第五百六十九話:音楽祭の誘い
「あ、ちょっとお待ちになって」
目的も達成したのでそろそろお暇しようかと思ったところ、そう言って引き留められた。
渡したペンダントについてはこれがいかに凄いものかを懇切丁寧に説明されたり、それをポンと渡しちゃう私に対して危機感を感じてくれと説得されたが、それに関してはもう終わったことである。
まあ、他にも渡しに行く人がいると言ったら全然わかってないと怒られたが。
「やっぱり渡しちゃだめですか?」
「そりゃ渡さない方がいいとは思いますけど……そうではなくて」
「よければですけど、私達と一緒に音楽祭に参加しませんか?」
「音楽祭?」
二人の話によれば、来月にシルヴィアさん達の実家であるニドーレン侯爵領で音楽祭が開かれるらしい。
音楽祭とは、各地の歌手や楽団、吟遊詩人などを集めての合同コンサートのようなもので、誰がより良い歌や演奏を披露できるかを競う祭典らしい。
音楽で栄えた領地だけあってそのレベルは非常に高く、無名の者も著名な音楽家の指導を受けられるとあって開かれれば毎回多くの人で賑わう名物的なお祭りなのだとか。
そんなものがあるとは知らなかったけど、聞いてみると確かに少し興味はあるかもしれない。
「いつもは私達二人で参加するんですけど、ハクさんが加わればより良いものになると確信していますわ」
「以前ハクさんの演奏を聞いたことがありますけど、素晴らしいものでしたわ」
はて、演奏なんてしたことがあっただろうか?
心当たりがあるとすれば、以前楽器屋に寄った時に少し横笛を吹かせてもらったくらいだけど、あれはただ音を出したくらいで演奏とは程遠かった気がするが。
そういえば、あれから一度も使ってないな。【ストレージ】に入れておけば劣化しないとはいえ、せっかく買ったのだからたまには使ってあげないと可哀そうかもしれない。
「せっかくですし、他の方も誘って楽団を作るのもいいかもしれませんわね」
「それ、いいですわね。みんなで演奏すれば楽しいですわ」
私をよそに、二人はやる気満々である。
楽団ねぇ……もし誘うとしたら、誰がいるだろうか。
ミスティアさんとキーリエさんはすでに領地に帰ってしまっているらしいから誘えないし、アリシアは休み中は道場の手伝いするって言ってたし、テトはカードの販売で忙しいし、王子は気軽に連れていけないしで碌に人がいない。
いるとしたら、お姉ちゃんとお兄ちゃん、ユーリ、エル、サリア、そしてカムイくらいかな?
凄く小さな楽団でいいならこれでも十分かもしれないけど、問題はみんなの音楽スキルだ。
演奏が目的なのだから、最低限何かしら演奏できなくては困る。
私は一応フルートっぽい横笛ならなんとかできそうな気がしないでもない。サリアは音を出すのがやっと程度だった気がする。
他の人達は知らない。一応、カムイやユーリは転生者だからもしかしたら知ってる楽器ならできるかもしれないけど、そこまで信用はできないかな。
誘うからにはシルヴィアさんとアーシェさんはできるんだろうけど、どう考えても足を引っ張りそうだなぁ。
「いいんですか? 私演奏なんてしたことないですよ?」
「まあ、少し練習は必要かもしれませんわね」
「でも大丈夫ですわ。一か月もあれば私達が教えてあげられます」
いや、一か月で演奏は無理じゃないかなぁ……。
と言うか、どんな楽器を使うかもわかっていないのに教えられるんだろうか。
こういうのって、一つの楽器はできても他の楽器はできないとか言うものじゃないの? 全部の楽器使えるの? だとしたら凄いけど。
「お二人がいいなら私は構いませんけど」
「なら決まりですわね!」
「知り合いに声をかけてみますわ。ハクさんも、呼べそうな人がいたら呼んでくださいな」
「わかりました」
なんだかんだで音楽祭とやらに参加することになってしまった。
どう考えても場違いな感じはするけど、シルヴィアさん達がやりたそうにしているし、たまにはこういうのもいいかなぁ。
せめて、恥をかかないように練習はしっかりしよう。一か月でどうにかできるかは知らないけど。
「出発は三日後ですわ。よろしくお願いします」
「楽しみにしてますわね」
「はい。ではまた三日後」
そういうわけで、部屋を後にした。
さて、とりあえず誰から誘うべきかと言われたら、まあカムイかな。
カムイは寮暮らしだから一番近いし。
「ねぇ、エルって楽器を演奏できたりする?」
「ギータでよろしければ弾けますが」
「ギータ?」
「はい。ハクお嬢様にも何回かお聞かせしたことがあるかと思いますが」
そう言われると、確かに何か演奏してもらった気はする。
でもあれってギターでは? いやまあ、ギータとギターって言うなら似てるし、なまった言い方なのかな。
まあ、それはいいとして。
エルが楽器を弾けるのはかなり意外だ。普通、竜が楽器に手を出すことなんてないと思うんだけど、私の影響なのかだいぶ人間に近い趣味を持っているようだ。
それとも、私が望んだから一生懸命練習してくれたのかな。だとしたら嬉しい反面悪いことしたなぁと思う。
「なら、最低限は何とかなりそうだね」
エルが弾けるなら、最悪エルだけでも参加すれば楽団としての体裁は保てるだろう。
一か月の練習で芽が出なくて無様な演奏を晒すよりは経験者がやった方が何倍もいいと思う。
みんなでワイワイするのが目的って言うなら別に素人演奏でもいいとは思うけど、仮にも数々の音楽家が参加する音楽祭だからねぇ、最低限はできないと会場をしらけさせてしまいそうだ。
「とりあえず、カムイのところ行こうか」
とりあえず参加してくれるかどうかを確認しなくてはならない。
私はカムイが住む部屋までくると、扉をノックした。
「はいはい。って、ハクじゃない。どうしたの?」
「こんにちは。ちょっと相談したいことがあってね」
出迎えてくれたカムイはきょとんとした顔をしている。
カムイは獣人だからか感情がわかりやすい。尻尾を見れば大抵わかる。今はちょっと喜んでいるようだ。なんで?
「何よ、改まって」
「いや、実はこんなことがあってね」
私はシルヴィアさんの言っていた音楽祭について説明する。
すると、尻尾の振れ幅がさらに広がった。凄く喜んでいるっぽい。そんなに音楽祭楽しみなのかな?
「なるほどね。それで私もどうかって話?」
「そういうこと。どう? 演奏やってみる?」
「任せなさい! こう見えてもドラムは得意よ!」
「ほう、ドラム」
ギターにドラム、なんかバンドっぽくなってきたな?
得意っていうのがどのくらいかはわからないけど、楽団としての体裁は保てそう。一安心だ。
「それじゃあ、お願いできる?」
「もちろんよ! ハクも参加するんでしょ?」
「まあ、一応ね」
私は演奏については素人だ。せいぜい横笛の音が出せる程度。
まあ、リコーダーくらいなら吹けるし、似たようなものだと考えれば行ける、かな?
そこはシルヴィアさん達の指導次第かな。
とりあえず、これでカムイはオッケー。次はサリアかな。
私は三日後に出発だということを伝えると、その場を後にした。
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