第六百九十四話:目覚めぬ呪い
「……ごめんなさい、恥ずかしいところを見せてしまいました」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
しばらくして泣き止んだシュリさんは少し顔を赤らめながらそう言った。
まあ、シュリさんも色々ため込んでいたんだろうし、それを笑うことはない。
一応、周囲に音を遮断する結界を張っておいたので誰かに聞かれたということもないだろう。探知魔法を見ても周囲には人はいなかったようだし、このことが誰かに漏れることはないと思う。
まあ、アリアは普通にいるから見られちゃっただろうけどね。エルは卒業研究の関係で今は別行動だけど。
「それで、何があったんですか?」
「……はい、実は、こういうことがありまして……」
そう言って、シュリさんは悩みの種を打ち明けてくれた。
シュリさんにはどうやら姉がいるらしい。ただ、姉と言っても会ったことはなく、両親からはシュリさんが幼い頃に死んだと教えられていたようだった。
しかし、三年生の時、春休みの帰省中に偶然両親の話を聞いてしまい、それは偽りであることに気が付いた。両親を問いただしてみると、姉は死んだのではなく、呪いで決して目覚めぬ眠りに落ちてしまったのだという。
最初はただ眠っているだけかと思っていたが、二日経っても三日経っても一向に目覚めることがなく、医者に診せて見ても症状がはっきりしない。
そこで、知り合いに頼んで看破魔法を使ってもらったところ、呪いであるということが発覚し、急いで教会へと運ばれたようだ。
しかし、相当強力な呪いなのか、教会でもその呪いを解くことはできず、結局姉は目覚めないまま。
困った両親は一縷の望みをかけて呪いのことも知っている上級貴族に姉を預け、現在も呪いを解くために奮闘中、ということらしかった。
「なるほど、それで呪いについて調べてたんですね」
「はい。呪いが解ければ、姉を助けられると思って……」
呪いによって目覚めることがないお姉さんを助けるために色々調べていたというわけか。
しかも、三年生の頃に発覚したということはそれから三年もの間調べていたということになる。
まあ、呪いはすでに禁術の類だし、呪いについての詳しい書物とかはほとんど破棄されてしまっているから調べるのはほぼ不可能だっただろうけど。
もし、呪いについて調べられるとしたら、それこそ大昔に呪いの知識を持っていて、それを未だに大事に保管している上級貴族くらいなものだ。
そう考えると、上級貴族にお姉さんを任せたのはいい選択だったかもしれないね。
「お姉さんはいつから預けられているんですか?」
「私が2歳の頃ですから、もう14年も前になります。両親も何度か確認を取っているみたいですけど、まだ呪いは解けてないと言われるばかりで……」
「14年も? それはちょっとおかしいんじゃ……」
呪いの解呪は結構難しい。
通常の方法だと、浄化魔法という魔法を使って、数人が何時間もかけて行うものである。
当然、呪いの強度が高ければ高いほど時間はかかるので、丸一日を超えるようなものだったら通常の方法では解呪はとても難しいだろう。魔力だって持たないだろうしね。
もちろん、それは今知られているものであって、呪いに詳しい古参の貴族であれば別の解き方も知っているかもしれないが、14年もの間解けていないということは、少なくとも今現在は呪いの解き方がわかっていないということである。
普通、10年単位の時間をただの知り合いの娘のために使うだろうか?
いや、それほど義理堅く、心優しい貴族なのかもしれないけど、それなら多少なりとも糸口を掴めてもいい気はする。そうでなくても、自分には無理だとか、あるいは全力で頑張るから、などと慰めの言葉をかけるのが普通ではないだろうか。
「最近、お姉さんに会ったことは?」
「ないです。行っても、いつもまだ解けていないと言われるばかりで、会わせてもらうことすらできません。なんでも、強力な呪いだから、あまり近寄ると私達まで同じ呪いにかかってしまうかもしれないからと」
「ふむ……」
確かに、呪いの中でもアンデッドなどから受ける呪いは攻撃されたり触れられたりすることによって移るものもある。
ただ、そういう呪いはそのアンデッドの怨嗟などによって生み出されるものであって、普通の呪いとは少し違う。
人の手でかけられた呪いであれば、近くにいた程度で呪いが移ることはない。もしそうだとしたら、呪いなんてとてもじゃないけど扱えないだろうから。
そもそも、お姉さんがなぜ呪いを受けたのかというのも気になる。
シュリさんの両親によれば、お姉さんは当時5歳。普通に考えて、魔物から呪いを移されたのであればそのまま殺されている可能性が高いし、そもそも貴族であるシュリさんの家が我が子を魔物の危険に晒されるような場所へ連れていくとは考えにくい。
いや、ないことはないかもしれないけど、5歳なら移動の際は基本的に両親も一緒だっただろうし、両親も呪いにかかっていなければ辻褄が合わない。
人にかけられたのだとしたら、それはお姉さんを狙ったものである可能性がある。
シュリさんはどうやらお姉さんはたまたま呪いにかかったと思っているようだけど、どう考えても故意にやられた可能性の方が高いよね。
「……ちょっと、詳しく調べてみたほうがいいかもしれません」
「え?」
「シュリさん、知っている限りでいいのでいくつか教えてくれませんか? もしかしたら、お姉さんは何かの事件に巻き込まれている可能性があります」
「事件?」
私の考察としては、そのお姉さんを預かったという貴族家が怪しい。
近くにいたら呪われるかもしれないと言っているのなら、なぜ手元に置いたままなのかという話だしね。
シュリさんの家とよほど仲がいいというならまだわかるけど、話を聞いている限りそういうわけでもなさそうだし、何か恩を売っていたというわけでもない。
14年もの間、呪いが解けないからと突き放し続けているのはなぜなのか、調べる価値はあると思う。
「とりあえずその貴族家の場所を教えてほしいです」
「わ、わかりました。えっと、インリーズ伯爵という貴族で、場所は……」
どうやら、そのインリーズ伯爵とやらはここから東に少し行ったところに領地を持っており、現在は領地運営を息子に任せ、王都の別邸で暮らしているらしい。
シュリさんの両親がお姉さんを預けたのはその別邸で、インリーズ伯爵本人から、任せろと言われたようだ。
インリーズ伯爵ね。聞いたことはないけど、いったいどういう貴族なんだろうか。
今の時点だとまだ材料が足りないね。
「あの、もしかして手伝ってくれるんですか?」
「もちろん。ここまで話を聞いた以上、放っておくわけにはいきませんしね」
「で、でも、ハクさんには関係のない話ですし……」
「関係なくても、シュリさんのそんな顔見たら放っておけませんよ」
シュリさんは私に迷惑がかかることを恐れているようである。
元々、それで思い詰めていたようだし、私の手を煩わせるのが嫌なんだろう。
でも、話してくれたってことは希望を持っているということだ。
私なら助けてくれるかもしれないと思ったからこそ、話してくれたんだと思う。
ならば、応えないわけにはいかないよね。
「大丈夫です。何とかして見せます」
本当にただの呪いだというのなら、私なら解呪できると思う。
まあ、魂に触れる方法はあまりやりたくないけど、あの感情は一時的なものだし、最後の手段としては有効だろう。
とりあえず、まずはそのインリーズ伯爵とやらを調べないとね。
私はシュリさんのことを励ましながら、調べる手段を考えていた。
感想ありがとうございます。




