第40話「脱走疑惑」〜ローデリヒ閣下とお山デート〜
カストランドから戻ってきたのは昼頃だった。
ジーモはアルトラントの客間へ通された。
何日も食べていなかったのだろう、見た目からも餓死寸前の様子だった。
まるで当時の自分を見ているようだ。
リーゼラはジーモのそばを片時も離れずに看病をした。
使用人達は、突然やってきた見すぼらしい老人の世話を嫌がるので、リーゼラが代わりにジーモの髪を洗い、身体を拭き、ディルクが用意してくれた服に着替えさせた。
身体や衣服を清潔に保つことが、病気に治すために一番基本的なことだと、他ならぬジーモに教わったので、まずはそれを徹底して行った。
次は身体を回復させるために、食事をとらせることにした。
今日は野菜をくたくたに煮込んだスープを作ってもらい、最初はその上澄み部分だけをスプーンで少しずつ、こまめに飲ませた。
この後15時と夕食時に少しずつ固形物の入ったスープを食べさせていけば、明日にはもう少し形のある物も食べられるようになるだろう…。
あと必要なのは薬草だ。
ジーモが寝たのを見計らって執務室へ行き、ローデリヒへ外出の許可を願い出た。
「明日山へ薬草を探しに行きたいので、馬をお借りしたいのですが…」
「……。」
ローデリヒは肩肘をついて、黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「いいだろう、但し俺も行く。」
「えっ!?」
「えっ!?」
リーゼラと一緒に声を上げたのは、机で作業をしていたディルクだった。
「ロー様!新しい裁判制度の起案文書、明日中に仕上げると仰っていましたよね!?」
「そうだな。今日中になんとかやるが、残った分は頼む。」
ローデリヒに有無を言わさぬ態度で言われ、ディルクは顔いっぱいに嘆きを露わにしていた。
「お前にこのまま脱走でもされたら困るからな。」
肩肘をついたまま意地の悪い笑みを向けられる。
うぅ…
リーゼラも心の中で嘆いた。
せっかく一人で外出できると思っていたのに…!
前は護衛を付ければ外出してもいいと仰っていたのに…!
ここ最近盗賊やら暗殺者やらに命を狙われたりしていたから、ローデリヒ閣下自らがご同行されることにしたのかしら…
それともただの監視…?
できたら、これを機に外でのびのびとしたかった…
ローデリヒのいない所で…
まあ、ジーモの状況が状況なだけに、そこまで悠長なことは言っていられないのだが。
条件付きではあるが、ローデリヒの許可も降りたことなので、気持ちを切り替えて早速準備に取り掛からなければ。
ーーと、その前に…
ーーー
ガチャリ…
図書室のドアを開けた。
目的はもちろん…
「リーゼラ!」
リーゼラの姿を見つけて、フォルカーが駆け寄ってきた。
「ここに来るの久しぶりじゃない?今日は何を探しに来たの?」
人懐こい優しい笑顔で話しかけてくれるが、いかんせん距離が近い…
顔と顔がくっついてしまいそうで、おもわず一歩下がって笑顔で答える。
「実は、フォルカー様にお願いしたいことがありまして…」
「え、僕に?」
「はい。」
「もちろんだよ!君の願いならなんでも叶えてあげる。」
とウィンクをしながらリーゼラの頭を撫でた。
「あ、ありがとうございます…、それでは遠慮なく…」
ーーー
明日の準備が整い、ジーモへの世話も終わった。
後は明日に備えて寝るだけだ…
寝るだけなのだが…
今朝の話で、今夜からしばらくは夫婦の寝室でローデリヒと一緒に寝ると言っていた。
自分が蒔いた種だとはいえ、気が進まない…
寝室のドアの前で立ち往生する。
しばらく扉の前をウロウロしていたら、不意に扉が開き、恐ろしい表情のローデリヒが立っていた。
「お前、いつまでそこにいるつもりだ…」
え!ずっと気付いてたんですか!?
そうと分かると、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくる…
「全く…」
ローデリヒは不機嫌な顔でリーゼラの手を引っ張ると、強引にベッドへ引っ張っていき、投げ倒した。
「わぷっ!」
「俺は連日の寝不足で眠いんだ。さっさと寝るぞ。」
そういうなり、すぐさま反対側からベッドに入り、リーゼラを睨みつける。
「はっはい!」
慌てながらも、ローデリヒに倣っておずおずと布団の中に入る。
遠慮がちに少し離れたところで横になると
「それで寝られるのか?」
と怖い声で尋ねられ、もっと近くに来るように暗に促された。
「は、はい〜っ!」
リーゼラは泣きそうな顔で返事をする。
ローデリヒに添い寝をしてもらう時は大抵、悪夢を見て夢か現か分からない状態だったり、酷く心が取り乱している時だったりしたので、今日のように正気の状態で一緒に寝るのは初めてだった。
リーゼラは心臓が口から飛び出そうになるほど緊張しながらもローデリヒに触れるほどの距離に近付いた。
既に目を瞑っているローデリヒに「ん」と身体に手を回すよう促され、ドキドキしながらも固く引き締まった横腹から背中に手を回してローデリヒの身体を抱き締める。
は、恥ずかしい…!!
心臓がどうにかなってしまいそうなほどバクバクしている…
ローデリヒの身体は相変わらず燃えているように体温が高く、触れると冷えていたリーゼラの身体がじんわりと温かくなった。
そっとローデリヒの顔を盗み見ると、目を瞑ってこちらのことなど一切機にする様子もなく寝に入ろうと穏やかな呼吸を繰り返している。
長いまつ毛に形の整った鼻、美しい形の唇、そして白くてきれいな肌に艶のある黒髪…
まさかこんな美男子と一緒にベッドに入る日が来るとは思わなかった。
…と言っても、ただ一緒に寝るだけなのだが。
まだ心臓はドキドキとうるさく音を立てていたが、同じく連日寝不足だったリーゼラは、その心地良さに身を任せて、やがて静かに眠りに落ちていった。
やはりその夜も、不思議と悪夢を一度も見ることなく、朝までぐっすりと眠り続けることができたのだった…
ーーー
その翌朝、起きたら既にローデリヒはいなかった。
リーゼラはホッと安堵のため息を吐くと、そそくさと隣の自室へ戻った。
支度を済ませるとまたジーモのいる客間へ行き、昨日と同じように身体を拭いて、着替えを手伝った。
今日の朝食には、スープの他にパンも用意してもらった。
平民が食べるようなライ麦パンなどではなく、貴族達がいつも食べている白くて柔らかいパンをスープにつけて食べさせた。
本当はライ麦パンの方が栄養価が高いのだが、白いパンの方が消化はいいので、今のジーモにとってはよかった。
まだ咳は酷いが、食欲も徐々に戻ってきているようである。
外はやや寒いが、窓を少し開けてきれいな空気を入れ替える。
このまま順調に元気になってくれればいい。
あとは、やはり薬草が必要だ…
これ以上悪化しないためにも。
自室へ戻ると、リーゼラも早々に外出の準備を始めた。
ーーー
「お待たせしました。」
ローデリヒとの待ち合わせの時間に約束の馬小屋へ向かった。
屋敷の東側にあるこの馬小屋は、荷馬車用と乗馬用の馬小屋らしく、軍馬用はまた別にあるらしい。
下男や馬丁達が馬の世話をしているのが見える。
先に馬を用意していたらしいローデリヒがこちらを振り返って、少しぎょっとした顔をしていた。
「お前…なんだその格好は…」
私はフォルカーから借りた男物の乗馬服を着ていた。
帽子を被り、髪はまとめ上げて帽子の中へ入れ込んでいるので、一見小柄な少年のように見える。
この時代、女性がズボンを履いて馬に乗ることは良しとされておらず、乗馬用のスカートで横乗りが基本であった。
でもリーゼラは、以前街で出会った狩人に男性と同じように馬に跨る乗り方を教わっていたので、特に抵抗がなかった。
乗馬用のスカートももちろん持っていないし。
ローデリヒは当然のごとくリーゼラを横抱きして乗せていくつもりだったようで、一頭の馬しか用意していなかった。
当然と言えば当然なのだが。
「閣下、もしできましたら、私用にもう一頭…」
「ダメだ」
「!」
「……と、言いたいところだが、確かに別々の方が馬も早く走れる。」
「お前本当に乗れるんだろうな?」
探るような目で聞いてくる。
「もちろんです!遠乗りで山へも何度か狩りへ行ったことがあります!」
「女で狩りときたか!お前は本当に面白いな…女にしておくのが勿体ないほどだ。」
悪戯げな笑みを見せられて、おもわずドキッとしてしまう。
…今のは…褒められたのかしら…?
ーーー
「さあ、日が暮れる前に急いで行くぞ。」
「はい!」
ローデリヒが用意させたもう一頭の馬にリーゼラが跨がろうとすると…
「お待ちくださいー!!」
遠くから執事のオルゲンが、出っぱったお腹を揺らしながら息を切らして走ってきた。
ローデリヒは「ちっ」と面倒臭そうにそちらを見遣った。
「はぁはぁ…外出される場合は…事前に…私に言って頂かないと…はぁはぁ…」
「護衛もつけさせますので…エゴンとグンターを呼びましょう…」
「心配には及ばない。今日は二人で出かける。」
「でも先日はそれで危ない目に遭われたでしょう!」
ローデリヒの言葉に必死に食い下がるオルゲン。
すると不意にローデリヒがリーゼラの肩を抱いた。
「!?」
「今日は人気のない所で二人だけで楽しみたいのだ、その為にこいつにこんな格好をさせた。察しろ。」
そう言ってリーゼラの頬や耳にチュッと音を立ててキスを落としていった。
リーゼラは全身にゾワゾワと鳥肌が立ち、おもわず飛び上がりそうになるのを必死に堪えて笑顔を作った。
おそらくこれはローデリヒの考えがあっての行動なのだろう…
オルゲンはそんなリーゼラの動揺に気付くことなく、リーゼラを睨みつけた。
「余程そのお方にご執心なご様子ですね…」
「まあな。思いがけずすっかり夢中になってしまった。」
ローデリヒは愛おしそうに、リーゼラの髪に頬を擦り寄せる。
全く…女性嫌いなはずなのに、どうしてこんなに演技が上手いのか…
リーゼラは嘘だと分かっていても、顔が真っ赤になって心臓がうるさく音を立てた。
「ではそろそろ行くぞ、時間が惜しいのでな。」
そう言ってひらりと馬に跨るので、リーゼラも慌ててもう一頭の馬によじ登った。
「お、お待ちください!!只今護衛を…!」
「はっ!」
オルゲンの助言も虚しく、ローデリヒは勢いよく馬を走らせた。
リーゼラは少し申し訳ない気持ちになりながらも、ローデリヒを見失わないように続いて馬を走らせた。
ーーー
馬達の調子も良く、旅程は順調に進み、途中何度か休憩を挟んだ。
川のほとりには早くも春が訪れていて、リーゼラが求めていた薬草も見かけたので、早速採取した。
その後、馬を替えながら三時間ほどかけてようやく山の麓へ到着し、必要な薬草をたくさん採取することができ、その日は無事に帰ったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
☆評価やいいねを押してくださった方、ありがとうございました☆(*^^*)☆




