117話 気づいたときにはもう手遅れ、それが”沼”ってやつだ!
【アクアラグーン訓練場訓練棟医務室・ルーシー視点】
宿場町まで薬を買いに行ったサミュエル副隊長が戻ってきた。
息を切らし額からは大粒の汗をかき「これ飲んだら、少しは楽になるから」とニッと優しい眼差しを向けた。
そうまでして買ってきてもらったのに……その薬を飲もうとしたところ、痛みと頭痛と吐き気で、嘔吐してしまった。
痛み止めは、苦い粉薬。
それを見かねたサミュエル副隊長が「レイもスカーレットも、これは内緒な」と、おでこに手を当て”癒しの光”で痛みを和らげてくれた。それで、どうにかこうにか薬を飲むことができた。
生理痛も治せる”癒しの光”最強!
それで……どうして癒しの光を使っちゃダメなのか理由を尋ねると、
「女性は、この先結婚や出産とかあるだろ。ある程度の痛みに慣れておかないと、陣痛でショック死してしまったって例もある。緊急や重篤な場合を除いて、”癒しの光”の使用は極力禁止されているんだ」
陣痛でショック死!?
確かに痛いとは聞いていたけど、死ぬ程とは……。
「それに、俺もずっと一緒ってわけじゃない。ある程度は自分で対処できるようにしておかないと、後々苦労するぞ」
「本当、女って最悪。男に生まれたかった」
「ハハハハハッ、今さら何言ってんだ」
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その後、サミュエル副隊長に背負われ、ホテルホーリーウッドまで移動用魔方陣で移送された。
「胸に巻いたさらしを緩めたので、身体が密着するのやだな」と、恥ずかしくてしかめっ面をしたら。「残念ながら、ちょうどこの背中の羽がクッション材になるから大丈夫だ」と、ちょっぴりうんざりしたような微妙な表情で返された。
なのに、なにこれ!? このモフモフした背中の羽毛! ふわっふわで気持ちいい、天国か!?
サミュエル副隊長の翼って色も真っ白ではなくややグレーでゴツゴツしてそうなイメージだったのに超ふわモフ! ウィリアム兄さんがサミュエル副隊長にまとわりつく気持ちが凄くわかった。しかも、爽やかなハーブの香りまで!
ん……これは。
さっきハント副隊長からも同じ香りがした。
「いい匂い……もしかして宿泊所の石鹸って”ハーブ”の石鹸なんですか?」
「わかるのか!? ジュリアンとアイザックの試作品だ」
「試作品!? すごいいい香り、私も使いたい!」
「そうかそうか、あいつらに伝えとく。男どもは何使っても”よくわかんねー”って言うだけだって、嘆いてたからな…」
スゥハァーと、遠慮なくモッフモフの翼に顔をうずめ堪能した。
「いいなーーー、これ癒される」
「ルーシー、あのなあ……」背中から直接響く、サミュエル副隊長の呆れた声も心地いい。気づくと、腹部の痛みはほとんど感じなくなっていた。
「じゃあ、いくぞ」
キュイィィィーーーーーン
サミュエル副隊長の右手人差し指に嵌めた指輪が輝き、足元に青く回転する魔方陣が展開され、グルグル回る青い光に包まれた。次の瞬間、ホテルホーリーウッドカフェに近い草原に立っていた。
先に訓練場を出発していたレイ兄さんとスカーレット先輩が、宿からこちらに駆けてくるのが見えた。
ああ、もう着いちゃったのか……あまりの居心地の良さに、もう少しだけこのままでいたくて「おんぶして部屋まで行きたい」と言ってみたが、あっさり却下され渋々歩いて部屋へ戻った。
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【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※合宿終了まで16日。
結局、私は訓練を3日休んだ。
正確には、翌日朝には痛みも和らぎ訓練場に行った。だがブラッド隊長に「顔色が悪い。大事を取り休養しろ」と言われ、仕方なくこの2日間、怪我人役と魔力強化訓練(足湯)以外、見学していた。
見学する私に対して男子たちの反応も気になったが(特にアイザック)、いたって普通。宿泊所で何か指導したのかな。(女の子の日をちゃかしたら死刑とか…by.ハント)
しかも昼休みに、そのアイザックがジュリアンと一緒に試作品の”ハーブ石鹸”を持ってきてくれた。なんと女子全員に!
「サミュエル副隊長から聞いたよ、女子たちの感想聞かせて」(ジュリアン)
「ルーシー、その……体調は大丈夫か? よかったら、使ってみてくれ。この石鹸はだな、虫よけと消臭効果のあるハーブエキスを練り込んであって……」(アイザック)
いちいちなにかと突っかかってくるアイザックが私の体調を気遣い、しかも真面目顔で石鹸の説明する姿に少々驚いてしまった。噂では聞いていたが、アイザックの家は天使界で商業で財を成したラミエル家。王都の商家の息子ジュリアンと意気投合し、合宿中のこの短期間で”虫よけハーブ石鹸”を開発する行動力。まさに彼が類まれな”商才一家”の血筋である片鱗をのぞかせていた。もちろん、一緒に開発製造し、既に販売ルートまで確保していると笑うジュリアンも同様。この二人、騎士以外でも出世しそうだ!
手にした石鹸からは、エレガントな香りが漂いスカーレット先輩がうっとりとしている。
販売価格は未定。……なんだかお高そう。
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話は訓練に戻る。
昨日から、憧れていた”移動用魔方陣特訓”が始まっていた。
この二日間、宿で休んでも構わないとブラッド隊長に再三勧められたが、グラウンドの片隅のベンチでレイ兄さんと意地で見学した。そこで、私のささやかな夢は打ち砕かれたのだった。
※結論からいえば、レジャーには使えない。
移動用魔方陣専用の指輪は”テレポートリング”といい(略して”リング”)、その使用には許可が必要で、日時、使用者(名前部署を明記)、同行者(全員の名前部署を明記)、移動場所(出発地から到着地)、使用目的を専用の用紙に記入し申請する。副隊長以上は、事前の許可申請はいらないが、使用後の報告は必ず行う。副隊長以上でも指輪を常時携帯できる者は限られている。今回の合宿では、ブラッド隊長とサミュエル副隊長が携帯し非常時等使用できる。
「あれ? ジュード団長補佐は!?……」と、レイ兄さんに聞くと。
「ジュードさん合宿前に、勝手に一人で敵船と間違えて商船に乗り込んで暴れて、リングの携帯を禁止されたんだ」と涼しく笑った。
なにそれ!?
もしかしてアンフェール城で1週間の謹慎のはずが、もう2週間以上も戻ってこないということは……また、なにかやらかしたのだろうか!?
”テレポートリング”
これは、持つ人によってはとてつもない武器となり、敵から見たら相当な”脅威”。
どうやら、一般の騎士がおいそれと使ってはいけない代物らしい。
自由に使えないのかと、少々がっかりしたものの”移動用魔方陣特訓”は楽しそうで、テレポートリングを渡された騎士見習たちは、一人ずつ魔方陣を展開しグランドの端から端まで往復していた。カイルくんは、移動先にかっこいいポージングで現れ同期の賞賛を浴びていた。いいな……私もやってみたいと内心思ったが「ふざけるな!」と、もれなくブラッド隊長にどつかれていた。
※移動用リングの使用回数や魔方陣の大きさは、魔力の量によって異なる。
同期の中で魔力量が多いといわれている妖精族のクロくん(黒目緑髪、細身のなごみ系・頭から何かの芽が出ている)は、グランドを埋め尽くすほどの大きさの壮大な魔方陣を展開し皆の度肝を抜いた。ハント副隊長が慌ててストップをかけ事無きを得たが、他人事とは思えなかった。
やはりこの訓練でも、放出する魔力量の調整が必要だと知り、魔力調整が苦手な私は、早く訓練に戻りたくてうずうずしていた。
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【アクアラグーン王国騎士団専用宿泊所・ハント副隊長視点】
※合宿終了まで16日。夜。
この新人強化合宿メニューの中で、魔力の調整が一番難しいとされる”移動用魔方陣特訓”が事故も不適合者も出すことなく、無事に終了した。
元聖女エスタ様による魔力強化訓練のおかげだろうか、今年の騎士見習たちが皆優秀だからだろうか……俺は、消灯後の宿泊所ロビー脇の談話室で、偶然居合わせたサミュエルさんと雑談していた。
「あとはルーシーだけだな。大丈夫かな」
サミュエルさんがポツリと言った。
”ルーシー”と耳にした途端、あの時の記憶が蘇った。
俺に寄りかかり焦って謝る表情、ふらつきながら縋るような目で見つめるくせに気丈に振舞う仕草、抱えられ見上げる弱った虚ろな瞳。首に腕を回された瞬間、そのまま抱きしめたくなる衝動を必死で抑え、「腕、俺の首にまわせ」と言ってしまった自分に後悔した。
あれから何度も繰り返し心の中で否定してみても、侵食するルーシーの面影とモヤモヤとぬるく閊えるような胸の痛みが続いている。
ルーシーは、イムの婚約者で王国の勇者。
俺が何かを願ったところで永遠に叶うことなんてないのに…。
「あいつは…ルーシーは、大丈夫だろう」
「そうか? 意外だな。ハントはルーシーに厳しい印象だったから」
サミュエルさんには、そう見えるんだ。俺はただ、特定の奴を贔屓しないだけなのに。
「お、俺だってちゃんと見てる。謙虚で努力家だってことも知ってる。でも、」
「でも、なんだ?」
「あいつは、いい子過ぎる」
「いい子だよなー。本っ当にかわいいし。参っちまうよ」
ルーシーに懐かれているサミュエルさんが、頭を掻いてデレデレに照れ笑いをした。
羨ましいけど、それを虚しいと考えているのは俺だけだろうか……親しくなったところで結局は、イムのようなイケメンの王子に持っていかれるのに。
「……疑うことを知らないし、無防備だ」
あの顔であんな風にされたら、勘違いして変な気持ちになる奴だっているはずだ。
「そうだな。そこは俺ら大人がちゃんと見てやらねぇと……だな」
サミュエルさんは表情を引き締め、何度も頷いた。
「はぁーっ。面倒臭っ」
想うたびに募る虚しい感情をいちいち打ち消すことになるのか……と想像するだけでウンザリし、ため息がこぼれた。
「ため息なんてつくな。合宿が終われば休暇がある。あと2週間の辛抱だ」
サミュエルさんは俺の背をポンと軽く叩き「じゃあ走ってくる」と、日課のトレーニングに出かけて行った。
あと2週間か。
あの日(ルーシーが倒れた日)から、俺に向ける女子たちの視線が、少し柔らかくなった気がする。
きっと、ルーシーが、俺の事を彼女たちに話したのだろう。どう思われているのか多少は気になるが、雰囲気的には悪くないと思っている。男子どもも俺が少し説教したせいか、女子に対する見方が変わったようで、あれこれ騒がなくなった。
それにしても、イムは焦らないのか?
”年上がタイプ”と言っているルーシーの傍には、目移りしそうな美しい天使族やイケメンの悪魔、それに逞しい妖精族がウヨウヨ寄ってくる。今日だって、足湯に浸かりながらアイザックと仲良さそうに話していたり、ジュリアンやマリオンの腕の筋肉を触っている姿?(なにやってんだ!?)に軽く嫉妬を覚えた。
あいつらだって、俺から見ればいい家柄の優秀な坊ちゃんたち……。
うかうかして若いのに掻っ攫われても知らねぇからな!
イムの奴め。今朝だってルーシーの事を報告しても、無表情で「そっか」と笑うだけ。
あの余裕はなんなんだ。
昔から思っていた。王子でイケメン……不公平過ぎる!
一緒にアンフェールの騎士になってからは、俺は誰よりも多くの危険な任務をこなしているはずなのに、階級はゆるい神殿騎士のイムと同じ副隊長。
どうして、それってちょっと理不尽じゃない? って何度も思った。
そんな現実から目を逸らし、どうにか気持ちに折り合いをつけ続けてきた矢先、オスカーの妹”勇者ルーシーとの婚約”。なんであいつだけ……。イムは婚約を否定してるけど、世間的にはほぼ確定しているような状況。今だって、警護といいながら、ルーシーにこっそり会ってるんじゃないかって、考えただけで、ムカついてくる……うわぁぁぁぁぁっ。頭を掻きむしると、真っ赤なキノコがポロポロ床に散乱した。
なんなんだ、この焦燥感は……。
胸に灯った小さな炎の燻りを、俺は完全に舐めてかかっていた。
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【アクアラグーン宿場町・サミュエル副隊長視点】
月の見えない夜。
王国騎士専用宿泊所からアクアラグーン宿場町へ向け、暗い森の一本道を走っていた。
昔から、夜間ランニングするのが好きで、アクアラグーンでも雨の日以外は続けている。いろいろ考え事が出来るし、体型維持にもちょうどいい。
今夜は宿泊所から北の神殿の麓まで行き、戻りながらタダで飲める”居酒屋テンプル”に寄る予定だ。
北の神殿を経由して居酒屋へ向かう道すがら、この前その居酒屋で会った妖精族のイケメンのお兄さんに遭遇した。
今夜も濃い茶色のフード付きのマントで美しい顔を隠し、料理の入ったバスケットを手に家に帰る途中のようだった。
「こんばんは。このまえはどうも」
軽く手をあげると、そのお兄さんは金色の瞳をキラリと輝かせ俺を見つめ返した。
あまりのイケメンぶりに俺は、恥ずかしながらドキドキと胸が高鳴った。
「……サミュエル…さん?」
首を傾げ小さく発した声に、ジーンと心が震えた。
「名前、覚えてくれてたんですか!」
「はい。先日はごちそうさまでした」
僅かに微笑みゆっくりと頭を下げるそぶりに、ただならぬ高貴さを感じる。
だが、疑問が湧いた。
高貴な奴が夜な夜なこんなところに自ら足を運び、料理を買いに来るのだろうか?
もしかすれば、こいつはその高貴な奴の使用人とも考えられる……。
「いいって、気にすんな。帰る途中か?」
「あ、ああ」
残念そうな瞳で俺を見返した。
使用人だとしたら「一杯付き合ってくれ」と、引き留めるのは申し訳ないな……。
「そうか、気をつけてな」
「ああ、良い夜を」
張りのあるいい声が月のない夜道に響いた。
「お、おう! 良い夜を」
”良い夜を”なんて言葉はじめて使った。
あのお兄さん、やっぱり元貴族か何かかな……。
そのまま俺は走り、居酒屋テンプルのいつものテーブル席に座った。ここからルーシーが滞在する宿が見える。11時過ぎか、もう寝たんだろうな。
汗を拭き居酒屋の若い兄ちゃんが持ってきてくれたビールを飲みながら、ハントが言った事を思い返した。
”「(ルーシーは)いい子過ぎる……疑うことを知らないし、無防備だ」”
俺も、そうだと思う。
さすがはハント、あいつは本当によく見ている。
ルーシーの一番の問題点は、自分自身の魅力を理解していないことだ。
背負った時だって、どれだけ俺が動揺してるかなんて想像もしていないだろう。しかも、”おんぶして部屋まで……”とか堪ったもんじゃねぇ。レイやスカーレットがいなかったら、二つ返事でOKし、どこまででも甘やかしてしまいそうだった。
あと2週間。
合宿を無事に終え、その後は南の防衛線の視察がある。
俺はただの勇者付きの護衛兼治癒要員。余計な感情抜きで職務を全うするだけだ。
「サミュエルさん、どうしたんすか?」
客足が落ち着き、テーブルを片づけていた店の若い兄ちゃんが話しかけてきた。
「……あと2週間で合宿が終わるなって考えてた」
「そうっすね。俺…ルーシーちゃん見られなくなるの、寂しいっすよ」
どつもこいつもルーシーか!?
「俺は、”この店で飲めなくなるのが残念”って思ってただけなんだけどな」
「そうなんすか! あざっす。……あっ、そっか。サミュエルさんルーシーちゃん付きの”治癒要員”ですもんね。もしかしたら、合宿後も一緒なんすか?」
「そうなるらしい。おかげでほぼ年中無休だ」
「いいな~」
「よかねぇよ。完璧に俺は婚期を逃した」
「サミュエルさん結婚だけが全てじゃないっす」と、悟ったような事を言いやがった。
「フッ、結婚した奴が言うな!」呆れて笑うと。
「申し訳ないっす。でも、結婚はゴールじゃないっすよ」また、深い事を言いやがる。
「俺も、言ってみてぇー」
手際よくテーブルを片づけた店の若い兄ちゃんは、客に呼ばれジョッキや皿を山盛りに乗せたトレーを持ち店に戻って行った。
「プハァーーーッ。ごちそうさん!」
ビールを一気に飲み干し、席を立った。
「はぁーーーっ」ため息しか出ない。
婚期は確実に逃した。縁談の話も全くない。女の子が来るパーティーに一度も呼ばれた試しもない。これまで面と向かってちゃんと話ができた女子は、騎士団で面倒をみた子たちぐらい。だけど見習いや部下に手を出すのはもっての外だし、それに……もう決まった相手がいる子がほとんどだった。
俺にはこの先、なにをどうしても結婚という未来が想像できない。
でも……それでも。
宿場町を抜け、森に囲まれた真っ暗な夜道で空を見上げた。
黒い木立の間から、控えめに輝く星々の間を一筋の光が駆け抜けた。
「おっ……流れ星」
3秒以内に願いを言わないと……願い事を言いかけて、言葉に詰まった。
だめだ、ルーシーの顔しか浮かんでこない。
神様、願うだけだ許してくれ!
「結婚したーーーい!」
夜空から放たれた天の光は瞬く間に空へ溶け、虚しい絶叫だけが静かな森に吸い込まれていった。
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お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
(/・ω・)/ブクマ★スーパーウルトラアルティメット感謝!
これからもお付き合いいただけましたら嬉しいです。
※ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いしますm(__)m
並びに感想誤字脱字報告随時受付中!お気軽にどうぞ!
※2021/10/19 少し直しました。




