121話 棘の棺
【アクアラグーン樹海入口・イム(アークトゥルス)副隊長視点】
※合宿終了まであと13日。
花の香りと俺を呼ぶ誰かの声が 心地良い深い微睡みに漂っていた意識を徐々に浮上させた。
……イム、イム
「おい、…イム!」
ハントの声。
薄目を開け、まだ覚めやらない目を擦ろうとして身体を動かすと……
「動くな! イム、じっとしてろ!」
警告に身体を強張らせたが、僅かに動いた腕や頬にヂクリと鋭い痛みが走った。
「あ…痛っ……うっ……」
「無事で良かった。今、切ってやる。あと、とんでもねぇことになってる」
「…これ…って」
「ノイバラ。この形、棺みたいで気持ち悪いな」
瞼を開け、目だけで周りを見渡すと、深い緑色をしたノイバラの蔓に全身を取り囲まれ、気味の悪いことに、その鋭利な棘全てが俺に向けられていた。ハントが来てくれなければ俺はどうなっていたのだろうか……ゾクリと悪寒が走った。
どうやら、兄が来たようだ。
でも、なぜこんなことを……。
いや、逆に俺が兄の逆鱗に触れる何かをしてしまったのだろうか。
兄は……昔から、樹海に迷い込んだ者にちょっとした悪戯をするのが好きだった。
数年前、騎士見習達がふざけて樹海に入り救助に行った際も、毛虫の雨や樹液トリモチ、草結びからの泥スライダー、落とし穴ダンジョン……壮大な悪戯にさんざん迷わされた。だが、どれも大怪我につながるようなものではなかった。落ちた先にクッションがあったり、汚れを洗い流せるようにルートに水辺があったり、空腹にならないよう果実をつける樹木の場所に誘導してくれたり……。困り果てる俺たちを見て愉快に笑っている兄の姿に恐怖も感じたが、不思議と命の危険を感じたことは無かった。
それなのに、このノイバラの棘からは兄の強い殺意を感じた。
ザッツ、ザッツ、ザクッ
Tシャツ短パン黒い防護手袋姿のハントは険しい表情で、持っていた黒いアーミーナイフでノイバラの蔓を刈り払いながら俺に聞いた。
「あの兄貴と何かあったのか?」
昨晩の事を思い返した。
確かルーシーの警護をして、零時過ぎに戻ってきたレイを見つけ、レイの部屋の灯りが点かないことを不思議に思い……そこから記憶がない。
「特に、思い当たることはないが……ブラッド隊長が、ルーシーの部屋の植物を怪しんで…」
「ああ、俺も聞いた」
「あの花……まさか、兄貴が……」
「うっ(棘が刺さる)痛って! ありうるな」
鋭い棘が、頑丈に作られているはずの防護手袋を突き抜けたようだ。棘にやられたハントは、その手をぶんぶん振った。
「大丈夫か?」
「ああ、っクソ…」
ザッツ、ザッ、ザクッ
肩から上の蔓を取り払ってもらい、ようやくノイバラの棺から脱出し、辺りを見渡すと……
「嘘……だろ」
視界を覆う、燃えるような赤。
一晩で咲き広がったアキレアの花が、あたかも前からずっとそこに存在していたとばかりに毅然と風に揺れていた。
確か、アキレアの花言葉は「戦い」……。
俺は草原一面を埋め尽くす真っ赤なアキレアの花に眩暈と底知れぬ恐怖を感じた。
「なんなんだ……」
「わからない。それより、ルーシーだ!」
呆然とする俺の背をバシッと叩き、ハントはルーシーが滞在する宿へ駆け出した。
その時だった。
パアン!
と、宿の方向から、乾いた音が響いた。
「そっ、そんな……!」
目の前を走るハントは一瞬立ち止まる気配を見せたが、すぐさまナイフを手にしスピードを上げた。その遠ざかる背中に追いつこうと足を進めるが、”手遅れ”という言葉が脳裏をかすめ、力が入らず足がもつれ転倒した。
真っ赤なアキレアに埋もれ泣き叫びたい衝動を堪え、手あたり次第花をむしり取って投げた。
ルーシーが……兄に。
いままで、何もなかったのに……いったい兄は、何を考えているんだ!
どうしようもないほど震えが止まらない。
俺は、ルーシーを巻き込んでしまった!
「イム! 急げ!」
先を走るハントが大声で呼んだ。
息が苦しい。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
ルーシーの髪色に似た赤い花々が、俺の過失を責め立てるように朝日を受けて更に鮮やかに輝く。
「ごめん……ルーシー……おれ…が…ちゃんと……」
ハントの姿は見えなくなり、俺は泣きながら歯を食いしばり真っ赤な花畑を走り宿へ急いだ。
+++
「!?」
通常だと、ホテル中庭のレストランで朝食の準備で忙しいはずのターナーが、湖に面したカフェの入り口から出てきた。
やはり……もう手遅れだったのか!? ルーシーはもう……。
俺は恐怖で吐きそうになった。
ルーシー……。
白い花が咲く彼女の部屋の窓は閉じられ、中はカーテンで見えない。
やはり、遅かったのか。
足がガクガク震え倒れそうになりながら、ターナーの元へ向かった。
キュイィィィィン……!
「イム!」
背後からの怒声と特徴的な移動用魔方陣の展開音が同時に耳に入った。
恐る恐る振り返ると、移動用魔方陣で現れたルーシーの兄オスカーが、鬼のような形相で俺を見据え、無言でこちらに向って足早に歩いてきた。ロイヤルブルーの近衛兵の隊服を端然と身に纏った彼の腰には、オスカーの愛刀”カラドボルグ”が携えられている。
予感は確信に変わり、絶望が身を貫いた。
「ハァ…ハァ……オ、オスカー……ごめん……おれ……」
全身の力が抜け、俺はその場にガックリと崩れ落ちた。
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※2021/11/3 誤字訂正しました。
※2022/4/23 訂正しました。




