第五百七十一話:使える楽器
そろそろ雪もちらちらと降りだす季節。もう少し経てば王都でも雪が積もる光景を見られることだろう。
そうなる前にと出発した馬車の中、私達はこれからの流れをシルヴィアさん達とすり合わせることになった。
「さて、まず聞きたいのは使える楽器ですね。ちなみに私とアーシェはバーオリンが得意です」
「バーオリン?」
「あ、知りませんか? こういう形で弦が張られていて、馬の尻尾の毛を張った弓を使って弾く楽器なんですが」
「んー?」
シルヴィアさんが身振り手振りで説明してくれるけど、よくわからない。
でも、形を見る限りギターに近いっぽいかな?
形状がギターに近くて、弓を使って弦を弾く楽器と言ったら、バイオリンの事だろうか。
まあ、確かに名前は似てるね。
ギターもギータとなまったような言い方をされていたし、楽器の名前はあまり定着していないんだろうか。
確かに、いくら転生者達が前世の呼び方を広めているとはいっても、日常的に食べられている食べ物とかならともかく、楽器なんてそうそう見ないからあまり呼ばれることはないのかもしれない。
「まあ、なんとなくわかりました」
「それはよかった。ハクさんはフリュートですわよね? 一個買っておりましたし」
「別にそれが得意ってわけじゃないですけどね」
フルートはフリュートなのか。なんか全部そんな感じの名前になりそうな気がする。
うん、もうあまり気にしないことにしよう。そう言うものだと納得した方が早い気がしてきた。
「では、他の方は?」
「私は一応ギータができますよ」
「私はドラムですね。昔やってました」
「どらむ?」
カムイの言葉にシルヴィアさんが頭にはてなマークを浮かべる。
シルヴィアさんだけでなく、ユーリ以外はみんな何かわかっていないようだ。
あれ、もしかして、この世界ってドラムない?
「すいません、どういう楽器ですか?」
「え? え、えっと、こう、太鼓がいっぱいあって、シンバルがあって……」
「ああ、タイコーですか? でもそれがたくさん? そんなに同時に叩けないですよね?」
「い、いや、えっと……」
「それに、しんばる、ですか? 聞いたことない楽器ですけど、どういうものなんですか?」
「あ、あぅ……は、ハクぅ!」
とうとう二の句が継げなくなってカムイが私に抱き着いてきた。
うん、まあ、そりゃないよねって思う。
恐らくカムイが言っていたドラムはバンドとかが使っているドラムセットの事だろう。多分、学生バンドとかで昔やってたんじゃないだろうか?
でも、この世界のレベルを考えるとドラム単品はあるかもしないけどセットはないだろう。
一人で大量の楽器を使うって発想がなさそうだし、バンドって概念もなさそうだよね。
まあ、もしかしたら物好きな転生者が広めている可能性もなくはないけど、少なくともシルヴィアさん達は知らないようだ。
「あー、えっと、多分カムイの故郷の楽器かと。多分この辺にはないと思います」
「まあ、そうなんですのね。それは残念ですわ」
とりあえず適当に言ってごまかす。
しかし、ドラムがないとなると、カムイのやることがなくなったな。
一応太鼓? っぽいものはあるみたいだけど、ドラムと太鼓でどのくらいの差が出るかって話だよね。
太鼓の種類にもよるかな。和太鼓と洋太鼓じゃ全然違うし。カムイは洋太鼓だよね、多分。あるかなぁ……。
「多分、タイコー? が似ているので、それならできると思いますよ」
「それは何よりですわ。単純そうに見えてなかなか難しいですからね、あれ」
最悪太鼓を何個も置けばそれっぽいものは出来上がる気はする。ただ、それを使った曲はなさそうなのが残念なところだ。
まあ、ドラムができるなら単品でも出来るでしょ、多分。カムイにはそれで我慢してもらおう。
「そちらのお三方は見学でしたっけ?」
「ええ。楽器はからっきしだしね」
お姉ちゃんとお兄ちゃん、そしてユーリは観戦枠。参加はしない方向だ。
ユーリは頑張れば何かできそうだけど、まあ大人しくしていてくれた方が私も助かるからそれでいい。
まあでも、王都と違って知っている人はあんまりいないだろうから羽は伸ばせるかな? それだけでも十分と考えよう。
「最後はサリアさんですけど、何ができますか?」
「楽器は全然知らないぞ!」
「あらら」
サリアのすがすがしい発言にシルヴィアさんも薄い反応を返す。
まあ、これはわかりきっていたことだ。
以前楽器屋に行った時にもサリアの実力は知れていたはずだし、今更驚くようなことでもない。
でも、もしかしたらフルート以外はできるかもしれないという希望があったから聞いてみたけど、やっぱり何も知らなかったんだなっていう。
まあ、それを承知で誘ったから別にいいんだけどね。
「それじゃあ、何かやりたい楽器はありませんの?」
「うーん、強いて言うならハクと同じのがいいな」
「フリュートですか。うーん、そうなると、バーオリン二人にギータが一人、タイコーが一人にフリュートが二人ですか」
正直バラバラ感はある。
いやまあ、ギターと洋太鼓とかバイオリンとフルートとかだったら合いそうなイメージがあるんだけど、バイオリンとギターって合うのかな。
同じ楽器だし、演奏してみたら意外に合うのかな? よくわかんないけど。
「まあ、寄せ集めとしては悪くないんじゃないですか?」
「そうですわね。サリアさんが無事にフリュートを使えるようになれば十分演奏できると思いますわ」
流石は音楽が盛んな土地の貴族、これでも何か演奏できる曲があるらしい。
まあ、楽譜さえあれば大抵の曲は演奏できるか。技術があればね。
「向こうに着いたら一度皆さんの腕前を調べさせていただきますわ」
「安心してください。何も音楽祭で頂点を取ろうっていうわけではありませんわ。気軽に楽しんでいただければと思います」
勝負事である以上は勝ちたいと思うが、流石にプロの音楽家を相手に勝てるとは思っていない。
言うなれば、音楽祭に参加したという思い出が欲しいだけなので、勝ち負けは特に問題ではないのだ。
楽器に触れられる機会なんてそうそうないし、ここで楽しんでいくのも一興である。
どんな演奏ができるか少し楽しみになってきた。
「そういえば、フリュート? なら今持ってるけど、吹いてみる?」
「もしかして、あの時買ったものですか!?」
「サリアさんと間接キスしたあの!」
間接キスて……まあそうだけどさ。
今回はきちんと拭ってあるから問題はない。
馬車の中は揺れるからちょっと演奏しにくいとは思うけど、まあ実力を測るくらいはできるんじゃないかな。
「それじゃあ吹いてみる」
「うん、頑張ってね」
そう言って、サリアはフルートを受け取ると演奏を始めた。
いや、演奏ではないか。息を吹く音だけが響き渡るだけで全く音が出ていないから。
前に楽器屋で吹いた時は辛うじて音が出せるようにはなっていたけど、まあ結構前だし忘れてしまっていても不思議はないか。
しばらく音のない演奏を聞きながら、必死に吹いているサリアを微笑ましく見守っていた。
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