第10話 癖になる不味さ
次の日も、その次の日も。シェイラは毎日俺の元に通ってくれた。
その度俺達はどうでもいい会話を交わす。
その頃になると、髪留めどころか地下牢にくる言い訳もなくなっていて、次第に彼女の口調も砕けてきていた。
そろそろシェイラが来る時間かと、俺は石床から起き上がる。
「――――」
ふと、シェイラと会えることを楽しみにしている自分がいることに気づく。
「まいったな」
しかしそれと同じくらい、いやそれ以上に……彼女を騙していることに胸が痛んで仕方なかった。
「ほんと、……まいっちまうよ」
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いつもと同じ時間に現れたシェイラが、すとんと石床に腰を下ろし、檻の横の壁に背をつける。それから手に持つバケットを白い太ももの上にのせて。
「今日も作ってきましたよぉ〜」
俺がベルリアン・シェリルを美味いといったことが店主の口からシェイラに伝わったのか、毎日の差し入れがコレである。
「おお、せんきゅ……。でもさぁシェイラさん。たまにはアルトサンドとか、そういうオーソドックスなパンもたまには食べてみたいなぁーとか、思ってみたり……」
「そう言うと思って、今日は改良を重ねてきたのです!」
ドンと形のいい胸を張り、鼻を高くするシェイラは、最初の印象からがらっと雰囲気が変わったように思える。
「へぇ、どんな改りょ……」
紫色の生地に、真っ青な虫の血みたいなのがかけられた物体Xを目にし、上がりかけたテンションが颯爽と地に落ちた。
「じゃーん! ミネットクリームをカラムソースに変えて、着色料をブラッドブルーにしてみたの。どうかな?」
ふーん。なーにーそれ? ぶらっどぶるーって青い血ですか?
「どうかなって、へ、へぇ……すごーい……おいしそー……」
などと米粒ほども感情の入っていない俺の感想は耳に届いていないのだろう、テンション高いシェイラは自分の眉根の間を指差し、
「うんうん美味しそうだよね!? お父さんに見せたらここら辺にものすっごいシワを寄せてね、『俺はいいからよぉシェイラ、まずはあの坊主に喰わせてやれよ。きっと喜ぶぜ、きっとっ!』って」
はっはー、俺に丸投げしやがったなあの野郎次があったら覚えてやが――
「だからわたしも試食せずに来たんだから」
「――え、試食してないのっ!!?」
思わず声のボリュームが上がってしまったが勘弁して欲しい。できることならベルリアン・シェリルVer2も勘弁して欲しいところである。
「うん。最初はレイルに食べてほしくて」
満面の笑顔。……天使か。けど、その気遣いいらねぇよ……。
シェイラからベルリアン・シェリルVer2を手渡され、俺は恐る恐るそれを口へと運ぶ。
「……うっ」
口内にたまったつばを飲み込み、口を開け、躊躇って口を閉じる。
心臓の音がやけに大きい。横から、じぃーっと不安そうな視線が俺に刺さる。
意を決し、俺はVer2にかじりついた。
ぱくっ。むしゃむしゃ、むしゃ――
「――――ッ」
む、むしゃ、ごっくん。
「……」
無言の俺に、心配そうな声でシェイラが聞いてくる。
「……どう、美味しい?」
「いや、全然全く美味しくはないんだけど」
そう、間違っても美味しくはないのだけれど……。
「……でも。なんだろう、コレ。不味さの中に奥深さがあるというか、なんというか、こう、癖になる不味さがある!!」
「……ねぇ、それ褒めてるの?」
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「あのさ、レイル」
「ん?」
「……んーん。やっぱりなんでもない」
「……」「……」
それからしばらく、無言が続いた。
いつもならシェイラの方から色々と話題を振ってきてくれるのだが、今日の彼女はいつもと様子が違う。
体調が悪いのだろうか? なわけない。シェイラが何を思っているのかくらい、安易に察しがつく。
「明日、だね」
わざとらしく明るく振る舞おうとする辺りが、逆に重たさを強調してしまう。
「おん」
檻の端っこに重ねてある皿の枚数は16枚。つまり、明日がそうなのだ。
「……」
地下牢生活最終日。思い返すと長かったようで、何気に早かった。
そう、まるで俺の人生のように。
「明日の異端審問、聖都アークから新しい司教様がくるみたいなの」
「へぇ、良かったじゃん。なら、この町にも活気が戻るんじゃねぇーか?」
流石に司教マルクスみたいなクソ野郎は、世界中探したとてそうそういるもんじゃない。
恐らく奴は異端審問を超えられない。
つまりこれで万事解決万々歳なわけで。俺の生きる目的も理由も復讐も、明日で全て終わるのだ。ようやく、終われるのだ。
「ねぇ、レイル」
「んー?」
隣で必死に言葉を探していたらしいシェイラが呟く。無垢な笑顔で、悪気のない顔で――。……違う、とても真剣な表情だった。とても真面目な眼をしていた。
「どうしてレイルは、"旅人"になったの――?」
シェイラを"ですますキャラ"で固めるかどうかで迷いに迷って迷いまくりました。
今でもですますキャラの方が良かったんじゃないかと思う次第にあります。




