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紅い瞳3

 体のあちこちが感覚を失ってしまっていた。

 ほんの少し指を動かしただけで痛みが手から腕、肩から背中、そして脚へと突き抜ける。痛みが痛みを呼び、全身が燃えるようだった。


「おまえは……相変わらず無茶苦茶なやつだな」


 かすんでいた視界が一気に晴れわたるほどの鮮烈さをまとう青年が、リーンを見下ろしていた。

 その青年がいるだけで、周囲のものすべてが精彩を放つ錯覚にとらわれる。


「…シエル……」


 ああ、自分は生きているのだと、彼の姿を目にしたとたんに実感できた。これほど鮮やかな存在が幻であるはずがないのだから。

 全身に傷を負いはしたが、無数の水晶の刃のうえに落ちながらも、リーンは奇跡的に生きていた。

 シエルの背後に、薔薇をモチーフにつくられた壁付けシャンデリアが見えた。葉から落ちる雫のように連なっているクリスタルがオレンジ色の光を吸収し、やわらかく光っている。

 それは物作りが趣味のキルクがつくったものだ。

 ここはシエルの住処なのだと、リーンはすぐに理解した。


「リーズちゃんは……? 彼女は、だいじょうぶ?」


「ああ、おまえのおかげで無事だ。礼を言う」


 シエルが後ろに控えていたメルクリーズをリーンの枕元に呼ぶ。

 メルクリーズの顔はこわばっていたものの、ひとまず自力で立って歩けているようなので、シエルの言うように無事だったのだろう。

 傷のせいで頬が引き攣れたが、リーンは思わず微笑みがこぼれた。

 シエルが喜んでくれた。それは友が喜んでくれた満足感という以上に、己の存在を神に許されたのにも似た歓喜をもたらす。

 友として付き合っている自分にすらそのような感覚をもたらすのだから、シエルという青年はじつに恐ろしい存在だと、リーンは改めて思った。しかし、そんな彼だからこそ魔族の王と呼ぶに相応しいのだろう。


「よかった。リーズちゃんが無事で」


 リーンの意識はふしぎなほどはっきりしていた。それは内臓をすべて角張った石と取り替えられたかのような、激しい違和感のせいだったかもしれない。そもそもこの違和感が、リーンを目覚めさせたのだ。

 得体の知れない不安がリーンに覆いかぶさる。


「ところでシエル、マーヤはどこ? マーヤの気が感じられないんだけど……」


「マーヤなら、おまえたちを襲ったやつを始末して戻ってきた後、怪我によく効く薬をとりにいくと言って出掛けた」


 リーンは一瞬、無意識に息を詰めた。


「それ、いつ?」


「三日前だ」


 リーンはもう一度、慎重に片割れの気配を探った。


「……おかしいよ、シエル。マーヤはどこ? マーヤがいない。ぼくの感知領域にマーヤがいない!」


「なんだと?」


「いけない。マーヤは、ぼくと力が作用し合う領域を出てしまったんだ」


 リーンは一気に体温が下がった気がした。

 何か些細なきっかけさえあれば、すぐにも力が暴走してしまう。それはマーヤだけでなく、リーン自身もだ。


「シエル、ごめん。すこし力を分けて。今のぼくの力だけじゃ、マーヤを探せない」


「感知領域にいないのに、探せるのか?」


「感知領域は無条件でお互いの位置確認ができる領域ってだけ。ぼくらは二人でひとりだ。相応の力さえあれば、どんなに離れていようと探せる」


 シエルの力を借り、見つけだした片割れの居場所に、リーンは絶句した。信じられなくて……信じたくなくて、リーンはうわ言のようにつぶやく。


「シエル……、ここから北西に五百メアナほど行ったところにある森って……」


「森? ルートシンの森……封印の地のことか」


 言いながら、わずかにシエルの眉宇がくもる。

 手が震えそうになるのを必死にこらえ、リーンはシエルの腕を強く掴んだ。その目はもはや何も映してはいなかった。


「ごめん。ちょっと余分に力をもらうよ」


 脳裏でぼんやりと輝いている小さな光を引きよせるようにして、リーンは意識を集中させる。


「マーヤ、いったい何を……!」


 脳内に映しだされた光景は、想像しうるなかでもっとも最悪なものだった。


「どうした。あいつは何をしているんだ?」


 シエルの問いに答える余裕すらなかった。

 リーンはありったけの力を掻き集め、己の痛覚を封じると、外に駆けだしていた。


「な……っ、リーン!? おまえ、怪我してたんじゃないのか!?」


 見舞いに来てくれたのだろうか。戸口でキルクとすれ違った。けれど、やはりリーンには彼に構っている余裕などなかった。

 とにかくお互いの力が作用し合い、安定する領域に入らなければいけない。マーヤのもとへ行かなければいけない。


「おい、その身体で無理をしたら死ぬぞ。あいつはルートシンの森のそばにいるのか? だったら、俺が連れもどして来てやる。おまえは寝ていろ」


 シエルとキルクが後を追ってきているのは気づいていた。それでも、リーンはただひたすらに駆けた。

 違うのだ。

 マーヤはルートシンの森のそばを通りかかっているのではない。彼女は、森の中に入ろうとしているのだ。

 そこにあるのは、カシュインの母体。それゆえに封印の森と呼ばれている場所。


「ダメだ! それに手を出すな、マーヤ!」


 リーンの必死の叫びが届くこともなく、マーヤが森の結界を破るのが見えた。


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