第22話 初見殺し
「俺は本物の悪魔だ」
「ふむ。そうですか」
「あんまり驚かねぇのな」
「驚いていますよ。本物と会うのは初めてですから」
そう言い、ユリウスは小首を傾げてみせた。
「それで、どうかしましたか?」
「どうってこともねぇけど……。その本物を逃したら、アンタの面目丸潰れだよなってこと」
「ふふっ。そうですね。丸潰れです」
ユリウスは断頭台の近くに置いてある儀式用の剣を拾う。
どこまでも余裕を崩さず、しかしその裏では一切警戒を怠らない。俺が何か行動を起こそうとするものならば、立ちどころにユリウスの銀閃が光ることだろう。こういう手合いは俺が苦手とするタイプだ。
「これでも腕には自信があります。素直に首を差し出すのならば、痛み無く殺して差し上げますが、どうしますか?」
痛み無く殺されるのなら、それに超したことはない。
――だが。
「……死ぬつもりだったんだけどな。昨日まではさ」
そう、昨日までは。確かに死を覚悟していたんだ。
「意味がないなら作ればいい。目的がないなら探せばいい。こんな俺でも、生きてていいって、言ってくれる女子がいるんだ」
あの言葉が嘘だったとしても、それでも俺はあの言葉に救われた。それは紛い無き事実で……。
「それに、だ。男に産まれたからにゃ童貞のまま死ぬんじゃ勿体ねぇだろ?
だからさ。悪ぃなユリウス。俺はここで死ぬわけにゃいかねぇんだ」
俺につられて、ユリウスも苦笑した。
「そうですか、残念です。仕方ない。斬首刑から斬殺刑に変更ですね」
「んだよ。ちょっとは同情してくれてもいいんじゃね。話の流れ的にさ?」
「同情に流されるほど、騎士は甘くありません」
「そら残念」
その言葉を最後に、ユリウスが儀式用の剣を鞘から抜き放つ。
重くて使いづらいそうな剣だ。
斬ることよりも魅せることに重きを置いた装飾の数々。太い刃に太陽光が反射し、いかにもといった風に眩く輝く。
ユリウスは剣を中段に構え、左足を前に出す。
無駄のない、磨きぬかれた動き。隙のない、鍛えこまれた構え。
「《銀聖の騎士》ユリウス・レイヴス。――行きます」
その言葉と同時に、ユリウスの剣閃が大気を滑る。6メートルあった俺との距離が一瞬で詰まり、瞬きの合間にユリウスの刃が俺の首元へ吸い込まれるように奔る――。
「……まさか。この距離を避けますか」
「思ったより、速ぇな」
言葉をかわしてすぐ、ユリウスの剣戟が牙を向く。
振るわれる刃全てが正確に急所を狙ってくる。
『――銀鳥"燕返し"――』
上段から降ろされる剣を回避するが、下段で持ち手を変え再び上段へと迫る。
恐るべきはその速さだ。どうやって下へ降ろされた剣が逆方向に振り上げられるのか。持ち替えたことすら並の者の眼には映らないだろう。
類まれなる才能、などではない。これは彼、ユリウス・レイヴスがしてきた努力の賜物だ。
初めて目にする技ならば、負傷したかもしれない。だが不思議なことに、俺はこの技をどこかで見覚えがあった。
どこだか思い出せないが、そのおかげで身体が無意識の内に反応してくれたことはありがたい。
上段へと迫る刃。薄っすらと火花が散る。俺はそのまま数歩後退した。
「さっすが聖騎士様。こんな分厚い手錠が真っ二つだ」
同時に。俺の手首を拘束する手枷が二つに壊れ、断頭台の上へ落下した。
「初見殺しの燕返しを……。恐ろしいお方だ」
ユリウスは儀式用の剣を投げ捨て、腰に挿してある銀の剣を抜いた。
それがひと目で上物だとわかる。手練の鍛冶師の作品だろう。
先程使用していた儀式用の剣とはまるで違い、薄く細く長い。等身大もの刀身だが、見た目以上に軽――――ッ
「――これも避けますか」
それこそ瞬きの一瞬だった。1秒にも満たぬ時間で、ユリウスの切っ先が目と鼻の先まで近づいていた。
その攻撃を間一髪で避ける。刃が頬を擦る。
「いやいや、化物かよ。速すぎだぜアンタ」
しかしユリウスの攻撃はそれだけでは終わらない。
突きからの連続攻撃は、俺に息をつく暇も与えてくれはしない。
「それを避ける貴方も貴方だと思いますが」
はっきり言って想像以上だった。さっきまでとは比べ物にならぬほど速い。
眼では追えるが、身体がついていくのでやっとなのだ。
「このままだと拉致があかねぇな……」
ユリウスの剣戟をかい括り、俺は躊躇なく断頭台から飛び降りた。
飛び降りる際に回転をかけたせいで着地が怪しかったが、空中で態勢をとりなんとか無事成功。
「よっと。悪ぃけど、ちと借りるわ」
階段の下で口をぽっかり開けている衛兵の腰から剣を抜くのと同時に、そのまま後方へと振り切る。
鉄と鉄とがぶつかる甲高い音がし、盛大な火花が散る。
このままだと確実にこっちがへし折れるので、剣への衝撃を受け流しつつ床を転がる。
振り返れば、そこには騎士の微笑があった。
「へっへ。いいもんゲットしちったぜ!」
「これはこれは、してやられました。ピンチですかね」
ユリウスの追撃を逃れながらもう一本衛兵からパクった二本の鉄剣は、都市ならどこでも変える剣としては最低ランクの代物だ。
対しユリウスの銀剣は『聖剣』と呼ばれる最高級の一品。アレと比べれば子供のおもちゃみたいなモノだが、無いよりはいくらかマシである。
「では、行きますよ」
掛け声と共に、ユリウスが距離を詰める。さてさてどうしたものかと、俺は軽く苦笑を溢した。




