあったかな」
桜子の口からはやはり溜息しか出てこない。
「なるほどね。それでなのね。まーくんがやたらと私を無責任だと詰ってきたのは。まったく……、もうちょっとマシなシナリオ考えられなかったの?」
「仕方ないだろ。昌輝の記憶いじるだけで済ませるには、それくらいしか思いつかなかったんだから。他にごちゃごちゃと余計な小細工するの、面倒だから嫌なんだよ」
悪びれもせずに言ってのけ、キルクが桜子の顔を覗き込んでくる。
見慣れているはずなのに、その涼しげな萌黄色の瞳で見つめられると、桜子の心臓は大きくはねた。思わずまぶたを伏せてしまう。
「話は、今度こそ終わり?」
「終わりです」
「それでは、お嬢さま。早くお部屋に行ってお休みなさいませ」
おどけた口調で言いながら、キルクは桜子の肩をぽんと叩く。
「もういい。このままここで寝る」
桜子は抱き枕さながらに、キルクに抱きついた。
腕が驚くほど簡単に彼の体を包み込む。ほんとうに華奢な青年だった。
「……おい、待て。それは桜が起きるまで俺にここを動くなってことか? 俺、まだ用事あるんだぞ」
「じゃあ、私が寝たら勝手に用事片付けに行ってよ。私もどうせあと三時間しか寝ないわ。あ、目覚ましセットしておいてね」
さすがに眠気が限界で、喋りながらも、もう桜子のまぶたは閉じられていた。
呆れて溜息でもついたのか、キルクの胸が一度大きく上下したのが、桜子の最後の記憶だった。




