表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/50

第29話「ディルクという人物②」

ーー彼のおかしな決心から20分もしないで、リーゼラは馬車の中にいた。



「………。」



半ば不可抗力だったが、前に地下牢を抜け出してカストランドへ行った際には、戻ってから本気でローデリヒに殺されかけたことを思い出し、改めて身震いする…


…もう帰らない方がいいかしら…



でも、私を何かに利用する目的のようだから、すぐに殺しはしないかもしれない…

逆に逃げた方が危険な気がする…



怯えるリーゼラに対して、うきうきと満面の笑顔を浮かべるディルク。


「ああ!久々の外の空気!感激です!!今日は久々に遊び倒しますよーー!!」



……なんか、さっきと言ってることが違うけど、大丈夫かしら?




この人、本当にローデリヒの秘書よね?


じゃないと、ただの変質者による誘拐になるのだが…



なんだかとても不安だ…




ーーー




ディルクの興奮も収まってきた頃、アルトラント公爵領の街の中心部に着いたようで、馬車を降りる。


さっと馬車を降りて、さり気なく笑顔で手を貸してくれる様は、とても素敵な男性のように見える。


…見えるだけだが。




降り立つと、中心に大きな噴水と大きな時計塔が立っており、その周りを囲むように店が並んでいた。

道はその噴水の広場を中心に放射状に広がっていて、どの道も広く造られていた。

道はレンガできれいに舗装されていて、すべての建物が新しかった。



「なんてきれいな街なの…!」


おもわずその景色に感嘆するリーゼラ。



「すごいですよね!この街は、ローデリヒ閣下が爵位を継いでから一番最初にに手をつけられた所で、我が公爵領で一番栄えている都市なんです。」


「雨でがたがたになっていた道を全て舗装し、敵の侵入に備えて放射状の広い道路に作り変えました。時計塔には常時見張りをつけて、異常時には鐘を鳴らして公爵家の見張りにまで伝えられるようになっております。」


それを聞いてリーゼラは背筋がぞっとした。


…それではまるで、ローデリヒが戦争のためにこの街を作り変えたみたいではないか…



「あの時計塔は、時計がまだ家庭に普及していない街の者達のために、塔の四面全てに大時計が配置されるよう、閣下の指示で作られました。機械仕掛けで、一時間おきに鐘が鳴るように作られております。あ、もちろん、夜中は鳴りませんよ!」



ローデリヒ閣下がそんなことを…



リーゼラがいたカストランドにも街の中心に噴水はあったが、その近くには、時計台ではなく教会があり、一時間おきに鐘を鳴らして時間を伝えていた。

ここでは、それよりも正確な時間が街の者達に伝えられる。


商人が多い街では、細かい時間が分かることは商売をする上で非常に重要である。

ローデリヒはそれを理解して、あの時計台を作ったのだろう。



まだ8時前ではあるが、この街ではそこかしこに人々が行き交い、とても栄えている街であることが分かる。



「朝食を食べる前に連れ出してしまったので、お腹が空きましたでしょう?朝食を提供している店もたくさんありますので案内しますね。付いて来てください。」


いろいろなものから解放されたであろうディルクは、つきものが取れたように爽やかな笑顔をこちらに向けた。


放射状になった道を迷うことなく進んでいく。



「この街に詳しいのね。」


「ええ、この街を造る際に何度も足を運びましたから。ちなみに、この街の道には、試行的に高い位置に標識を付けているんです。それは…」



「馬に乗った味方の騎士達が道を確認できる為かしら…?」



「その通り!さすがです。それから、街灯も兼ねています。道には全て物の名前が付けられており、看板にはその名前を示す絵も描かれています。それにより、文字の読めない女性や子どもでも道が分かるようにしているのです。」



…驚いた。


庶民の女性や子どもに配慮した街なんて、リーゼラは今まで聞いたことがなかった。目から鱗だった。


でもそこに配慮することで、迷い子などの困り事が減ったり、年寄りや異国の商人達にとっても住みやすい街となる。


「ローデリヒ様は、街の人々がより安全に活発に街を豊かにしていく為の施策をいくつも打ち出しています。あの方のおかげで街は生き返り、人々は活気を取り戻しました!」


自分のことのように嬉しそうに話すディルク。

ローデリヒの秘書として、一番近くで仕事に携わってきたからこその思いがあるのだろう。



再び敏腕秘書としての一面を見て、底辺にまで下がっていたディルクの評価を少し改めた。




ーーー




歩いていたディルクが、ある店の前で止まった。



「こちらのお店です。店の中でも食べられますが、天気も良いですし、よかったら散策がてら、街を歩きながら食べませんか?

〝リーゼ様”は食べ歩きはなさったことないかもしれませんが。」



私の名前はこちらの領で知る者はいないだろうが、念のために呼び名を変えたようだ。普段ふざけている癖に、こういう機転の利くところはさすがである。

奇しくもその名前は、自分がカストランドの街へ出掛けて行く際に使っていた名前と同じであった。



「大丈夫よ、食べ歩きは経験があるから。」


と答えると。



「ああ、やっぱりそうですか。」


と、ディルクがすかさず笑って答えた。



「リーゼ様って時々庶民のにおいがするから、街にもよく出入りしてたんじゃないかなって思ってました!」



…庶民のにおいって何よ…

あっさり見破られていたのは、なんか立場的に微妙だ…



まあ実際、公爵令嬢として生きてきたのは7才までで、その後の10年間は、ほぼ庶民として生きてきたようなものだから、あながち間違いではないのだが…

下手すると、庶民よりもワイルドな生活をしていた。



「実は、私もこの街出身でしてね。ローデリヒ様とは年が離れていますが、乳兄弟なんです。」



「! そうだったの…!」


初めて知る意外な事実に驚いた。



「ローデリヒ様は当時からとても優秀で見た目も麗しく、正しく神童と呼ばれるに相応しいお方でした。でも、真面目で堅物なのは当時から変わらずで、よく私が街に連れ出しては母に怒られていました。」


…ディルクも昔から変わってないのだな、とリーゼラは思った。



「では、お母様は今もこの街に?」


とリーゼラが聞くと、ディルクは途端に表情に影を落として、


「…いえ、随分前に亡くなりました。」

とだけ答えて淡く微笑んだ。



あまり触れられたくない話題なのだろうと思い、それ以上は踏み込まずに、ディルクから手渡されたライ麦のサンドイッチを頬張った。


サンドイッチには自家製の生野菜と手作りハムが入っていて美味しかった。

一緒に頼んだかぼちゃのポタージュは、出来立てで温かく、冷えた身体を温めてくれた。



リーゼラが美味しそうに食べている様子を見て、ディルクも安心したように微笑んだ。


「お気に召しましたか?」


「ええ!」



…こうやって黙っていれば、ディルクも相当に美形だ。

切長の濃げ茶色の目に整った高い鼻、細身の長身でスタイルも良い。左側だけ意図的に長めに伸ばした髪型も彼には良く似合っていた。


この街でも人気者なようで、街の女性という女性に次から次へと親しげに声をかけられていた。



…なんだか、フォルカーと街を一緒に歩いた時のことを思い出した…


そういうところは、二人とも似ているようだ。




ーーー



朝食を食べた後は、忘れられていたかと思っていたドレスの店にやってきた。


そこでもディルクは敏腕秘書としての力を発揮して、すごい速さでいろいろなドレスやら防寒具やら装飾品やらを選んで注文して行ったので、その速さにおもわず圧倒されてしまった。


…が、ドレスのセンスだけは奇抜だったので、色選びだけはこちらの意見を採用してもらった。



購入した物は全て屋敷に届けてもらう手筈を取り付け、既製品については本日中に届けてもらうことを約束した。



昼と夜の冬用のドレスをそれぞれ5着分と寝間着、コルセットやシュミーズなどの下着類、十分な防寒着類に、ドレスに合わせたアクセサリーや靴など、多数に上った。

きっとかなりの額になったに違いない。


嬉しかった反面、万が一屋敷を出る際に、これらをすべてお金で返せと言われたら返せるだろうかと、若干不安になったリーゼラであった。






ーーー




その後は、ディルクに案内してもらいながら、街の話をいろいろ聞かせてもらった。


ディルクは時々

「あー!仕事のこと考えなくていいなんて最高だー!休み万歳ー!」などと叫んでいた。


その時点で仕事のことを考えているとは言えなくもないが、とても嬉しそうなのでよしとしよう。


今朝の突飛な行動も、結果としてローデリヒの施策や街の様子を見ることができたので良かったと思う。


ディルクの別の一面も知ることができた。




そう感心を向けたディルクが次に颯爽と入って行ったのは、庶民向けの賭博場だった。



「………。」





ーーー




その後、昼から賭博場に入り浸り、日が暮れてきたら酒場をはしごして飲み歩いた。


ディルクは絶えず女性に囲まれていて、心底楽しそうだった。

同席してる私のことを聞かれると、決まって「俺の命より大事な人の未来の奥様だ」と話していた。


ディルクは本当に私とローデリヒを結婚させるつもりでいるらしい…


…でも、〝命より大事な人の未来の奥様”に今朝何をしたのよ、あんたは!とも思ったが。




「あーもう本当楽しい!休み最高!今日は朝まで帰らないぞー!!」

と最高に酔っ払ったディルクが叫ぶ。



「えっ!?」


それはとても困る…

街の人たちと飲み明かすのも楽しそうではあるが、流石に朝帰りはまずい。


いらぬ疑いをかけられそうだ。

相手がこのディルクだと尚のことだ…


リーゼラは顔を青くするが、それに気付いたのか、ディルクは、


「あ、もちろんリーゼ様は、先にお帰りいただいて結構ですよ!

もちろん朝までご一緒したいというのであれば、お止めしませんが。」


と言った。



ご一緒しない!ご一緒しない!

おもわず高速で頭を振る。



「ですよね〜!では、そろそろ馬車までお送りしますね。」


ようやく帰れることに安堵しつつ、一人で帰ってローデリヒと対峙しなければならない不安も湧き起こった。

できることなら、ディルクに矢面に立ってもらいたいのが本音だ…


リーゼラは訴えるようにディルクを見る。


「そんな怯えた小動物のような目をしないでください、襲いたくなってしまいます。…まあ、個人的には、強気な女性を上手いこと言いくるめて立場逆転させるシチュエーションが好みなのですが。」



いや、あなたの性的嗜好なんて聞いてません。



「ふぅ…困りましたねぇ。」


そう言いながら二人で酒場の外へ出ると、一番会ってはならない相手がそこに立っていた。



ああ…



「…ローデリヒ閣下…!」


頭がくらりとした。



「ロー様!どうしてここが分かったんですか?敢えていつもと違う店を選んだのに〜!」


相変わらず、ローデリヒの怒りをものともしない軽い返答だ。



「お前の行動なんて大体想像がつく。」


そう言うローデリヒの表情は険しい。

いや、険しいどころじゃなくて相当に恐ろしい。


リーゼラの酔いも一瞬で冷めた。




「全く…、せっかく今の仕事がひと段落ついたら、お前に長期休暇を与えようと思っていたのに。その話もしばらく先になりそうだな。」

そうローデリヒが話すと、


「嘘だー!またそうやって私を苦しめる嘘を…!!そんなこと全然考えてなかった癖にー!この悪魔!!」


とディルクが動揺して悶絶している。



その様子に満足したのか、今度はリーゼラの方へ向かって歩いてくる。


「ひっ…!」


「フォルカーの次は俺の秘書と逃亡か?本当に悪い婚約者様だな…」


いつぞやの記憶が蘇り、身体が震え上がる。

ローデリヒはそのまま近付いてリーゼラの腕を掴むと、ディルクに向かって


「こいつは連れて帰る。お前も明日の朝食までには必ず戻れ。今日一日で溜まった仕事をたくさん用意しといてやる。」

と言った。



思いもよらぬ返答で、リーゼラは目を丸くした。



ディルクは涙目で


「ローデリヒ様ぁ……っ!!」


と、目をキラキラさせている。



全力で感謝の気持ちを叫ぶディルクを尻目に、そのまま馬車までローデリヒに連れて行かれた。




ーーー




ガタゴト揺れる馬車の中で、二人きりで気まずく黙り込む。

時間がとても長く感じられた。


ローデリヒは向かいに座って、頬杖を付いてすっかり暗くなった窓の外を眺めている。



しばらくした後、リーゼラは決心して

「今日は勝手に部屋を抜け出して申し訳ありませんでした!」

と頭を下げて謝った。



…今朝に続いて、本日二度目の謝罪である…





ローデリヒはこちらに目は向けずに言った。


「…次は見張りの護衛二人も連れて行け。ディルクも相当の手練れだが、人数はいた方がいい。それと、ちゃんと行き先を報告しろ。殺されても責任がとれんぞ。」



「えっ…」




…それではまるで、私が危険な目に遭わないように心配してくれているみたいではないか…


またしても胸がどきっとしてしまう。


動揺しているのを気付かれないようにと、少々挙動不審になっていると、ローデリヒがボソリと


「この街はどうだった?」

と聞いてきた。



なので、リーゼラは素直に答えた。


「…とても素晴らしかったです。時計台や道の標識もすべてがそこに住まう人々のための優しい工夫がなされていました。働いている人達もみんな生き生きとしていました。食べ物も美味しくて、私もあの街に住んでみたいと思いました。」



「そうか…」


ローデリヒは感情の読めない表情で答えた。



ただ…



もし戦争を起こしてしまったら、せっかくきれいに整備し直したという街も全て破壊されてしまうだろう…

ローデリヒはこの街を戦火に巻き込むつもりなのだろうか。



その疑問は飲み込んだ。












お読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ