6話 ソニャ子さんと紳士ゴリラ
運命の出会いの翌日。リハビリ後の外出許可を得た影虎は、ソニャ子のパン屋に向かおうとしていた。
(『そろそろ退院して通院に切り替えましょうっ!』って医者から言われたけど、部活に参加できるようになるまで暇なことには変わりないんだよなあ……)
(今日は部活は休みの日だけど、学校で自主練してるメンバー用と自分用にお土産を買いに行こう。レジの近くに飲み物も売ってたし、それも買うか)
店のドアを開けると、レジでソニャ子が客と揉めていた。店内の客はその男だけだった。
「いいじゃん、もうすぐシフト終わるんだろう?デートしようぜ」
「む、無理ですっ。申し訳ございません」
(ソニャ子さんが、ナンパされているだとぉ!?)
「へえ?可愛いからって調子乗ってるんだ?」
「違いますっ。わたし、高校1年生なんです!」
(こ、高校1年生だとお!?そんな勤労美少女にナンパなんて、なんということをーー!)
影虎は怒りのあまり、前世の殺気立った姿がひょっこり背後から顔を出しかけていることに気づいていなかった。彼はトレーを素早くパンで大盛りにすると男の背後に立った。
「へえー?そんなに育ってるのに、サバ読んでるんでしょ。やっぱり調子乗ってるね」
「本当ですっ!お会計は終わりました。帰ってください!」
(どこ見てるんだ、ソニャ子さんをキモい目線で汚すなあああぁ!!)
ソニャ子の隣に立っていた聖書を抱えた推しの幻影がカタカタと震えて、その清らかな目から光が消えていくのを影虎は見てしまった。
「……おい。昼間からナンパするな、このセクハラロリコン野郎が」
地鳴りのような低音でナンパ男に話しかけると、場の空気が凍った。
「は?お前には関係ねえじゃん?放っておいてくれよ」
「関係ある。俺のお気に入りのパン屋で、揉め事を起こすな」
(ソニャ子さんがお前のせいでバイト辞めなきゃいけなくなったらどうしてくれるんだよおおおお!!!)
「チッ、覚えとけよ」
ナンパ男は急ぎ足で店内を出て行った。影虎はそっと優しくトレーをカウンターに置くと、飲み物もカウンターへ並べていった。
「あの…。ありがとう、ございました。助けてくださって、嬉しかったです」
(涙目になってる可愛いいやあああぁ!?)
自分を見上げて微笑むソニャ子に、今日も影虎の情緒は粉砕されていた。
「いえっ。パンが美味しくて、ここのファンになりまして……」
「昨日も沢山買ってくださいましたものね。ありがとうございます」
(そんなに可愛い顔してピュアに見つめないでくれええええ!?前世の黒歴史まで浄化されそうだっ)
「今日は、部活の差し入れなんで。レジ大変ですよね、モリモリですみません」
「いえいえ、これがお仕事なのでっ」
影虎の粉砕された情緒の残骸はハートマークとなって、店内を舞い踊っていた。
(なんでこんなに良い子なんだあ!?偉すぎるううう!)
「高校生で夏休みにバイトって、偉いですね。尊敬します」
「いえいえ、自分のためですから。受験料や入学金を今のうちに稼いでおきたかったんです。私、小児科医になりたくて。えへへ」
(天使の生まれ変わりなのか、女神なのか!?いやいや、ソーニャだったー!)
「いやいや、俺からしたら勉強とバイトの両立出来るなんて、尊敬以外の言葉は出てこないっスよ」
「きょうだいが下に4人いるから、甘えすぎるのもなんだかなあと思って。せめて受験料や入学金はと思っちゃって……」
(自分を犠牲にするところ、前世と変わってないー!?俺が養いたいいいぃ!)
(でも俺が彼女の自立心の邪魔なんかして良いのか!?否。俺が出来ることは、爆買いして時給を上げてやることだけだあー!!?)
影虎はスマホ決済後、ソニャ子からパンの入った紙袋と飲み物の入ったビニール袋を受け取ると口を開いた。
「バイト頑張ってください。お嬢さん」
「……丸目。丸目咲子って言います、お客様。またお越しください」
(名前も可愛いいいぃいやああああああ!!)
ソニャ子の本名の余韻に浸りながら店の外に出た影虎は、窓に映る自分の隣に、前世の自分までそっと胸に手を当てて昇天している様子も映っていたことには気が付かなかった。




