第六百九十五話:精霊の言葉
翌日、シルヴィア達にそれとなく聞いてみたら、案外すんなり情報は出てきた。
ノイマン・フォン・インリーズ。昔、オルフェス魔法学園の設立時に資金援助をしたことによって貴族に取り立てられた元商人の家らしい。
当時としてはかなり儲けていたらしく、その後もことあるごとに資金援助をしていたことからどんどん陞爵していき、領地まで与えられたのだとか。
魔法学園創設時からの貴族ということはかなりの古参だろう。しかし、商人から貴族になった、いわゆる成り上がり貴族というのが気になる。
「うーん、どうなんだろう」
昔の呪いは、相手に約束を守らせるための契約だったと聞く。
元商人ならば、契約として呪いを行使していたとしても何ら不思議はない。
かなり儲けていたようだし、強力な契約である呪いはある意味で必須のものだっただろう。であれば、呪いについて詳しいのも頷ける。
ただ、呪いは本来呪術師が行うものだった。
呪いについての知識は持っていたかもしれないが、それを実際にやっていたかと言われると微妙なところである。
だから、家に呪いに関する資料が残っているかと言われたらうーんと言わざるを得ない。
まあ、残っている可能性もなくはないけど、それならやはり何か進展があってもいいような気がする。
14年って相当だよ? 普通なら、もう諦めていてもいい頃である。
「やっぱり、行ってみるのが一番早いかな」
インリーズ伯爵はこの王都に住んでいる。であれば、忍び込んで調べたほうが楽だろう。
ただ、普通に犯罪なんだよなぁ……。
こういうのは暗殺者とかがやるものであって、私がやるようなことではない。
いやまあ、隠密魔法も変身魔法も使えるのだから私でも同じようなことはできるだろうけど、現段階ではただ義理堅い貴族っていう可能性もある。
いきなり出向くのはちょっと問題があるかな。
「せめて悪い噂でもあればそれを大義名分にできるけど」
ひとまず、インリーズ伯爵家の周りを調べてみようか。
……いや、待てよ?
「別に忍び込まなくても、精霊に聞けば解決しそうな気がする」
精霊は人の多い場所にもたくさん存在する。というか、アリアによると私の周りには常に何十という精霊がいるらしいし。
私は忍び込めば見つかる可能性もあるが、精霊なら100パーセント絶対にばれない。
偶然その屋敷に入った精霊から話を聞くだけなら、私の罪悪感も多少は薄れるし、割といいんじゃないだろうか?
「問題は精霊と会話ができるかどうかだけど……」
妖精の場合、喋れる者はたくさんいるが、精霊の場合だと一気に喋れる者は少なくなる。
精霊には精霊なりの会話方法があり、私達が普段やっているような声を発する会話はあまりやらないわけだ。
まあ、ミホさんやお母さんのように喋る精霊もいるけど、そういうのはかなり稀である。
だから、この方法を試すならまずは精霊の言葉を理解できるようにならないといけないのだ。
「ねぇ、アリア。精霊の言葉ってどうすれば理解できると思う?」
『うーん、正直私もよくわからない。精霊って、上級精霊でもない限り会話というよりは思念の飛ばしあいだし、こっちが理解できる言葉を話しているのは少数だと思うよ?』
「あ、そうなんだ。でも、お母さんは精霊から色々聞いて情報を得ているんだよね?」
『それはリュミナリア様が特別なだけ。集まってくる精霊の言葉をすべて聞いて、それを意味ある言葉に直しているんだよ。まあ、ハクもリュミナリア様の娘なんだから、意識したら多少は聞き取れるかもしれないけど』
お母さんの情報収集能力は異常だ。この世界のことであれば、大抵のことは調べられるんじゃないかと思う。
でも、その裏には数ある精霊の言葉を精査してちゃんとした情報に直す作業をやっているからだったんだね。
単純に話を聞いてそれを言っているだけかと思っていたけど、どうやらそういうわけではないらしい。流石お母さん。
「うーん、とりあえず、聞き取れるか試してみようか」
私は意識を集中させて精霊の言葉に耳を傾けようとする。
目を閉じると、周囲にいる精霊の気配がよくわかった。
私の周りを楽しそうに飛び回って、とても生き生きしている。
さて、肝心の言葉だけど……一応、なんとなく何か言っているのは聞き取れた。
ただ、それは言葉というよりは、気持ちの表れだろうか。
例えば、お腹すいた、だとか、髪が綺麗、だとかそう言った精霊の気持ちが伝わってくるような気がする。
恐らく、これが今精霊が考えていることなんだろう。一応、そういう感情があるんだなくらいは伝わった。
『私の周りにいる精霊達、聞こえるかな?』
試しに、こちらから【念話】を送ってみる。すると、多少伝わってくる内容が変化した。
それは、話しかけてくれた、とか綺麗な声、とかそういうものである。
一応、私の声は届いているようだが、これは会話できるんだろうか?
とりあえず、要件を話してみる。
『あのね、私は今インリーズ伯爵という人のことを調べようとしているの。何か知っていることはない?』
そう聞いてみると、知らない、とかなにそれ、とかそういう思念が伝わってきた。
一応会話はできるらしい。これなら、もしかしたら調査してきてくれるかも。
『それじゃあ、その人の家に行って、シュリさんのお姉さん、シュナさんのことについて調べてきてくれないかな』
ダメ元で聞いてみたが、精霊達からはいいよ、とか任せて、という気持ちが伝わってきた。
これなら、私が出向かなくても色々調べられそうだね。
『頼んだよ』
そう言うと、何人かの精霊達が離れていった気配がした。
場所とか伝えてないけど、わかるのかな? まあ、わからなかったらまた聞きに来てくれるだろう。とりあえず、帰ってくるまで待つことにする。
「なんか、一応伝わったみたい?」
『流石ハクだね。精霊の言葉を理解できるだけでなく指示まで出せるなんて』
「まあ、これはお母さんのおかげだと思うけどね」
私が精霊でなければ、もっと言えばお母さんの娘でなければこんなにあっさり言うことを聞いてはくれなかっただろう。
お母さんの威光に感謝だね。
『それじゃあ、調査は精霊に任せるの?』
「いや、一応私の方でもできる範囲で調べてみようかと」
私はこれでも忙しい身である。できることなら精霊に任せたいところだけど、流石に精霊に任せっぱなしというのもちょっと怖い。
精霊は気まぐれと聞くし、もしかしたら私の指示を忘れて何も調べずに戻ってくる可能性だってあるわけだしね。
うまく使えればかなり便利かもしれないけど、私はまだ使いこなすには早いようだ。
「すんなりわかるといいんだけど」
あんまり長引くようだとミスティアさんの約束である11月中旬までに研究室に戻れない。
あんまり長引くようだとシュリさんとの約束も中途半端になってしまうし、できることならすっとわかってほしいところだ。
そのためにも、私が動くのは当然のことである。シュリさんも早く安心させてあげたいしね。
私は気を引き締めると、教えてもらったインリーズ家へと向かうのだった。
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