第4話「フォルカーという人物」
ビリリッ ビッ ビイィッ!!
薄暗い地下牢に、謎の音が響き渡る。
「さあ、これで良しっと!」
手元には、きれいに折り畳まれたスカートの切れ端がいくつか置かれていた。
スカートの一部を無理矢理引きちぎったので、地味で古臭いと言われていたドレスがより一層酷いものになった。
だが、古かったおかげで、引きちぎるのは楽だった。
昔は確か若草色だったか、今となっては元の色も分からないくらい、泥水で汚れて色褪せてしまったドレスのスカート部分が、今はスリットのように足も一部分見えてしまっている。…が、特に問題はない。
時々やってくる見張りをおいて、どうせここには誰も来ないのだから…
リーゼラは、先程初めて会ったローデリヒの顔を思い浮かべて、頭を振った。
ーーあの方は、私が彼の弟君を殺したと信じて疑っていない様子だった。
きっとこの判決が下るまで、ここに来ることはないだろう。
あの冷え切った瞳を思い出して、身震いした。
婚約破棄の次は、人殺しを疑われてしまうなんて、不遇って続くものなのかしら。
それとも、私は結婚できない運命なのかしら…
そう自虐的に笑っていると、ふと奥の方からコツコツと、見張りとは違う足音が近付いてきた。
「やあ、リーゼラ嬢!」
「…閣下!!」
「相変わらずお堅いな〜!もう他人ではないんだから、フォルカーって呼んでよ!なんなら、ひと足先にお義兄様って呼んでくれてもいいよ!?」
「フォ、フォルカー様…。どうしてこちらに…!?」
「どうしてって、ここは僕の屋敷でもあるからね、たまに顔を出しているのさ。」
「今日はたまたま帰ったところに、うちの次男様の訃報と君の輿入れの話が一気に耳に入って、どういうことなのか、君に直接事情を聞きにきたわけさ。ローデリヒ義兄上は、今口を聞けるような状態じゃないしね」
…ええ…、分かります。とても……
目の前にいるフォルカーという青年は、ここアルトラント公爵家の三男にあたる。
ただし、フォルカーは上の2人とは違い、愛人との間に生まれた子どものため、家政に携わることも許されず、一族の中では冷遇されてきた。
そのため、その寂しさを埋めるために、様々な街を放浪したり、様々な女性と関係をもったりして、あらゆる意味でフラフラしている少々困った方なのだと……夜会で令嬢達が噂しているのを聞いたことがある。
フォルカーの容姿は、赤栗毛で少し癖のある髪が可愛らしく、反面、やや垂れ目がちでくっきりとした二重に黄色い瞳は、男性ながら色気が感じられる顔立ちであり、何人もの令嬢を虜にしてきたそうだ。
そんなフォルカーは、物好きなのか何なのか、見た目が酷いと言われていたリーゼラにも、ちょくちょく声をかけてきた。
リーゼラにとっては、ラッツとマヌエラ以外に唯一夜会で言葉を交わす相手だったので、感謝こそすれ、他の令嬢のように、侮蔑の眼差しを向けることはできなかった。
ーーー
「ーーそれで、突然スカートを切り裂いちゃってどうしたの?見張りに色仕掛けでもするのかな?確かに今の格好は僕としてもかなりそそられるけど…」
そう意味ありげな笑みを浮かべながら、スカートの隙間から見えている足を舐めるように見る。
…失敗したわ…
まさかフォルカー様がいらっしゃるなんて…
同じ公爵家であったことをすっかり忘れていたわ…
ちょっと失礼なことを考えつつ、一瞬、恥ずかしさに俯くが、すぐに気を取り直して笑顔で取り繕う。
「…実は私、いま残りの時間を快適に過ごすために、ひとまずこの牢屋の中を掃除をしようと思っているんです。もし宜しかったら、フォルカー様にもお願いしたいことがあるのですが…」
「うん!レディのお願いを聞くのが僕の喜びだからね、なんでも聞いてあげるよ!あ、でも逃すってのは、できないんだけどね。」
フォルカーが鉄格子に近付き、甘い視線を投げかけながら明るく笑いかけた。
さすが、女性慣れしているフォルカー様だわ…
「それでは…」
リーゼラは遠慮なくお願いをすることにした。