第百三十二話:発表がある町
論文を全部読んでみたけど、まあ、変なことは書かれていなかった。
流石に、すべての魔法陣について説明するほどではなかったけど、それでも、基本的なボール系魔法とかウェポン系魔法だとか、そう言った魔法の使い方は事細かに書かれていて、私でさえ感覚でやっている部分も丁寧に書かれていたので、論文としては満点だろう。
「かなり詳しくまとめられてますね」
「お褒めにあずかり恐悦至極です。何か変更したらいい場所はありますか?」
「特にはないです。私が教えるより詳しいんじゃないですか?」
「いえいえ、ハク殿の教えに勝るものはありませんよ」
論文を褒められたからか、ルシエルさんは上機嫌である。
それにしても、論文の発表ってどうやるんだろう?
あちらの世界では、パワーポイントとかを使って説明するけど、流石にそれを魔道具で再現することは難しいし、普通に口頭でってことなんだろうか。
あるいは、この論文を書き写して、それを渡して読んでもらうとか?
「発表に関しては、スクリーンの魔道具と、拡声の魔道具を用いて行います。発表会に集まるのは、他の著名な研究者はもちろん、出資してくれる貴族や将来有望な学生なども含まれますね」
「結構本格的ですね」
パワーポイントとまではいかなくても、広い会場でスクリーンに資料を映して発表するってわけだね。
私が発表しろと言うならともかく、ルシエルさんが発表しているところについて行くだけだったら、そこまで苦ではないかな。
「発表会はいつなんですか?」
「例年通りなら9月には開催されるかと」
「おや、案外近いですね」
今は8月だから、あと一月もない。
これ、ルシエルさんがきちんと論文を作っていたから何とかなるけど、そうでなかったら絶対間に合わないよね。
ルシエルさんも、私が受けてくれるかどうかもわからないのに、よくこんな分厚い論文を作ったものだ。
まあ、それだけ情熱があったってことなんだろうけど。
「正直、今から出発しても間に合わないので、今回が無理なら来年に、とも思っているんですが」
「そんなに遠いんですか?」
「はい。パトロム王国にある、ロードレスと言う学園都市なのですが、ご存じありますか?」
「ご存知ないですね」
ルシエルさんが言うには、そのパトロム王国と言うのは、大陸の西の方にある大国の一つらしい。
新しいものを取り入れようという姿勢が強く、魔法学会についても、パトロム王国の主導の下、設立された団体のようだ。
そして、ローゼリア森国の建国に手を貸した国の一つでもあるらしい。
ローゼリア森国と言えば、学生時代に対抗試合でその国の魔法学園と戦ったことがある。
あの時は、色々と手を焼かされたけど、あれからどうなっただろうか。
族長の娘であるアリスさんはアルトとも交流があるはずだけど、全く話を聞かないなぁ。
「パトロム王国との間には大きな山脈が通っていて、馬車で行くにはその山を越えなければならないのですが、かなり急な道となっていますので危険が多く、基本的には迂回路を使うことが多いです。ただ、その場合は、一か月半はかかるかと……」
「なるほど、それじゃあ間に合いませんね」
「はい。山道を突っ切るなら間に合うかもしれませんが、道も整備されておりませんし、滑落の危険もあります。流石に、ハク殿をそんな危ない場所には連れて行けません」
「まあ……」
多分だけど、私だけなら何とかなる気がしないでもない。
そもそも、竜の姿になって飛んでいけば、ルートなんて関係なく直線距離で進めるわけで、その場合は一ヶ月どころか一週間も経たずに着けそうな気がする。
一応、ルシエルさんは私が竜であることは知っているし、望むなら乗せて行ってもいいんだけど……それは流石に優遇しすぎだろうか。
いや、別に私の背中に乗せることを特別扱いしているという風に捉えているわけじゃないけど、着地場所の問題もあるし、あんまり不用意に竜の姿にはならない方がいい気もする。
特に今は、神力がとんでもないことになっている影響で、竜の姿になるとそれらを解放してしまいそうだからね。
エルはともかく、ルシエルさんは威圧で気絶してしまいそうだ。
まあ、そもそも今のルシエルさんを見る限り、私が竜の姿になれることを忘れてそうだけど。
「ですので、来年力を貸していただければと」
「うーん……」
確かに、積極的に発表会に関わりたいわけじゃないし、それでもいいんだけど、それはそれで来年に面倒事を残すことになりかねない。
それに、今は一応学会に興味が出てきたところなのに、来年になってしまったら絶対に冷めてると思うし、行くなら今がいい。
竜の姿で送って行ってもいいけど……まあ、一応現実的な範囲で間に合う手段があるなら、それを使って行けばいいでしょう。
「いえ、行きましょう」
「え? いや、しかし、今からでは時間が……」
「間に合うルートはあるんでしょう? それに、多分来年まで待ってたら、私のやる気がなくなります」
「そ、それは……そうですね」
ルシエルさんだって、私がそんなに乗り気でないことくらいわかっているだろう。
私がこうして受けたのは、あくまでルシエルさんが友人の一人であり、その願いを無碍にしたくないからだ。
ほんのちょっと時間を使うだけだったら問題ないけど、その使う予定が来年なんてなったら、絶対に面倒なことになる。
それに、ルシエルさんだって、こうして発表したくてうずうずしているのに、さらに一年も待たせたらどうなるかわからない。
こうなってしまったのは、私が出向くのが遅れたせいでもある。であるなら、多少の無茶は通さないといけないだろう。
「しかし、どうやって行くのですか? 出現する魔物などはどうにかできるでしょうが、悪路に馬と馬車が持つかどうか……」
「それに関しては、こちらで何とかしてみます。とりあえず、馬は用意するので、馬車をお願いできますか?」
「馬車だけですか? それは構いませんが、何か当てがあるので?」
「一応。まあ、うまく行くわからないので、行かなかったらその時は何とかします」
「は、はぁ……」
今回の道中は、碌に整備されていない山道を走ることになる。
そのためには、頑丈な馬と馬車が必要になってくるだろう。
しかし、馬車の方はともかく、馬の方は頑丈と言っても限度がある。
どんな名馬だって、重いもの背負って悪路を走っていればどこかで力尽きてしまうだろう。
そりゃ、適度に休ませながら、安全に進んでいくならそれでも何とかなるかもしれないけど、今回はそこまで時間もない。
9月のどのあたりで開催するのかはわからないが、仮に頭の方だったとすると、あと1か月もない。
いくらその道を通れば時間短縮できるとは言っても、それは普通に進んだ場合だろうし、通常よりも遅く進んでいったら迂回するのとそう変わりはないだろう。
だから、できるだけ早く抜ける必要がある。そのためには、疲れない馬が必要だ。
「どうするつもりなんですか?」
「ちょっとね。まあ、戻ったらエルにも手伝ってもらうから」
「それは、構いませんが」
疲れない馬に関してだけど、少しだけ案がある。
と言っても、ただの妄想レベルのものだし、本当にできるかどうかはわからない。
だけど、もしできるなら、ロマンがあっていいよねって感じ。
私は内心で少しほくそ笑みながら、案を練り上げた。
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