第六百三十二話:本社へ
その日の夜は一緒のベッドで寝ることになった。
まあ、元からベッドが一つしかなかったからと言うのもあるけど、一夜が強く希望したからである。
兄として、妹と一緒のベッドで寝るのはどうかと思ったが、不安そうに瞳を揺らす一夜を見ていたら嫌とは言えなかった。
おかげで、私はいつもお姉ちゃんにされるように抱き枕にされることになった。
姉と言うのは、と言ってもこいつは妹だけど、妹を抱き枕にしないと気が済まないんだろうか?
まあ、別に嫌と言うわけではないからいいけどさ。
「ハク兄、マネージャーが今から会いたいって」
「マジか」
翌日、朝食を終え、顔を洗って着替えを済ませた私に一夜がそう言ってきた。
どうやら、マジで私をヴァーチャライバーデビューさせたいらしい。
いやまあ、昨日了承したわけだしそれはいいんだけど、そんなとんとん拍子に話が進むとは思っていなかった。
マネージャーとやらは相当フットワークが軽いらしい。
「どこで会うの?」
「本社だよ。ここから電車で二駅だね」
「電車かぁ……」
電車に乗るのも久しぶりだな。
以前は田舎にいたから電車に乗ってもそこまで迷うことはなかったけど、ここらへんだと一つの駅に大量の路線があることもあるから迷いやすい。
ある意味ダンジョンと言ってもいいだろう。だから、電車に乗るのは少し苦手だったりする。
まあ、そこらへんは一夜に丸投げしてしまおう。
兄として頼りないって? 適材適所ってやつだからいいんだよ。
「それで、一つ聞きたいんだけど、どっちの姿で行くの?」
「どっちって?」
「ほら、最初はなんか美女だったじゃん。どっちが本来の姿なの?」
「ああ、その話か」
確かに、私は【擬人化】のスキルによって大人の姿になることができる。
子供の姿では何かと面倒と言う理由で大人の姿になっていたが、一夜の前だったらそこまで気張る必要もないだろうと元の姿に戻っていた。
で、これから人に会いに行くわけだけど、どっちの方が都合がいいだろうか?
子供の姿であれば、ある程度は物を知らなくても隠し通せるだろう。年齢は一応15歳であるが、見た目はそれより幼いし、細かいことは聞かれない可能性が高い。
ただ、いくら一夜の加護があるとはいえ、こんな子供を働かせるとなればどう転ぶかわからない。15歳と言うのも証明するものがないしね。
成人の儀で貰った聖貨はあるけど、この世界じゃ何の意味も持たないだろうし。
では大人の姿で行けばいいかと言うと、そうでもない。
だって、視聴者からしたら私の本来の姿の声を期待しているわけだし、大人の姿になって声が変わってしまったら誰だこいつとなってしまうだろう。
いやまあ、配信の時だけ元の姿に戻って、と言う手もあるけど、不測の事態が起こった時に困る可能性がある。見た目と声は一致させておきたい。
大人モードだとそれこそ身分証明が必要だろうしね。
「本来の姿はこっちだから、この姿で行くよ」
「そうなんだ。じゃあ、大人の姿は何なの?」
「【擬人化】っていうスキルで変身してるだけだよ。昨日見せた【竜化】と似たようなもの」
「なるほど……もう何でもありだね」
まあ、元の面影が残るとはいえ、子供と大人の姿を使いこなせるって結構便利だよね。
子供の姿で遊園地に入って身長制限のある遊具を大人の姿で楽しめそう。
……いや、それはせこいか。
「じゃあ、姿はそれでいいとして、問題は服よね」
「この格好おかしい?」
「おかしいわけじゃないけど……なんか地味?」
私の服は古着も多いが、きちんと作ってもらった服も多い。
今着ているのは作ってもらった方で、デザインにはそこそこの値が張っている。
だがまあ、確かにこの世界と比べたらミシンとかもないわけだし、それぞれで多少強度に差が出るのは仕方ない。当然、難しい形であればそれは顕著に表れる。
見た目はそこまで変と言うわけではないが、それらしい装飾もなく地味と言うのが一夜の印象のようだ。
別に地味でいいと思うけどね。その他の見た目が派手すぎるし。
「私はこのままでいいと思うけど」
「うーん……いや、いいか。そんな時間があるわけでもないし、後で考えよう」
結局、新しく服を選んでいる時間がないということもあり、私はそのままの姿で会いに行くことになった。
この世界の服には興味があるが、まあそれは追々でいいだろう。
別に、あちらの世界の服がこの世界の完全劣化と言うわけでもないしね。
そういうわけで、準備を整え、私達は本社へと向かうことになった。
電車で移動し少し歩くと、目の前に大きなビルが姿を現した。
どうやらここが本社らしい。入り口には屈強な体つきの警備員が二人ほど立っていた。
「大きいね」
「まあ、一応有名な企業だしね。入るよ」
一夜の指示に従って、警備員に挨拶しつつ中へと入っていく。
電車の時もそうだったが、私の見た目はやはり目立ちすぎるようで、奇異の視線に晒されていた。
ここでもそれは変わらず、受付さんは穴が開く勢いで見つめていた。
そんなに見られると流石に恥ずかしいのだが。
そんな思いをしながら階段を上がり、とある部屋へと入っていく。
そこには一人の女性が待ち構えていた。
「一夜ちゃん、よく来てくれたわね。その子が例の?」
「はい、はっちゃんです」
黒髪を団子にまとめ、眼鏡をかけた背の高い女性だ。
その女性は私の事を上から下までじっくり見つめると、ニコリと笑顔を向けて自己紹介してきた。
「初めまして。私は有野真子と言います。一夜ちゃんを始めとした『Vファンタジー』の二期生のマネージャーをしているわ」
「ハクです。よろしくお願いします」
「あら、ちゃんと挨拶ができるのね。偉いわ」
そう言って私の頭を撫でてくる。
完全に子供扱いだなぁ……。
まあ、それを承知で来たからしょうがないんだけど。
ちらりと一夜を見てみれば、苦笑している。まあ、元の年齢知ってるしね。
「どこで見つけたのよこんな子。配信では妹みたいなものって言ってたけど?」
「あー、ええと、前に偶然会うことがあって、それ以来懐かれちゃいまして」
「お姉ちゃんのこと好きだよ」
私は好きと言うことをアピールするために一夜の足に抱き着く。
ここに来る道中で、私の事をどういう風に紹介するのかと言う計画を立てていた。
その結果、私は以前町で偶然助けた子供であり、その時に落とし物をしてそれを家まで届けてくれたのが始まりと言うことになった。
最後に会ったのは一年前で、それ以来疎遠になっていたけど、最近になってまた近くに来ることになり、昨日一夜の家に押し掛けた、と言う筋書きである。
まあ、穴だらけのボロボロの設定ではあるけど、どうせ調べたところで私の素性なんてわからないし、とりあえず私が一夜の妹分であるとわかれば何の問題もないだろうということで押し通した。
「一夜ちゃんの妹分であるというなら多分大丈夫でしょう。もう、その見た目だけで採用してもいいくらいだけど、一応面接はさせてね?」
「はい、お願いします」
そういうことで、私はヴァーチャライバーの集う企業『Vファンタジー』の面接を受けることになった。
もしこれで受かってしまったら、相当緩い気がするけどいいんだろうか。
まあ、向こうがいいと言ってるんだし、細かいことは気にしなくていいか。
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