第27話「大失態」〜リーゼラ黒歴史〜
ーーリーゼラが見る夢は、いつも決まって暗い泥沼の中にいるような視界の悪い暗い世界で、息をするのも苦しくなるような恐ろしい悪夢ばかりだった。
夢を見ると、大抵いつも夜中の同じ時間帯に目が覚める。
泣いている時もあれば、自分のうめき声で目が覚める時もある。
快眠できるのは、疲れ果てて夢を見た記憶が残っていない時だけだった。
だけど、今日は珍しく心地よい…
空に浮かびながら温かいお湯に浸かっているような
ふわふわした幸せな気分だ…
これが死後の世界なのだろうか…?
だとしたら、死ぬのもなかなか悪くない…
ーーそう思いながらゆったりと目を開けると、目の前に壁があった…
温かい…
…
……ん?
壁だと思っていたのは、よく見ると男性の逞しい胸元だった。
!!?
思考が追いつかずに顔を上げると、片肘をついてリーゼラを見下ろす美しいローデリヒの顔が間近にあった。
「ひゃあぁぁっ!!!」
おもわずローデリヒを押し退けて飛び起きる!
ローデリヒは、昨日のはだけたシャツのまま上体を起こし、
気怠げに首を傾げている。
「…ようやく起きたか。」
「!? ななな!何するんですか!?」
手を出さないと言った昨日の今日で信じられない状況に陥っている。
少しでも心を許した自分を責めたリーゼラだった。
動揺するリーゼラには目をくれず
「安心しろ、何もしていない。」
と眠そうな目を掌で擦る。
「むしろ離さなかったのはお前の方だ。」
「!!?」
「昨日俺が離れようとする度に、お前が凄い力でしがみ付いてきたんだろう。」
「そんなまさか…!!」
…でも確かに微かな記憶で、ずっと何かを抱きしめていた感触があった。
それがまさかローデリヒの身体だったというの…!!?
リーゼラは全身の血が沸騰するように熱くなり、顔を真っ赤にしてベッドの上で平伏した!
「大っっ変!!失礼しましたっ!!!」
「ああ、おかげでかなり寝坊してしまった。」
「申し訳ありませんっ!!!」
なんという大失態っ!!
昨日あのまま寝てしまい、ここまでローデリヒに運んできてもらったのだ!なのにそれをローデリヒのせいにするとは…、穴があったら入りたいとは、このことだった…!
リーゼラはベッドに頭を擦り付けながら、恥ずかしさでぎゅっと目を瞑った。
「失礼しますっ!!」
その時、勢いよくディルクが入ってきた!
「ひゃあっ!!」
おもわずびっくりして声を上げる。
ローデリヒは特に慌てる様子もなく、
「夫婦の寝室にノックもなく入るとは失礼だぞ。」
と小さく欠伸をしながら、どうでも良さそうに言う。
…夫婦の寝室…?
気付けばここはリーゼラが過ごしていた夫人の寝室ではなかった。
大人3〜4人が優に寝られるくらいの広さの天蓋付ベッドのある部屋にいた。
「いえ、隣からリーゼラ様の大声が聞こえたものですから、経験の少ないローデリヒ様が乱暴でも働いたのかと…」
「あ、いえ!何らかの非常事態かと思いまして、失礼を承知で入らせて頂きました!決して自分が見たいとかいう興味本位で入ったわけではありません!!」
何やら興奮気味で、そこかしこに本音が漏れ出ているディルクをローデリヒが無言で鋭く睨む。
「…でも…!」
構わず続けるディルクは突然涙ぐむ…
「ロー様は、ちゃんと女性に興味があったんですね…、本当よかった…!…でもいきなり女性に平伏させるようなプレイはいただけませんよ、ちゃんと手順を踏んで頂かないと。後で女性のいろはを手取り足取りお教えしますね。」
ディルクは心の底から喜んでいるようだが、隣でローデリヒの殺意が増しているのが感じられてとても怖い…
「あ、あの…ディルク…?」
隣のローデリヒを恐れて、先に言葉を発するも、
「安心しろ、こいつには何もしていない。これから先も何もする予定はない。」
とローデリヒが言い切って、さっとベッドから降り、着崩れたシャツのボタンをはめ直した。
それを聞いたディルクは、顎が外れそうなほど口を開けて驚き、端正な顔立ちを大きく崩していた。
「女性と二人きりでベッドに入って…、何もしなかった…?」
ディルクにはとても信じられなかったようだ。
リーゼラの方を向いて確認するも、リーゼラが何度もこくこくと頷くので、その顔が益々青くなっていき、仕舞いには床にへたり込んでしまった。
「信じられない…!!何を考えているのですか、あなたは!!それでも男ですか!!」
床を叩きながら涙目で、自分のことのように悔しがる。
リーゼラからしたら、ディルクの過激な反応もなかなかに信じられないが…
ローデリヒはそんなディルクを一切気にすることなく
「仕事を始めるぞ」と死んだ顔をしたディルクを引き摺って、この部屋から去って行った。
……
…静まり返った広いベッドの上で一人、リーゼラは呆けた。
ーーお前に手も出さなければ、結婚もしないと約束するーー
昨夜のローデリヒの言葉は、彼の本心だったのだ…
寒さの中で自分の上着をかけ、自らで温めてくれたローデリヒの優しさと彼のぬくもりを思い出す。
ーー…お前は、俺の大事な者になってくれるなよーー
リーゼラは、彼の温かい言葉を胸に刻んだ…




