128話 妖精族のイケメンと俺。
【アクアラグーン宿場町・サミュエル副隊長視点】
※ルーシーを宿へ戻した後。
「オスカー。もういいぞー」
「サミュエルさん、すいません」
ホーリーウッドの細い路地に隠れていたルーシーの兄オスカーが顔を出し、汗を垂らしながら頭を下げた。腰に帯刀しているのは、近衛騎士のガーディアンソードではなく実戦用の剣だ。
なんで? と疑問に思った瞬間、イムの顔が浮かんだ。
「なんかやったのか?」ハントが尋ねた。
「いや、何も」首を振り静かに答えた。
「本当か? ルーシーがすげー顔で”逃げられた”って言ってたぞ。……それに今朝、イムに何言ったんだ? あいつめちゃくちゃ落ち込んで…「ああっ! そうだ! それもあった。……あいつ (イム)今日もあそこか?」
言われるまで忘れていたのか、オスカーは焦った顔でハントに詰め寄った。
「だと思う」(ハント)
「行って謝ってくる」
オスカーは表情を引き締め俺たちに敬礼すると、踵を返し樹海の方へ走って行ってしまった。
「ホントにあの兄妹、騒がしいな」ハントが駆けていくオスカーの背中を見て笑った。
「ああ、でも……なんかいいよな。俺も、”兄さん兄さん”って追っかけてくる妹欲しかった」
ハントはフ…と笑い、
「オスカー自慢してたもんな、可愛い妹が”行かないで”って泣いて追いかけきて大変だって」
「お前も聞かされたのか?」
「何百回も」
ハントが顔を顰めた。
「俺もだ。でも、ルーシーを見て納得した。イム、大変だろうな」
「自業自得だ!」ハントが楽しそうに笑った。
「なあ、今朝の件、妖精王様は第一王子の”悪戯”だって言ってたけど」
”悪戯”という言葉にハントは首を振り表情を変えた。
「あれは悪戯じゃねぇ。イムは、あのままだったら大怪我してた」
「そんなに……」
「それにあの花。アクアラグーン一帯だけでなく、南は王都近郊、北は50km離れたバンディ城付近まで咲いているらしい」
「マジか!? 第一王子とんでもねぇな」
「こんな時に……何考えてるんだ」
そう小さく呟いた直後。不意に「おいっ!」とハントが声をあげた。その視線の先に、屋台の客の荷物を置き引きをしようとしている男と目が合った。その後を二人で追い、男を取り押さえ、宿場町の門の近くにある神殿騎士が常駐する騎士待機所に預けた。その後も、酔っぱらいの小競り合いを仲裁したり23時過ぎまで巡回を続けた。
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巡回業務も終わり、帰りにいつもの居酒屋で一杯飲もうとハントを誘ったが断られ、仕方なく一人でいつものテラス席に腰を下ろした。
居酒屋テンプルは零時に近いせいか客はまばらになり、近くの店は次々と灯りを落とし閉店の準備をはじめている。
上着を脱ぎ椅子の背に掛け、いつもの若い店員にビールと”本日のピンチョス”を注文した。
「ヘイ! お待ち!」
若い兄ちゃんがビールと、小さめのパンにチーズやハム、サーモン、エビ、オリーブなどをピックで刺したおつまみ”ピンチョス”が10個ほど乗った大皿をドンと置いた。1個がイメージしていたのと違って割と大きい。
「多いな!」
「二人分っすよ、ほら」
若い兄ちゃんが振り返った店先に、茶色のフードを目深に被った長身の男の姿が目に入った。
あれは妖精族のイケメンだ。
「おう、久しぶり!」
手を上げ声をかけると、その男は顔を上げ照れくさそうにはにかんだ。深夜なのに眩しいイケメンの笑顔。隣の薬屋で閉店作業をしていたおばちゃんの感嘆のため息が聞こえた。
「こっち来いよ。一緒に食ってくれねぇか…」
「いいのか!?」
イケメンは目を輝かせ俺の隣の席にゆっくりと優雅に腰を下ろした。それと同時に、「お待ちー」とビールがテーブルに置かれた。
俺と小さく”乾杯”をしビールを一口飲み、もじもじと遠慮するイケメンに俺はすかさずピンチョスを勧めた。勧めるまで手を出さないとか、こいつは本当に育ちがいいんだろうな。しかもその顔でモジモジされたら、乙女心をくすぐるというか、お兄さん心も揺らいじゃうよ。
「ほら、遠慮すんな」
「あ、じゃあ……いただきます」
イケメンはピックを掴むと、その上品な立ち居振る舞いとは裏腹に口を大きく開け一口でピンチョスを頬張った。
パクッ!
「んまい、サミュエルさん、ほれ(これ)なんという料理ですか?」
金色の目を輝かせ野性的な表情でモグモグ口を動かしながら俺に聞いた。
咀嚼音すらイケメンだとワイルドに感じる。
「ピンチョスだ」
「(ゴクンと飲み込む)……ピ…ピンチョス? もう一個、食べてもいいか?」大皿をじっと見つめた。
「腹減ってんのか?」
「ああ、すごく減って死にそうだった」困ったように眉を下げ照れ笑いをした。
「ハハハハハ! そうか、じゃあ食え食え、俺は1個ぐらいで十分だ、残り全部食っていいから」
「でもサミュエルさんが……」
今度は、心配そうな顔で俺を見つめる。
「俺は、あまり食うと腹が出てくるからセーブしてんだ。腹の出た騎士なんてかっこ悪いだろ。ほら、食え! そして俺より太れ! ほらっ」
ピックを1本掴みイケメンの口に押し込んだ。
「っ……ムグッ…。(モグモグモグモグ)ハミュへルはん(サミュエルさん)、ボクを太らせようとしてるんですか?」
「ああ、競争相手は少ないに越したことはないからな。ほら、もっと食べろ」
イケメンはビールを飲みピンチョスをまた頬張ると、幸せそうに顔をほころばせた。
「サミュエルさんこの、サーモン、スモークの風味が最高です。美味しいですよ。で、”競争”ってなんですか?」
「ああ、種の生存競争みたいなものだ」
わざと真面目な顔で言ってから、気になってサーモンのピンチョスを摘まんでみた。
「”しゅ”の生存競争?」
「ハハハッ、なに言ってんすか、サミュエルさん」空いたテーブルを片づけていた若い店員が笑いながら話に入ってきた。
「うるせー。俺は婚期を逃しそうなんだ。ほっといてくれ」
「婚期? サミュエルさんはそんなにモテないんですか? 優しくてかっこいい騎士なのに」
イケメンが不思議そうな顔で俺に聞いた。
「はぁーーーーっ。誰も俺の価値をわかっちゃくれねぇ。お前が女だったら良かったのにな。ビールおかわり」
「ボクにも、もう一杯」
「へーい!」若い店員は片づけた食器を乗せたトレーを持ち、店の中へ入って行った。
「お前なかなか飲めるんだな」
「今日はちょっと飲みたい気分だったんです。……いま、すごく悩んでることがあって……」
そう言うとジョッキに残ったビールをグッと飲み干し、イケメンが表情を曇らせた。
「悩みって、……どうした?」
「おっ待ちー。悩みって?」
話を断ち切るようにテーブルにジョッキが二つ置かれた。その後、すぐに親父さんに呼ばれ若い店員は残念そうに店内へ戻って行った。
イケメンの悩みか……。
そういえば前に、”何もかも思い通りにはいかない”みたいな事を言っていたな。聞いてもいいのかな。黙って見詰めているとイケメンは、沈み込んだ表情で黙ってビールをぐっとあおり、そして静かに口を開いた。
「好きな子に”もう会えない”って伝えるのって、難しいですよね」
こいつ彼女いるのか!?
一気に心の距離が広がった。
こいつはイケメン。俺とは違う。
何光年も遥か彼方に俺は弾き飛ばされた気分だった。
「女との別れ話か。贅沢な……」
「あの、サミュエルさん。そうじゃなくて、ボク、その、その子に、ちゃ…ちゃんと再会するために別れるんです」
顔を真っ赤にして俯き声を震わせた。え、泣きそう?
再会のために別れるのか。
”別れる”とは違うような気もする。むしろ”離れる”だな。
「ってことは、遠距離恋愛ってことか? お前、どっか行くのか?」
「そ……そんな、感じかな。ちょっとだけ、離れるだけなんだけど、い……言えなくて。でもその子に、心配…かけたくなくて……」
次第に声のトーンが下がり、最後の方は声が小さく震えていた。
「そうか、そうだよな。急にいなくなったら心配するもんな」
とにかく一所懸命話すイケメンの背中をさすった。
「……でも、何度も言おうとしたけど、面と向かって…言えなくて、どうすればいいのかわからなくて」
泣き出しそうになったイケメンの口に、最後のピンチョスを押し込んだ。
「じゃあ、手紙を書けばいい」
「…てあみ(てがみ)?」
目に涙を浮かべ口を動かしながら俺を驚いた顔で見つめた。
「そうだ、それだったら言いたいこともちゃんと伝わるだろう」
イケメンの表情がパァっと輝きフードの中の黒髪から星の形をした綺麗な白い花がパラパラ咲き落ちた。
妖精族すげー!
「ありがとうサミュエルさん! ボクやってみる。じゃあまた」
イケメンはビールをグッと飲み干し、すぐに席から立ち上がり店先にいつもの料理が入ったバスケットを取りに行った。
「頑張れよ!」
声をかけ俺もそろそろ帰ろうと立ち上着を腰に巻き結び店主に声をかけようとすると、
「サミュエルさん、その匂い!」
すれ違いざまにイケメンが声を挙げ、俺の羽の匂いをクンクン嗅ぎだした。
今朝の陛下に続き、今度は妖精族のイケメン。顔がいい奴って匂いにも敏感なんだなと思った。
「これか? いいだろー。勇者ルーシーもお気に入りの石鹸だ。ちなみに非売品」
マウントを取るべく自慢げに答えるとイケメンは意外な反応をした。
「勇者ルーシーが!? サミュエルさんと同じ石鹸を……!」
何を誤解したのか、顔を眉をひそめ大きな驚きの声をあげた。
こいつ”彼女”がいるのに、ルーシーのファンなのか!?
そういや今朝、陛下にもあらぬ誤解をされた。
ヤバいヤバい、”勇者”に手を出したって噂になったら大変だ。
「変な誤解すんな。いま合宿中の騎士見習いが、”ハーブ石鹸”の試作品を作っていて、宿泊所の風呂に大量にあるんだ。欲しかったらやるけど」
「ええっ!? ……ああっ、そっ……そうなの! (ホッとした感じで)……なーんだ……そうだったんだ……。ああ良かったー…やらなくて良かった…。(ハッとして)…ほ、欲しい! サミュエルさん、その石鹸欲しい! いくらだ?」
驚き唖然とし、焦りながら徐々にホッとした表情に変わり、そして眩しい笑顔になった。
”やらなくて良かった”の意味はよくわからなかったが、呟きながらコロコロと表情を変える若くて素直なイケメンに微笑ましさを感じた。そして、懐から例の金貨を取り出そうとしている手をそっと制止した。
「お金は要らないよ。試作品だからタダだ。……それで、明日もここに来るのか?」
「時間はわからないが、必ず来る」真っ直ぐに俺を見つめ、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、”石鹸”は、この店の店主に預けておいても……(店主の親父さんの顔を見た)」
「いいぞ!」親父さんが親指を立てニカッと笑った。
「それじゃあ、親父さん、お願いします。親父さん家の分も持ってきますんで」
「本当すか!? 嫁が喜びます!」外テーブルを片づけていた若い店員がウィンクした。
「じゃあ、イケメン。またな」
「サミュエルさん、今日はありがとうございます」
イケメンは優雅にお辞儀をし柔らかく微笑むと、スッと背中を向け北の神殿の方へ去って行った。
溜息が出る程、後ろ姿もなんか絵になる。
「いいなー」
「かっこいいっすよね」俺の隣で若い店員も溜息をついた。
「あのイケメン、なにモンなんだ?」
「知ってるけど言えないっす」若い店員がニヤニヤ笑いをした。
「知ってんのか!? やっぱり、どっかいいとこの坊ちゃんだったりするのか?」
「まあ、そんな感じっす」
若い店員が店じまいをする為テラス席の片づけをはじめた。
「……じゃあ、ごちそうさん」
店も閉まり灯りがまばらになった宿場町を後にした。
月はとっくに沈み、夜空には星が煌めいている。
あのイケメンは、どんな手紙を書くのだろうか?
イケメンでも好きな子と離れてしまうのは切ないんだろうな。
あのイケメンが好きな女の子かー、どんな子なんだろう。
空を見上げると、満天の星空が目に飛び込む。
「ルーシー……か」
なぜか口から名前が出てその顔が浮かび、そしてハァーッとため息が出た。
今朝ルーシーは、今度の式典で”正式”にイムとの婚約を発表すると陛下から聞き、頬を赤くして少し照れたような顔をしていた。ルーシーは、口には出さないが結婚の事を前向きに考えているのかもしれないな。イムが聞いたら喜ぶだろうな……。
だが、オスカーが結婚に反対する気持ちもわかる。俺だってあんな妹がいて、突然イムと結婚すると言ったら速攻反対する。
それに何度も言うが、あんなに可愛い妹に追いかけられるなんてオスカーが羨ましい!
「あーー、なんで俺は、俺なんだろう……」
来週からジュードさんも戻ってくる。
ルーシーが怪我したら治してやんねぇとな……。
俺の手に収まるほど小さいルーシーの顔。
その顔をぐじゃぐじゃにして悔し泣き、鼻をすすり俺を呼ぶ声。涙の跡を残したまま、弁当を口いっぱい頬張る姿。女の子慣れしてない俺を揶揄ういたずらな眼差し。背負った時の腕の柔らかな感触。甘えるように俺を見つめる深い青い瞳。
勘違いするんじゃねぇぞ、俺!
王国の勇者を守るのが俺の役目だ。
それ以下はあってもそれ以上は無い。
俺の仕事は”王国の勇者”を一番近くで守る光栄な役目だと、何度も自分に言い聞かせた。
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