第1話「投獄」
――ガシャンッ!!
「悪いが、お前にはしばらくここで暮らしてもらう」
そう言いながら放り込まれたのは、今し方嫁ぐためにやってきた公爵家の離れの塔にある地下牢だった。
どうしてこんなことに…。
冷たい石の床に倒れ込んだ状態で、リーゼラはこちらを見下ろす青年を見やる。
白い肌に少し目にかかる艶やかな黒髪と青色の瞳、形の良い唇に長いまつ毛、整った鼻、そのすべてが絶妙に配置されており、人形のように整った美しい顔立ちをしていた。
だが、その美しい瞳は恐ろしいほど冷え切っていて、リーゼラを貫くように見据えている。
私の婚約者となる予定だったアルトラント公爵のローデリヒ様だ。
「待ってください!私はあなたの弟君を殺してはいません!!」
固く施錠された鉄格子を握りしめて必死に反論を試みる。
「ならばなぜ、あなたが毒薬や弟君の遺品をお持ちなのですか?これはあなたが弟君を毒殺したという確かな証拠です。見苦しい言い訳はおやめください。」
「誤解です!!私はそのような品を持ってきた覚えはありません!」
私の必死の反論も虚しく、執事らしき男に一蹴されてしまう。
――そうなのだ。
私は公爵家に婚約者として嫁いできたその日に、あろうことか婚約者の弟君を毒殺した疑惑をかけられて、この地下牢に放り込まれてしまったのだ。
執事の話によると、私が持ってきた数少ない荷物の中には、毒薬と公爵の弟君の遺品が入っていたらしい。
もちろん、私には全く身に覚えがない。
私と執事のやりとりを静観していたローデリヒが口を開く。
「弟の遺品を持っている以上、無関係ではないだろう。調べれば分かることだ。」
「判断が下るまでは、ここを勝手に出ることは許さない。」
……勝手にも何も、頑丈な鍵がかけられているので、出ることは出来ないのだが……
瞳に静かな怒りを宿したローデリヒの表情から、逃げ出したら命がないことは優に理解できた。
「…ですが!!」
尚も食い下がろうとする私に、ローデリヒが膝をついて鉄格子ごしに右手で私の口を塞いだ。
「!!」
間近でローデリヒと目が合う。
ローデリヒの瞳は深い湖のような青い色をしているが、その中心が細かな宝石をいくつも嵌め込んだように金色に美しく光っているという特殊な目をしていた。
ランタンのゆらめきに、その金色の輝きが宝石のようにキラキラと光る。
なんて美しいの…
リーゼラは、こんな状況にも関わらず、一瞬ローデリヒの瞳に釘付けになった。
こんな瞳、初めて見た…
それでいて、どこかで見たり聞いたりしたことがあるような、懐かしい感覚にも襲われた…。
「呆けた顔をしているな。この状況が分かっているのか?」
ローデリヒが殺気を放ったまま不敵に笑う。
「!!」
まさかこんな状況であなたに見惚れてましたなんて言える訳がなくて、内心冷や汗をかく。
当のローデリヒは、その美しい瞳で私を刺すように見る。
…と言っても私の顔は訳あって前髪で隠れていて見えないのだが…
それでもはっきりと両目を睨み付けられているような感覚がある。
ローデリヒの怒りが体中から湧き出ているのを感じる。
下手なことを言ったら直ちに殺されてしまいそうだ。
口を塞いだ手に力が篭る。
美しい顔立ちとはうらはらに、手は大きくゴツゴツしていた。
この背筋の凍るような殺気といい、相当鍛錬を積んでいる者のようだ。
只者ではないことは心臓を激しく鳴らす本能が察知していた。
恐らく殺されたというローデリヒの弟君は、今し方殺されたのだろう。
ここへ初めてやって来たばかりの私が疑われるくらいだ。
そのことへの動揺と怒りの矛先がすべて私に向けられている。
人から憎しみの感情を向けられることには慣れているが、ローデリヒのそれは今まで感じたことがないほど恐ろしくて、おもわず身体が震え上がる。今すぐ逃げろと本能が警鐘を鳴らしている。
そんな美しくも恐ろしい顔をしたローデリヒは、ゆっくりと私の顔を引き寄せて、鉄格子越しに極々小さな声で囁いた。
「…お前もあいつの手下なのか…?」
???
あいつの手下…?
あいつって誰…?
内心小首を傾げる。
だが、口を塞がれていて答えることは出来なかった。
恐らく口に出すなと暗に言っているのだろう。
リーゼラは黙ってローデリヒを見つめ返した。
ローデリヒは、リーゼラをじっと観察した後、やがてゆっくりと手を離して立ち上がった。
「まあ、調べれば分かることだ。違うというのなら堂々としていることだな。」
そう言いつつも、依然として只ならぬ殺気は私に注がれていた。
もはや反論は逆効果にしかならないと悟ったリーゼラは観念した。
「……分かりました。私の人生は、これから一からやり直すつもりでおりましたので、ここで死ぬわけにはまいりません。是非公正なご判断をお願い致します。」
そう言って、恭しくカーテシーをして見せた。
……せっかくあの地獄のような家から抜け出して来たのだ…
ここで終わるわけにはいかない…!
スカートを摘む指に力が入る。
公爵は冷たく鋭い視線を緩めることなく、それ以上は何も言わずに背を向けて去っていった。
――ああ、どうしてこんな事に…
一人になった地下牢で頭を抱える…
公爵令嬢として育った私が、これからしばらく地下牢で生活するなんて…!!
――特に何も問題はないけれど…
あはは…と
リーゼラは、人知れず自虐的な笑みを浮かべた。




