第六百九十六話:寝ている人
インリーズ邸は結構大きな屋敷だった。
儲けているのは昔も今も変わらないらしい。多分、今も商人として活動しているんじゃないだろうか。
十数代も続いているだろうに、未だに衰え知らずなのは普通に凄いと思う。
よほど商売の才能があるのか、それとも裏ではあくどいことをやっているのか。
調査する以上は後者であった方が後腐れがないけど、果たしてどっちだろうね。
「見張りもちゃんと仕事してるっぽい」
王都は結構治安がいいから、警備を巡回の兵士に任せて適当に仕事をしている人も中にはいるみたいだけど、見た限りではこの家の見張りはちゃんと仕事をしているようだ。
やっぱり、商人だから盗みの可能性は常に考慮しているのだろうか。これはこっそり入り込むのは難しそうだよね。
「まあ、多分隠密魔法を使えば行ける気がしないでもないけど」
ちゃんと見張りはしているが、それはあくまで視界に頼ったものである。
ある程度の実力者であれば、隠密魔法を使っていても何となく気配を察することはできるかもしれないが、あの見張り達は冒険者で言うなら行ってもせいぜいCランク程度。通常の強盗とかに対してはそれなりに戦えるかもしれないが、暗殺者とか相手には無力と言えよう。
まあ、そこまで警戒するのは王族とか公爵家とかくらいだから当然っちゃ当然かもしれないけどね。
「精霊達はうまくやってるかな……」
隠密魔法すら見破れない連中なのだから、精霊が入ってきたところで気づかないだろうけど、ちゃんと情報を入手してくれるかどうかは微妙である。
まあ、だめで元々だし別にいいんだけどね。でも、もし潜入するとしたら精霊達の報告を聞いてからにしたいところ。
シュナさんがいる部屋がわかれば、今の状況を知ることくらいはできるだろうしね。
「外から見た限りだと、普通の貴族家の屋敷って感じしかないなぁ」
一応隠密魔法を使い、少し離れた場所で窓から中を覗いたりしてみたが、普通にメイドや執事がいて、普通に仕事をしている風だった。
悪徳貴族よろしく使用人に対して体罰を与えているとか考えたけど、見た限りでは傷のようなものは見られないし、表情も特に暗くはない。それどころか、メイド同士で楽しく談笑する場面もあった。
これは、本気でただの義理堅い貴族かもしれないね。
「……うん?」
と、その時、不意に頭の中にとある思念が浮かんできた。
帰ってきた、とか見てきた、とか、どうやら精霊達が帰ってきたようである。
まだあれから一時間ちょっとしか経っていないのに随分と早いな。
まあ、早いことに越したことはないけれど。
『お帰り。どうだった?』
さっそく報告を聞いてみるが、まあいろんな気持ちが矢継ぎ早に伝わってきた。
魔力が少なくてつまらない、とか果物がおいしそうだった、とかみんな綺麗な人だった、とか、おおよそ役に立たないような情報ばかり。
ほんとに行って見てきただけっぽいね。私の言ったことを聞いていなかったんだろうか。
いや、精霊にそんなこと言っても仕方ないか。そもそも、何の対価もなく頼むような内容じゃないしね。
『シュナさんはいた?』
それでも、一応聞いてみる。
精霊がシュナさんを理解できるかどうかがまずわからないが、一応聞いておかないと送り出した意味がない。
すると、何人かの精霊から家の中にいる人達の情報が出てきた。
廊下を掃除する人、本を読んでる人、食器を洗う人。その多くは家にいても不思議ではない普通の人達ばかりだが、一つだけ聞き逃せない人がいた。
地下で寝てる人。
シュナさんは呪いによって目覚めることのない眠りについていると聞いている。すなわち、寝ている人というのはシュナさんである可能性が高い。
しかも、地下ときた。貴族家の屋敷は色々と物を買うからそれをしまうために地下に倉庫を作る人は多いが、それ以外の目的で作る人はあまりいない。
たまに物好きな貴族が研究室だとか工房だとかを作ることはあるが、商人貴族であるインリーズ家がそういうものを作るとは考えにくい。
それなのに、人を寝かせるには不向きそうな地下に寝ている人がいる。これは明らかに怪しいポイントだった。
「これは、突入もやむなしかなぁ」
私としては、シュナさんがちゃんと丁重に扱われていて、呪いを解くために奔走しているというのならそれをシュリさんに報告するだけで済ませようかと思っていたけど、地下に寝かされているとなるとちょっと犯罪の臭いがする。
いや、呪いが移らないようにあえて地下に寝かせているという可能性はあるけど、だとしても気になる。
実際に自分の目で確認して、明らかに不当な扱いを受けているというのなら救い出すことも視野に入れなくては。
「結局、潜入する羽目になるんだねぇ」
私の考えすぎかもしれないが、14年もの間、一人の人間を預かって、そして一度も家族に会わせないというのは怪しすぎる要素だ。
もしかしたらすでに死んでいて、それを隠しているという可能性すらある。
もしそうならそれをシュリさんに伝えるのはちょっとつらいが、いつまでも心配し続けるよりはましだろう。
シュリさんのためにも、きちんと真実を明らかにしなくてはならない。
「とりあえず、まずは準備しないと」
私はひとまず帰宅し、夜に忍び込むことにした。
夜なら、多少問題が起きてもごまかしがききやすい。最悪、私の姿さえ見られなければどうとでもなるだろう。
私は念のためエルにこのことを伝え、いざという時の隠蔽を任せた。
「それは構いませんが、一ついいですか?」
「なに?」
「そんなことやってる暇あります?」
「うっ……」
確かに、今は卒業研究の真っ最中。授業間の空き時間や放課後の時間を使ってちょくちょく進めてはいるが、まだ色々調べたいことは多い。
それなのに、ただでさえ少ない時間をこんなことに費やしていていいのかと私も思う。
でも、卒業研究は最悪留年すればまたやり直せるけど、シュリさんの問題はこの機を逃したら取り返しがつかなくなる可能性もある。
いや、14年も経っているのに今更どうにかなるのかという話ではあるけど、聞いた以上は私だって気になるというものだ。
私は興味のあることは調べないと気が済まない質だ。単純に心配なのもあるが、ここで調べなければ卒業研究なんてそれこそ手につかないだろう。
だから、これは仕方のないことなのである。うん、そうなのだ。
「まあ、私はハクお嬢様が楽しければそれで構いませんが」
「あ、ありがとう……」
「私もそれなりに忙しいですが、ハクお嬢様の頼みとあらば喜んで力を貸しますよ」
そういえば、エルも卒業研究遅れてるんだよね……。
そう考えると、私の我儘のために付き合わせてしまうのはちょっと申し訳ない。
サリアに頼んだ方がよかったかな。あっちは一応暗殺者が本業だったわけだし。
それかアリアに頼むかだね。
ま、まあ、とにかくこれで準備は整った。後は乗り込むだけである。
「私の想像しているようなことじゃなければいいんだけど……」
最悪はシュナさんがすでに死んでいる可能性。あるいは、呪いを解くと称して監禁している可能性だ。
寝ている人というのはもしかしたら死体という可能性もあるわけだし、それは一番考えたくない可能性である。
できることなら、無事で発見し、シュリさんと会わせてあげたいなと思った。
感想ありがとうございます。
 




