第33話「仮面舞踏会①〜ラッツ再び〜」
仮面舞踏会当日。
その日は朝から大忙しだった。
午前中に頼まれた仕事を急いで終わらせ、昼食前の少しの時間にフォルカーとダンスの確認。
昼食の後は部屋でフォルカーに入念なお肌のお手入れと化粧と着替えの手伝いをしてもらった。
…まあ、仮面を付けるから私は必要ないと言ったのだけど、淑女はいかなる状況も想定して準備しなければならないらしい…
衣装はフォルカーが用意してくれた。
古代に生きていたという伝説の鳥をイメージして作ったそうで、赤紫色と金色を基調としたドレスに背中の辺りから青や水色などの色とりどりの羽が生えており、同じく赤紫色のつばの大きな帽子にも同様の羽が付けられていて、とても華やかであった。
フォルカーの服もそれに合わせたもので、帽子はシルクハットだった。
あとは目の周りに金色の細かい模様が施された白い仮面を付けて完成だ。
「どうかな?」
「とっても素敵です…!!フォルカー様、ありがとうございます!」
初めての仮面舞踏会に、初めてのこんな豪華な衣装でリーゼラは心が踊った。
「それでは、〝リーゼ”、参りましょう。」
「ええ、〝フォルク様”。」
二人で決めた今日だけのあだ名で呼び合って出発した。
ーーー
馬車に乗り、屋敷の外に出ると、アルトラント領も今日はそこかしこに人が溢れていた。
王都へ入ると、一月前に盗賊に襲われた場所が近づいて来た。
今回はローデリヒが馬車を一台増やしてくれ、複数の護衛騎士達を乗せているとは言え、やはりまだ古くない先日の壮絶な記憶が蘇ってしまう。
そんなリーゼラに、フォルカーは優しく寄り添って手を握り、
「大丈夫だよ、何があっても絶対に僕が君を守るから。」
と励ましてくれた。
「義兄上にも〝傷一つ付けずに返す“と約束しているからね!約束を守れなかったら、盗賊よりもそっちの方が怖いよ。」
と言って笑わせてくれた。
確かに、彼の方が盗賊の何倍も怖そうだ…
尤も、リーゼラとフォルカーの言うローデリヒの「怖い」は似て非なるもののような気がするが。
フォルカーの言う「怖い」はきっと「義兄上に嫌われたら怖い」といった類のものだろうから。
ーーー
心配していた地点も何事もなく通り抜け、無事宮殿に到着することができた。
「さてと!行きますか!」
お互いに白い仮面を付けて、フォルカーのエスコートで馬車を降りる。
入り口で、王家の騎士に武器の所持がないかの確認をされた後に会場へ入った。
会場では、既に派手な格好をした人々が集まっており、リーゼラはワクワクしてきた。
大きくて派手な王冠を被っている者、ピエロを模して作られた大きな仮面をつけている者、異性の格好をしている者、異階層の格好をしている者…
着ている衣装もいつもより派手な色合いが多く、会場はとても煌びやかだった。
「これが憧れの仮面舞踏会…!素敵…!」
リーゼラは嬉しくなり、最初で最後かもしれないこの機会を存分に楽しもうと決めた。
いろいろな仮装をする人がいる中、リーゼラ達のように、フルマスクや被り物で、顔から髪まですべて隠れている人達も多くいて、そうなると本当に誰が誰だか分からなかった。
セレモニーが始まる。
同じく仮装した国王と王妃が登場する。
そしてまたあの第二王子のデニスも…
今回もまた夜会に参加するようだ。
リーゼラが心配そうにフォルカーを見遣ると
フォルカーは「大丈夫だよ。」とウィンクをして笑いかけた。
三人は目元だけのマスクと凝った衣装だけで、一目で誰なのかが分かるような出立ちをしていた。
セレモニーの開始を告げる音楽が鳴り響く。
先月ローデリヒと国王が打ち合わせをしていたセレモニーだが、今回も王族として参列するはずのローデリヒは欠席のようだった。
王族の催事をことごとく欠席することができるのはローデリヒくらいだろう。
それでも尚、国王に政策の草案の相談を持ちかけられたりしているところからして、ローデリヒは武芸だけでなく、頭脳の面でも相当に優秀なのだろう。
あの見た目といい、神様は不公平だとリーゼラは自嘲した。
そうこうしているうちに、セレモニーが終わり、舞踏会が始まった。
フォルカーが手を引く。
「おいで、リーゼ、一緒に踊ろう!」
「ええ、フォルク様、よろしくお願いします。」
フルマスクを付けていても、フォルカーが優しく微笑んでいるのが伝わってくる。
二人で手を繋いでダンスフロアへ歩いて行くと、遠くの方から
「リーゼラ!リーゼラはいるか!?」
と私を呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのある声の方を見ると…
やはりそこには…
「誰だっけあいつ?確か君の元婚約者だよね?」
とフォルカーが言った。
「え、ええ…。」
しかし、なぜ私を探しているのだろうか…
せっかく誰が誰だか分からないような格好をしているのに、あそこで名乗り出たら周りの者に分かってしまうではないか…
しかも恥ずかしいほどに私の名前を連呼している。
するとフォルカーが強引にリーゼラを抱き寄せた。
「悪いけど、大切な君とのファーストダンスを彼に譲る気はないんでね。」
と耳元で妖しく囁くので、おもわず心臓がドキリと跳ねた。
リーゼラは彼が気になりつつも踊り始め、次第にフォルカーとのダンスに没頭していった。
「ああ、仮面舞踏会って本当に最高!マナーとかルールとか考えずに一晩中君とだけ踊ることだってできるし!」
フォルカーが嬉しそうに話す。
「フォルク様はいつもダンスを楽しまれているとばかり思っていましたわ。」
そうリーゼラが返すと、
「もちろん素敵なレディ達とのダンスは楽しいよ!ただやっぱり回数とかには気を遣うからね。」
「一番多く踊った相手に好意を抱いてるっていう意思表示になるから、どの女性とも2回以上は踊らないって僕なりに決めているんだけど、それを言っても尚、踊りを申し込んでくれる女性達がいるから、毎回それを断るのが心苦しいんだ。時には僕とダンスを踊る為に女性同士で喧嘩が始まってしまったりすることもあるし…」
なるほど、女性関係が華やかなフォルカーもいろいろと気遣うことがあるらしい。
確かに今までの舞踏会で、女性達がフォルカーの次のダンスの相手を取り合っていたのを何度か見かけたことがある…
「そうだったのですね。そうとは知らず、前回の舞踏会では私と4回も踊らせてしまって申し訳ありませんでした。」
「ううん!気にしないで!君は特別だから!」
そう言うと、フォルカーはリーゼラの身体をぎゅっと抱いて、再び耳元で囁きかけた。
「ねぇ、この仮面舞踏会ではね、毎年イケナイことをする人達が後を絶たないそうだよ。」
「い、いけないこと…!?」
「…僕達もしちゃう?」
回された腕に更にぎゅっと力が込められるので、心臓が飛び上がる。
「あああの、フォルカーさま…!?」
「〝フォルク”でしょ。」
「フォルク様!あの、ちょっとそれは…っ!!」
腕の中で必死に抵抗するリーゼラをくすくすと笑い、フォルカーは
「もう、リーゼったら本当に可愛いなあ〜!」
と仮面越しに笑うのだった。
一曲目が終わり、喉が渇いたのでフォルカーと共に飲み物を取りに行く。
寒い季節とはいえ、フルマスクで踊るとやはり少し暑い。
仮面を少しだけ上げて、グラスに口をつけると
「むむ!その口元はリーゼラ!リーゼラだな!!」
と大きな声で近づく声があった。
ああ、なんて目ざといの…
リーゼラはうんざりした。
知らんぷりしようかとも思ったが、この男のことだ、簡単には離してくれないだろう。
そう思って諦めて対応することにした。
「ご機嫌麗しゅう。えーと…、ファット様。」
「ラッツだ!!もはや一文字も合ってないじゃないか!!さては、わざとだな!?」
ぎゃあぎゃあと喚き立てるラッツ。
相変わらず賑やかなお方ね…
お陰で隣にいるのがフォルカーだというのも分かってしまい、瞬く間にフォルカーはいつもの令嬢達に取り囲まれてしまった。
ああ、フォルカー様ごめんなさい…
「…それで、何の御用ですの?」
リーゼラはラッツに冷たく聞き返す。
「え、いや、僕は君とファーストダンスを踊ってやろうと思ってだな…」
リーゼラの態度に少々狼狽えるラッツ。
「それには心配に及びません。それよりもあなたの婚約者であるマヌエラお義姉様はどうなさいましたの?」
そう尋ねると、
「あんな不届き者など知らん!」
とラッツはぶっきらぼうに返した。
「今頃、他の男とでも会っているんだろう。」
…つまり婚約者に見限られたと。
だからと言って、元婚約者を頼るのはいかがなものだろうか…
「やっぱりあんな女と婚約なんてするんじゃなかった!
僕にはやっぱりリーゼラが…」
「ラッツ様。」
「!!」
リーゼラは仮面を取ってラッツに向き合った。
「誰に何と唆されようと、その結果を選んだのはあなたです。行動には必ず責任が伴います。ましてやあなたはマンソン伯爵家のご嫡男です。あなたの発言で人生を左右される者も少なからずおります。それをご自覚した上でご発言くださいませ。」
リーゼラは瞳に思いを込めて語った。
ラッツはハッとしたような顔をしていた。
「今の状況を憂うのではなく、今出来る最善のことを行って進んでいけば、自ずとその道は幸せへと続いていきます。」
リーゼラは自信をもって答えた。
これは人生の師匠であるジーモから教わったことであった。古代帝国の聖典にも書かれており、リーゼラの生きる指針となっている信念の一つだ。
リーゼラだって、ローデリヒの元に嫁いだ日、いきなり地下牢に投獄されたのだ。
あのまま悲劇のヒロインとして地下牢で泣き暮らす人生も選べた。
悪い噂のあったフォルカーの優しさを拒絶し、牢から逃げ出すという提案を受け入れなければローデリヒに殺されかけることもなかったが、今のような生活は送れずに今頃処刑されていたかもしれない。
日々は偶然の積み重ねのようで、実はすべてが自分によって必然的に引き寄せられたものなのだ。
リーゼラはラッツに否定される覚悟で思いを伝えた。
ラッツはしばらく真面目な顔になり黙っていたが、徐に口を開いた。
「随分とよくしゃべるようになったものだが、やはりそのひたむきな姿勢は昔から何ら変わらないのだな。」
「!?」
昔から変わらない…!?
ラッツの意外な言葉にリーゼラは目を見張った。
あんなに私を蔑んでいたラッツが、一方でそんな風に私のことを見ていたのだろうか…、俄には信じがたかった。
「言葉には責任が伴う、か…。そんなこと今まで考えたこともなかった…。誰も教えてくれなかった。だが、今の君の言葉で目が覚めたようだ。これからは発言に気をつけるようにしよう。」
あまりの変わりように、リーゼラも拍子抜けしてしまった。
前回の舞踏会の時には、私の言葉で激昂なさっていたのに、一体どういう風の吹き回しなのかしら…
「こんなに騒ぎを大きくしてしまっては、君とダンスは踊れそうにないな。しばらく様子を見るとしようか…」
寂しそうに背を向けて去って行くラッツに、リーゼラはおもわず声をかけた。
「ラッツ様!責任を伴う発言と聞くと、重苦しいもののように感じられますが、実際はそれによって初めて本当の自由を勝ち取ることができるのです。」
「…!」
「誰かのせいにしているうちは、相手の制限を受けることになり、知らず知らずにがんじがらめになっていきます。誰かのためではなく、どうぞご自分のお幸せのためにこれからはお生きください。」
「………。」
ラッツはリーゼラの言葉を噛み締めるように押し黙ると、やがて
「分かった。ありがとう。」
とだけ言って去っていった。
リーゼラも黙ってその背中を見送った。
………本当に、一体どうしたというの………!?
予想だにしなかったラッツの反応にリーゼラは大いに混乱した。
…まあ、本当に変わったのかどうかは、次に会う時に分かるはずだ。
……でも、本当にこのことを伝えたいのは、第二王子のデニス殿下なのだけれど……
そう思いながら、再び仮面を付けようとしたら、フォルカーが戻ってきた。
「ごめんね!今日は君のそばから片時も離れないつもりだったのに…!大丈夫だった?」
「はい、思いの外大丈夫でしたわ。驚いたことに、今日は初めて彼が私の話に耳を傾けてくださいました。」
「へぇ、あの彼が?どういう風の吹き回し?」
「それが、私にもよく分からなくて…。新しい婚約者のマヌエラと上手くいっていないようなので、そのショックもあるのでしょうか…?」
「うーん、というよりはむしろ…」
「?」
「彼は君に惚れたんだね。」
「!? えっ!惚れ…!?」
思ってもみない言葉で、ビックリしてしまった。
「だって、彼は私に婚約破棄をしたんですよ!?しかも皆んなの前で!?」
「じゃあその後に何かきっかけになるような事でもあったんじゃない?さしずめこの前の舞踏会で再開した時かな?君は以前と比べてとても綺麗になったからね。」
「でもそんなの…結局見た目だけで判断しているってことじゃないですか…。正直あまり嬉しくないです…」
リーゼラが不貞腐れて俯くと、フォルカーが「まあまあ」と背中に手を回して優しく宥める。
「男ってのはバカだから、どうしても見た目から入る奴が多いのさ。でもその後にちゃんと中身を見て判断するよ。あのラッツだって結局は美しい婚約者を見限ってリーゼに戻ってきたんだろ?」
…見限ったのか、見限られたのかは分からないけど…
むぅ…と、尚も納得のいかない様子のリーゼラだったが、
フォルカーはリーゼラが手にしていた仮面を付け直して、手を引いて再びダンスフロアに誘導した。
「でも残念だな。あの愚かな彼にもリーゼの魅力が分かってしまうってことは、そのうち他の男性達も君の魅力に気付いてしまうかもしれない。」
ダンスの曲に合わせて、フォルカーは回りながらリーゼラの耳元に口付けをして言った。
「もうこれ以上綺麗にならないでね。」
フォルカーの言葉に言いようもなく背中がぞくぞくして、危うく体勢を崩してしまいそうになった。
フォルカーはいつものように軽やかに笑いながら踊り続ける。
もう…フォルカー様ったら…
仮面のおかげで、顔が赤くなっていることに気付かれなくてよかったと、ほっとしていたら、
ふと、ダンス中にも関わらず、まっすぐこちらへ歩いてくる姿が目に入った。
「やあ。」
……第二王子のデニス殿下だった……
フォルカーとリーゼラは、仮面越しに顔を見合わせた。




