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第32話「後悔の朝」

ーーー翌朝。



とても心地のよい朝だった…


寝心地のいい寝具で良質な睡眠をしっかり取り、溜まっていた不安も昨夜全て吐き出した。


心も身体もすっきりとなって、冷静な思考が戻ってくると、次第に言いようのない後悔が襲ってきた…




ーーああああ!!

またやってしまった!!!



私を包み込むように抱きしめる、あり得ないほどの美貌をもつ黒髪の美男子が目の前にいた。



意識が平常に戻ると、急に心臓が早鐘を打ち始める。


それを気付かれたくなくて、慎重に離れる…も。



「…起きたのか。」


やはり、すぐに気付かれてしまった…


ローデリヒは、まだ目を瞑ったまま仰向けに寝転がる。


着崩した白いシャツから見えるきれいな鎖骨や乱れた黒髪の様子がとても色っぽくてドキドキしてしまう…



「あの…閣下のおかげで、昨夜はとてもぐっすり眠れました…。悪夢も見ませんでした。本当に本当にありがとうございました!!」


と、またしても深く深く頭を下げた。


ローデリヒは片目でリーゼラをチラッとだけ見ると

「もう頭は下げなくていい。またディルクに言われるぞ。」

と嗜められた。



「今回は俺もちゃんと眠れたから気にするな。」

と言って再び目を瞑った。



……ということは、前回は眠れなかったんですね!!

本当にすみません!!!


リーゼラは前回のことを思い返して、申し訳ない気持ちになる。



「だが、誰かと寝るのも思ったより悪くないものだな。」

ローデリヒは、そう言って目を瞑ったまま穏やかに微笑む。


その言葉と笑顔が心臓に悪くて、思わず顔が火照ってしまう…。




そこへディルクが突然入ってきた。


「トントン!失礼します!」


もはや口で言ってるわ、この人…



「興奮冷めやらぬ朝でしょうが、いかがお過ごしかと思いまして!」


興奮してるのはあなたでしょうが!!

心の中でつっこむリーゼラ。


それに対してローデリヒは、

「まだ興奮する朝を楽しみたいので邪魔しないでくれるか?」


と興奮どころか安らかな寝顔で言う。



「また平伏プレイですか?閣下もお好きですね〜!」


と、ローデリヒの適当な返答にノリノリで返すディルク。



…相変わらず、あのローデリヒに命知らずな応対だ…


…それはそうと…


「ディルク…昨日はどうもありがとうね、あなたのおかげで助かったわ。」


「怪我は大丈夫かしら?よかったら手当てをさせてもらえる?」



「怪我は全く問題ないですが…本当ですか!?」


そう言ったディルクは、素早く処置の為の一式を持ってきてリーゼラに手渡した。

「よろしくお願いします!」



「え、ええ…。でもここじゃなくて執務室で…」


「是非こちらでお願いします!」


「なぜベッドの上で…?」


「それは私の趣味です!!そういう状況にとても興奮するので!!!」


ディルクが目力を込めて言った。



「……あ、そう……」


リーゼラはそれ以上深く追求するのをやめた。




ーーー



ディルクをベッドに座らせ、顔の傷を水で洗い、薬草からの抽出物で消毒していき、少し深い傷にはガーゼを貼り付けた。


その様子をローデリヒが片目で見ていた。


「どうかしら…?」


「はい!女性に顔を触られるという行為は、この上ない幸せです!ありがとうございます!」



……えーと、怪我の様子を聞いたのだが。

まあ、特に問題はないということだろう。


そういうことにした。




「それにしても、昨日のリーゼラ様には驚かされましたよ!」


「リーゼラ様は剣技の心得があるのですね。どちらで習われたのですか?」



「へっ?ああ、独学でちょっと…」



「独学とは?」



「…本を読んで勉強したわ。」



「本…!?」



「ええ。」



「本…ですか……?」



「? え、ええ…」


何か変なことを言っただろうか…?

ディルクが呆気に取られて、こちらを見ている。

ローデリヒですら、瞑っていた目を見開いてこちらを見ている。



「し、失礼ですが、実戦のご経験は?」



「えっ?何回かはあるけど…。」



「何回か…!?」



「………。」

「………。」


二人の沈黙が耳に痛い。




「…それでよくあの中に飛び出して行きましたね…。」



「ええ…」



「…よく無傷で戻られましたね…」



「そうね…」




どうやら剣技を本だけで学ぶことは、相当おかしなことだったらしい。

二人の反応に戸惑っていると、たまらずローデリヒが笑い出した。




「くくく…はははっ!」


「さすが俺を投げ飛ばした女だ!」


「えっ!ロー様を!?」

ディルクが驚いている。



「…やはりお前は底が知れないな。」

そう言うローデリヒはとても楽しそうだった。


「…ありがとうございます…」

リーゼラは褒められている気がしなくて、服の裾をぎゅっと握りしめて恥ずかしそうに答えた。




ーーー





午前中はいつものようにローデリヒの執務を手伝い、午後は二人でやることがあるからと自由時間をもらえたので、リーゼラは屋敷内の図書室へ向かった。



探すのは、この瞳に関する文献だ。


この金色の輝きとは一体何なのか…



ローデリヒが知っていることからして、この屋敷の図書室にそれに関する本がある可能性は高い。


ここの図書室の蔵書数はもの凄い数だが、時間はたっぷりあるし、地道に探していけば見つかるのではないかと希望をもって探し始めた。



まずはこの国の歴史が書かれた文献などを読んでみよう…


そう思って、選んだ3冊を持って歩いていたら、不意に目の前が真っ暗になった。



一瞬何が起こったか分からなかったが、嗅ぎ慣れたにおいの主の名前を呼ぶ。


「フォルカー様…」



「やあ!僕のリーゼラ!」


リーゼラは不意に現れたフォルカーによって一瞬で横の壁に押し込められていた。

そして流れるように頬にキスをする。


…相変わらず、王子様のようなお顔立ちと振る舞いである。



「昨日は大変だったみたいだね。君が無事で本当によかったよ。」

やや垂れ目がちの黄色い瞳がリーゼラを真っ直ぐ見つめて優しく微笑む。


「ありがとうございます。」

それが本心だと分かるから、リーゼラもにっこり微笑んで返す。



「今日はどうしたの?」

そう言って、持っていた本に目をやる。



「あ、えっと…」


フォルカーもこの瞳のことは知っているようだった。

聞いてみようか…




「実は…昨日国王陛下に拝謁して、この瞳のことを言われたのですが…」


「!!」


「それで、あの…」


「…ごめんね、リーゼラ。」

フォルカーが遮るように言った。


「その件に関して、僕は力になれないよ。義兄上にも口止めされているんだ。」


え、ローデリヒに!?


「君を守るためでもある。知らない方がいい。」


私を…守る……?


何が何だか分からなかった。



「ついでに言うと、ここにある本をいくら探しても、その瞳についての記述はないと思うよ。これは一部の者だけしか知らない極秘事項だから。僕も本当に偶然耳にして知っただけだし。」



「……。」


「だから、調べるのはもうお止め。」


そう言って、子どもをあやすようにリーゼラの頭を優しく撫でた。



「……。」


知らないことが自分を守ることになるということは、知ること自体がとても危険ということだ。


昨日の盗賊に襲撃された件や以前の毒殺未遂もこの件に関わっているのかもしれない…


…そうなると尚のこと、この瞳に隠された秘密が気になった…


でも、あのローデリヒがそういうのなら、言う通りにしておいた方が良いのだろう…


押し黙って考えていたリーゼラを見てフォルカーは、

「あ!そうだ!」

と話題を変えた。



「ねえ!今度のカーニバルの仮面舞踏会、僕と一緒に参加しない?」


「仮面舞踏会…?」


そういえば、昨日国王陛下とローデリヒがその話をしていた。

ローデリヒは心底どうでも良さそうな顔をしていたが…



毎年、二の月に行われるカーニバルは、元は古代帝国の古代人達が春の到来を祝って始めたものらしい。


今は、5日間ほど教会の周りでお祭り騒ぎをした後に、自分の行いを懺悔して身代わり人形を燃やすという風習になっている。

宮廷では最終日に仮面舞踏会が催され、それには身分を隠して誰でも参加できることになっていた。


リーゼラは、この仮面舞踏会には今まで一度も参加したことがなかった。

宮廷舞踏会とは違い、誰が誰だか分からないので、公爵令嬢として王家へ挨拶をする必要もないので、リーゼラはいつも置いてきぼりだった。


その代わり街へ行き、街の人達とどんちゃん騒ぎを楽しんだりしていた。


アルトラント公爵領でのお祭りに参加もしてみたいが、やはり行ったことのない仮面舞踏会に、一度でいいから参加してみたかった。



「たぶん義兄上は今年もカーニバルには参加されないと思うんだよね。特にこういう類の騒ぎはお嫌いだから。」


それは…なんとなく分かる気がした…



「だから、ねぇ、いいでしょ?僕リーゼラと行きたいんだよ。」


フォルカーが首を傾げて、壁に手を置いたまま少し屈んで上目遣いでおねだりする。

甘え上手なフォルカーのそういう姿が女性の母性本能をくすぐるのかもしれない。


「私も…もし許されるなら行ってみたいです…!」


「やった!じゃあ早速、義兄上に聞いてみよう!」





ーーー




執務室へ行くとディルクはおらず、ローデリヒ一人で何か作業をしているようだった。



フォルカー達の話を聞いたローデリヒは、二人を見上げて

「いいだろう。」と不敵な笑みを浮かべた。


「あいにく俺は公務が忙しくて参加できないが、俺の大事な婚約者様だ、傷一つ付けてくれるなよ。」

ローデリヒはリーゼラを見ると、口元を上げて妖艶な笑みを見せた。


その顔の美しさと言ったらないが、

ローデリヒが「婚約者様」なんて呼ぶ時は、大抵ろくなことがないことをリーゼラは知っていた…



というか、大事な婚約者様ならご本人が一緒に参加すればいいのでは!?



そんな思いは、そっと心の中にしまっておく…




かくして、私はフォルカーと一緒に仮面舞踏会に参加することになったのだった。









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