第9話 消えぬ罪悪感
明くる日の晩、また同じ時間に少女は俺の前に現れた。
「髪留めを忘れてしまいました」
と、天使のような笑顔でシェイラはそう溢す。
「まさかかよ……」
「え?」
「や、なんでもない」
俺はひんやり冷たい石床から身体を起こし、昨日別れ際に預かった髪留めをシェイラに渡す。
「にしても、髪留め忘れた程度の理由で、よく通してくれたもんだな看守のおっさんは。いちおーこちとら被告人なんすけど」
詳細は忘れたが、何か理由がない限り被告人との面会は原則禁止のはずである。ちゃんと仕事しろよおっさんと思う。
「あの人、レイルの演説に聞き惚れた1人なんだそうですよ。だから見回りの衛兵が来るまでなって見逃してくれるの」
どっちもどっちだなおい、と心の中で深くため息。
しかしまぁ、何の娯楽もない檻の中、暇な俺にとってはありがたいことこの上ない。しかもこんな可愛い女の子と一緒にいられる。地下牢に監禁されていることを差し引いても、お釣りがくるくらい嬉しいことに違いはない。下手をすれば金を出す奴もいるだろう。
「昨日のね、レイルの伝言をお父さんに伝えたら、"浴びるほど飲ませてやるから絶対に生きて戻ってこい"って」
ハっ、とつい鼻で笑ってしまう。あの店主ならいかにも言いそうなことだ。安易に想像がついてしまうところがなんとも。
そしてあのゴツい見た目のおっちゃんから、こんな可愛い女の子が産まれるとは……世界って思ってたより広いんだなぁ。
俺がそんな失礼極まりないことを考えているなど夢にも思っていないだろうシェイラも、俺の顔を見て少し笑顔になる。
「もしかして、あれですか? 私がお父さんの娘だったから助けてくれたー、とかだったりします?」
どうしてそうなる……。あー、教えやがったなあの店主。
気を紛らわすためにぼりぼりと頭を掻く。ぼりぼりぼり、ぼり。あれ、そういや最後に風呂入ったのいつだっけ? なんて、今更どうでもいいかそんなこと。
「そりゃ違うよ」
きっぱりと言い放つ。ああ、違う。まったく違う。全然だ。見当外れもいいとこである。
そりゃちょっとは手伝ってやろうかなぁとか思わなくはなかったし、ましてやそれがめちゃくそ可愛い女の子だったにせよ、多分、俺は助けなかった。
確信はないが、自信がある。
「じゃあ、どうして助けてくれたんですか?」
「――――」
苦手な眼だ。俺にはわかる。きっとこの子は、心が綺麗なのだ。
だから、なんとなく俺が嘘をついているのだと見抜いている。こんな眼をした女性を俺はよく知っていたから、よくわかる。
俺は人に嘘をつくことに抵抗がない。だってもう、慣れてしまったから。
生きるために嘘をつくことを身につけ、嘘のつき方を学び、練習した。だからと言っちゃあなんだが、嘘には自信がある。
表情にも出さないし、声質の変化や態度、瞳の動きだって。その道のプロでもなけりゃあ気づけない程度まで磨き上げたつもりでいる。
「んー、君みたいな可愛い女の子が死ぬとこは見たくなかったから、じゃだめ?」
バレない嘘のつき方にはコツがある。
『嘘をつくなら味方から』なんてよく言うが、それは大間違いだ。
『嘘をつくならまず"自分"から』、だ――。
――しかし。
「ダメじゃないけど、ダメ」
無垢な笑顔が、俺の心にチクリと刺さる。
「――――」
こんなにも、嘘をつくことが辛いと感じたことはなかった。
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