第五百三十八話:竜との貿易
「その魔法を教えてもらうことはできますか?」
「いいわよ」
少し思案した後にそう聞いてみれば、ローリスさんは即答した。
そんなあっさり教えていいんだろうか。多分だけど、この魔法を知っているのはウィーネさんだけだし、そもそも竜が検知できないように隠していたってことは竜にさえ知られたくなかったからってことでしょう?
それなのに、竜の味方である私にそんなことを教えてしまっていいんだろうか。
この全裸の皇帝は何を考えているのか本当に読めない。
「いいんですか?」
「ええ。別に教えて困るようなことでもないし。と言うか、その話をするならちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいこと?」
「その魔法を教えるから、この国の土地の魔力の整備を竜の方で請け負ってくれない?」
ローリスさんの提案に少しきょとんとしてしまった。
まあ、本来竜脈の整備は竜の仕事だし、整備を引き受けるくらいはどうってことはないけど、なぜ今になってそんなこと頼むんだろうか。
この国の存在は竜ですら知らなかった。つまり、竜脈の整備を行えない状態にあった。それは恐らく、この国が意図的に竜から存在を隠していたということなのだろう。
せっかく隠していた場所なのに、なんでいきなり晒すような真似をするんだろうか。話が見えない。
「知っての通り、私の国は魔物が多いわ。そして、竜は強力な魔物を人知れず殺すことも目的に入っているでしょう? だから、竜をこの国に入れたら国民を虐殺するんじゃないかって心配だったのよね」
「なら、なぜ今になって?」
「あなた、竜からとても大事にされているでしょう? しかも転生者な上にかなりのお人好し、そんな人がこの国の状況を知ったら無意味に虐殺なんてさせるはずないと思ったのよ」
確かに、竜は人が滅ばないように魔物を狩るのも仕事のうちである。もし、竜が何も知らずにこの国に入るようなことがあれば、危険だからと排除してしまっていた可能性もなくはない。
だけど、私の方から事情を知らせておけば、少なくとも虐殺が起こることはないだろう。聖教勇者連盟の例を見るように、私の一言はかなり重要な意味を持つから。
今までは竜は国にとって危険な存在だから隠れていた。けれど、もし味方であるならば竜脈の整備を任せたい、と言うことらしい。
私の事をよく観察していると思う。意外と抜け目ないね。
「必要なら、竜が望む品物を取り寄せることもしてもいい。いくら人に化けられるとは言っても、入用なものは多いでしょう?」
竜は【人化】することによって人里に降りることができる。しかし、それは竜脈の整備などが主な目的であり、買い物などをすることはあまりない。お金もないしね。
いやまあ、お金に関しては用意しようと思えばいくらでも用意できるけど、【人化】出来る竜ばかりでもないので必要なものを手に入れるのはそれなりに大変だ。
だから、それを代わりにやってくれるっていうのは割と魅力的ではある。
それに、この国は竜が訪れることを許容するわけだから、竜の姿のまま入ることも可能だ。気軽に入ることできて、且つ必要なものも手に入るとあらば、利用する竜も多いだろう。
対価は必要だとしても、お金の代わりになるものだったら竜は結構持っている。宝石をため込むのが趣味の竜だっているわけだし。だから、取引についても問題ない。
「どう? 悪い話じゃないと思うんだけど」
「……どう思う? エル」
「……この女に言われるのは癪ですが、確かにいい取引だと思います。竜脈の整備の安全性も上がりますし、この大陸における拠点としても有用でしょう」
一応エルにも聞いてみたが、エルは心底悔しそうな顔でそう言った。
まあ、竜全体の利益を考えるならこの取引は妥当と言える。だって、竜にとって竜脈の整備は本能に刻まれた使命だし、それがちょっと場所が増える程度何の問題もない。
それどころか、対価を払えば気軽に物が手に入り、魔物が住む国だけあって土地が広いから羽休めするにも最適な場所。その上、安全まで保証してくれるというおまけつき。これで食いつかない方がおかしい。
エルの感情としてはローリスさんの言うことなど聞きたくないだろうけど、一時の感情ですべてを不意にしてしまうほどエルは感情的ではない。
ただ、この条件だと竜としては嬉しいけど、ヒノモト帝国としてはあまり旨味がないように思える。
いや、確かに今までウィーネさん一人で行っていた竜脈の整備を竜に任せられるのだからウィーネさんの負担は減るだろうけど、それだけだ。
本当にそれだけでいいんだろうか? それとも、他に何か裏があるんだろうか。
「……話はわかりました。でも、それだとそちらの旨味があまりないように思えますけど?」
「何言ってるの? 十分に旨味はあるわ」
「それは何です?」
「ウィーネの負担が減る」
他に何か考えがあるのかと思っていたけど、本当にそれだけらしい。
ただ、ウィーネさんの負担が減るというのはローリスさんにとっては割と重要なことらしかった。
と言うのも、ウィーネさんは宮廷魔術師と言う立場ではあるが、その業務内容は何でも屋に等しい。
竜脈の整備はもちろん、各地に存在する魔物に転生してしまった転生者の保護や騎士団の育成、国に張り巡らされている結界の確認に各国の情勢の把握などなど、寝る間もないくらい働いているらしい。
もちろん、それらの仕事はできる者に少しずつ割り振ってはいるものの、最終的な判断はウィーネさんがすることも多く、その心労はウィーネさんでなければとっくに倒れているほどだという。
その中でも、ウィーネさんにしかできなかった竜脈の整備の仕事を竜が肩代わりしてくれることになれば、ウィーネさんにもだいぶ余裕ができるため、必要なものを用立てる手間を入れても十分お釣りがくるということらしい。
「うちはあんまり多くは貿易をしてないから、竜と取引できるっていうのも旨味のうちに入るかもしれないけど、私にとってはウィーネと一緒にいられる時間が増えるってだけで十分なリターンが見込めるわ。最近ご無沙汰だしねぇ」
「申し訳ありません。仕事がなかなか終わらず」
「いいえ、こっちこそ無理をさせてごめんね。この取引が成ったら、その時は久しぶりに遊びましょう?」
「仰せのままに」
ウィーネさんが優秀すぎて色々仕事をため込んでいるということはわかったが、結局はローリスさんの私的な理由に収まるあたり流石だと思う。
というか、二人はそういう関係なのか。姉妹だと思っていたけど……いや、姉妹で? なかなか上級者だと思う。
でも、修道服を着ているのにそういうことに寛容なのはいかがなものか、あれはただの趣味なのだろうか? よく見たら下穿いてないし。
「で、どうなの? やってくれる?」
「……私としては受けてもいいと思っています。でも、お父さんがなんていうかわからないので、返答は待ってください」
「そう、お父さんね。わかったわ、いい返事を期待してる」
竜にとってデメリットはないし、別に即答してもよかったけど、私は別に竜の代表ってわけじゃない。竜の王であるお父さんの娘とはいえ、最終的な決定権はお父さんにある。
まあ、聖教勇者連盟の存続とかをめぐって色々我儘を言ってきた私が言えたことじゃないと思うけど、ここは少し慎重になってもいいだろう。
相手は下手をしたら竜すらも圧倒する存在だ。今のところ敵意は感じないとはいえ、無条件で受け入れるのは怖すぎる。
私は慎重に相手の表情を確認しながら、こくりと頷いた。
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