第15話 フードの2人組
ガヤガヤと騒ぐ広間は、いつもより一層人で溢れかえっていた。
それもそのはず。何を隠そう本日行われる異端審問の被告人は、こともあろうに教会の聖徒である『司教』と、自らを悪魔だと名乗る『少年』。
噂を聞きつけ、遠く離れた街からわざわざ足を運ぶ者までいた――。
「――それにしても。うっわぁ、すっごい人だねぇ」
「いつまで待たせやがんだクソが、早く始めやがれ」
夏だというのに関わらず、フードつきのコートを羽織った異様な二人組。
この二人もまた、数日前に悪魔の噂を聞きつけ見物に来た者達の一人である。
「まぁまぁ、そう言わないそう言わない。せっかく遠出してきたんだし、もっとこう楽しんでこーよ!」
フードの中でニコニコと笑顔の絶えない小柄な男の言葉に、フードの隙間から覗く狼のように鋭い目つきの男が反論する。
「んなこと言ってもよぉ。こんな小せぇ街に、ほんとにいやがんのかよ」
「さぁ。どうだろねぇ………と、」
小柄な男がそう言ってすぐ、広間に甲高いしわがれ声が響き渡った。
「――離せ無礼者!! 私は無実だっ!!」
民衆が一段とざわめき、声のした方に自然と視線が集まる。
「チッ――。耳障りな『音』だなぁ」
舌打ちと一緒に、小柄な男も横目を送る。
皆の視線の先には、手枷に繋がれた鎖を衛兵に引かれる、白い聖服を纏うやせ細った老人の姿があった。
「……。あの、今にも死にそうなジジイがそうなのか?」
目つきの悪い男が尋ねると、小柄な男は首を振りながら、顔をしかめ吐き捨てるようにして言った。
「いや、アレはただの人間だよ。中身腐ってるけどね。ここまで不快な音を聞くのも久しぶりだ」
それを聞き、目つきの悪い男は右腕の袖をまくってニヤリと笑う。
「殺しとこうか?」
ひどく軽い一言だった。まるで人を殺すことに抵抗がないみたいに。
あまりにも楽しそうに笑うので、彼を知らない者が聞けばそれは質の悪い冗談に聞こえるだろう。
しかし、小柄な男はそれが冗談でないことをよく知っている。
彼が"うん"と頷くだけで、男は躊躇なく老人を殺すことだろう。
衛兵が何人束になり襲ってこようと関係ない。男にはそれだけの絶対的な自信と圧倒的な力がある――。
「ううん。その必要はないでしょ。どうせあとちょっとで死ぬだろうし」
もし今ここで騒ぎを起こせば、自分達の目的が果たせなくなるかもしれない。それは困る。非常に困る。
小柄な男はメリットとデメリットを考え、目つきの悪い男を止めるほうを選んだ。
老人こと司教マルクスが審問台に登ってすぐ、太く凄みのある声が広間を駆ける。
「定時となりましたので、これより異端審問を開始したいと思います!
司会は私、モスカー・エンブレンが勤めさせて頂きます」
モスカーは「では初めに、」と。
「司教様の異端審問ということにより、本日は聖都アークからお越し頂いた2名の方々をご紹介させて頂きたいと思います!
異端審問の審問官として、《司教》カルロス・ヴァーリッツ様!」
カルロスと呼ばれた司教が、起立し軽く頭を下げる。年齢は30代後半で、爽やかな優男のイメージがある。
「司教カルロス・ヴァーリッツと申します。教会の聖徒として、また神の信徒として、公平な審判ができるよう勤める所存であります。
この度はどうぞ、よろしくお願い致します」
次はどんな司教がこの街に配属されるのだろうと、緊張に身を硬くしていた民衆の顔が柔らいでいくのが目に見えてわかる。
カルロスが着席するのを見計らい、「続いて」とモスカーは口を開く。
「見届け人、《聖騎士》ユリウス・レイヴス様!」
司教マルクスが登場したときよりも更に、広間が大きく波打った。
「聖騎士ユリウス・レイヴス。"銀聖の騎士"、か」
いくら異端審問にかけられるのが司教だったとしても、まさか教会の最高戦力である聖騎士が来訪とは……しかも2つ名持ちだ。教会が用心深いのか、それとも聖騎士が暇なのか。
苦笑を浮かべる小柄な男の独り言を耳にし、目つきの悪い男の眉根が寄る。それにより更に目つきが悪く見える。
「あ? 何言ってんだよ。銀騎士はあの白髪ジジイだろ?」
「もうとっくに引退してるよ」
「はぁ!?」
紹介に起立で応じたユリウスの元に、司教マルクスが盛大な鎖音を鳴らしながら駆け寄った。
「騎士様。あぁ騎士様、どうか、どうかお助け下さい騎士様っ!!」
その様子を見据えながら、目つきの悪い男が悪態をつく。
「あのジジイにゃ借りがあるってのに、勝ち逃げしやがったなくそジジイッ!!」
「もう歳だし。引退してくれなきゃ困るよ。老体のくせして強いんだもん。ぼく達の仲間が何人殺られたことか」
「まぁ、……仕方ねぇか。ジジイをいたぶんのは趣味じゃねぇ。借りはあのスカした野郎に返すとするか」
ため息をつき肩を落として気持ちを表現する男。
「なぁフェリル、俺とあの銀騎士、どっちが強え?」
そんな男の問いに、小柄な男――フェリルは審問台に立つ銀の鎧を着た男を見据え、にたりと笑う。
「さぁ、どうだろうねぇ」
膝をつき慈悲を懇願するマルクスに対し、ユリウスはその整った美貌に微笑みを浮かべて、
「ご安心下さい、司教マルクス・セイクリッド。我らが主は貴方のような敬虔深い信徒を決して見捨てはしません。貴方に主のご加護があらんことを」
どこまでも騎士らしい騎士を演じきる。
「おぉ! おぉ、ありがとうざいます騎士様!!」
その後、司教マルクスの異端審問は順調に進んでいった。
騎士ユリウスが味方となったことにより、マルクスの表情と態度は、何歳か若返って見えるほど自信に溢れるモノだった。
そう。少なくともこのときまでは――。
何かの偶然で書籍化して何かの間違いでアニメ化とかなったらいいのに(現実逃避)。