第8話「地下牢での生活 2日目②〜消えた使用人〜」
「昨日あの後、ローデリヒ義兄上の元を訪ねたんだ!義兄上は葬儀の準備に追われていたけど、珍しく僕の話をよく聞いてくれてね!」
葬儀というのは、もちろん、弟君のものだろう。
よく見るとフォルカーも今日は上から下まで真っ黒な礼服を纏っている。
「義兄上が僕の顔を見ながら、君のことをお願いしてきたんだ!ついでに毒殺の件ももう一度詳しく聞いておくようにってね!」
「ひぇっ…!!」
私は昨日会っただけの凍れる瞳を持った恐ろしいローデリヒの顔を思い出して青くなった。
ついでではなく、本当はそちらがメインなのだろう…。
やはり、ローデリヒから見て、自分はあくまで弟君を殺した罪人なのだと痛感させられる。
忘れていた処刑への恐怖を思い出して、また身体が震え上がる。
そんな私とは対照的に、フォルカーは艶やかな頬を高揚させて、
興奮気味に語る。
「義兄上が僕にお願いをしたことなんて、今まで一度もなかったんだよ!それが、次男様が亡くなってしまって、他に頼る人間がいなくなってしまったんだね!僕に頼ってきたんだよ!この僕に!!」
いささか猟奇じみたローデリヒへの愛情にリーゼラはたじろぐ…。
今まで優秀な兄2人の間に、フォルカーの入る余地はなかったのだろう。愛人との間に生まれた子どもとして冷遇されてきたという噂もきっと嘘ではないのだろう。
彼は彼で、心に抱えている闇があるようだ。
それでも、義理とは言え、兄弟がなくなった状況下でここまで浮かれている様子は異様である。
ーーーまさか……。
浮かんだ恐ろしい仮説を一瞬で振り払う。
「…まあ、そんなわけで、君への尋問を続けさせてもらうね。」
尋問…
尋問ですか…
「それで、毒薬が入っていたカバンだけど、どちらに入っていたか分かるかな?」
「分かりません…」
分かりたくもない。
「だろうね。ちなみにそのカバンには、この屋敷に入るまでに誰かが触れた可能性はあるかい?」
「ないと思います…。馬車も途中で止まることもありませんでしたし、荷物は私の席の下に入っておりましたので…」
考えれば、考えるほど、自分が犯人だと示唆されているようで、真新しいスカートを握り込んだ指先が冷たくなっていくのを感じる…
死の足音が自分に近付いてくるような気がした。
「ハハハ、そんなに怯えた顔をしないでよ。まあ、君のそんな表情もなかなかそそられるけどさ!」
甘い表情で、リーゼラにニッコリと笑いかける。
今のリーゼラの顔は、前髪で表情が見えないはずなのだが、透視能力でもあるのだろうか…
いや、ありそうだ。
「そうだなぁ…じゃあ、ここに来て荷物を運んだ使用人の顔は覚えているかな?」
「それは…はい。」
何しろ、人に荷物を運んでもらうなんて、久しぶりのことだったから、緊張も相まって、舞い上がって何度もお礼を言ってしまったのだ。
公爵令嬢の態度としては、使用人に何度も頭を下げるなんてとても挙動不審であったことだろう。
今思い返すと、とても恥ずかしい…
使用人の特徴を伝えた後、フォルカーは一つ息をつく。
「…実はね、昨日から使用人が1人、姿を消しているんだ。」
「えっ…!?」
「君の話を聞く限り、荷物を受け取った者と同一人物である可能性が高そうだ。」
「えっ…ということは、じゃあ…」
「その使用人が、君のバックに毒薬を忍ばせた可能性が考えられるね。あくまで可能性だけども。」
フォルカーが、少し声を顰めて言う。
「そんな…何のためにそんなことを…」
「それは、その使用人を捕まえてみれば分かることだよ!今のところまだ見つかってないけどね。まだ生きてればいいけど。」
涼しい顔でさらっと恐ろしいことを口にする。
「いずれにせよ、この屋敷の者達の中には、依然として君が次男様を殺したと思っている者達も多いようだし、このまま失踪した使用人が見つからなければ、君が処刑される可能性も完全にはなくならないかな。」
やっぱりそうなのね…
依然として私の先の運命は見えないままで、
私はガックリと肩を落として項垂れた。