第五百三十六話:救いの手
ローリスさんの愛撫はすさまじかった。
毛に覆われているからか肌触りは凄くいいし、宣言通り痛いこともしてこない。しかし、攻める時は強く、そうでない時は焦らすように緩急をつけて体を蹂躙されるのは耐えがたいものがあった。
最初こそ、恐怖のあまり身を震わせていることしかできなかったが、だんだん気持ちよくなってきて嬌声を上げる回数も増えてきた。
ローリスさんは調教と言っていたけど、確かにこれをやられたら堕ちてしまう人の気持ちもわかる。
問題だったのは私の変わらぬ表情だった。
私の表情はちょっとやそっとの事では変化しない。なので、表面上は声は上げても顔はそのままなのだ。
これには当然ローリスさんも違和感を持ったらしく、だんだんと愛撫が激しくなっていった。
「あなた、全然笑わないし怖がらないのね。でも、どこまで続くかにゃあ?」
おかげで私は強烈な体験を長い時間味わわされることになった。
体感時間的には数時間に匹敵したが、恐らく数分も経っていない。永遠に続くかと思われるこの刺激に私の心はだんだん折れ始めていた。
ここでローリスさんに身をゆだねれば多分許してくれるだろう。少なくとも、屈しないままずっと耐えていれば終わりはない。折れてしまえば、すぐとは言わずともやめてはくれるはず。
そう思うと、屈したくなってしまう。けれど、こんな今日初めて会ったばかりの変態皇帝に身を捧げるほど私は安くない。確かに男性と結ばれる気はないとはいえ、だからと言ってこんな愛の奴隷みたいなものにはなりたくない。
私には家族がいる。友達がいる。みんなのためにも、ここで屈するわけにはいかないのだ。
「本当は少し従順になってから攻めたかったのだけど、そんなに強情なら仕方がないわね。多分向こうも気づいてる頃でしょうし、そろそろメインディッシュをいただきましょうか」
そう言って、私の下半身に手を伸ばす。
散々いろんなところを揉んだりはしていたが、そこだけは未だに手を付けられていなかった。
私自身、そこをいじられたらどうなるかわからない。
精霊の身体だから性欲はあまりないけど、人間に近づいている影響で感じはする。だから、もしかしたら凄く気持ちよくなっちゃうのかもしれない。
確か、女の人のそれって男の人のそれより凄いんだよね? そんな体験したことないのに、いきなりそんなことさせられて私は意識を保っていられるんだろうか。
いや、むしろ意識を飛ばしてしまった方が楽なのかな? そうすれば、下手に耐える必要もないし、この蹂躙も終わるだろう。
どうせ抵抗できないんだ。もう受け入れてしまっても……。
ドンドンドン!
と、その時ふいに部屋の扉が叩かれる音がした。
かなり荒っぽく、ともすれば扉をぶち破るんじゃないかと言う衝撃。私は虚ろな目でそちらの方に目を向けると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「ハクお嬢様! ハクお嬢様!」
「エル……?」
「エル、この中にいるよ!」
「わかった! ハクお嬢様、今行きますよ!」
その瞬間、扉が凍り付き、細かな破片となって砕け散った。
そこにいたのはエルと姿を晒したアリア、そして、その傍らにウィーネさんの姿があった。
「あら、案外早かったのね」
「申し訳ありません。あまり時間を稼げず」
「まあ、仕方ないわ。本当はもっと虐めてあげたかったけど、頃合いでしょう」
そう言ってローリスさんは私から離れる。それと同時にエルとアリアがもの凄い勢いで接近してきて、私を抱いて距離を取った。
「ハクお嬢様、ご無事ですか!?」
「だ、大丈夫。ちょっと、怖かったけど……」
「よかった……。気が付いたらいなかったので焦りましたよ」
本当に心配していたようで、若干涙目になりながらぎゅっと抱きしめてくる。
本当にいいタイミングで来てくれた。あのまま来てくれなかったら、私は確実に大事なものを失っていただろう。
私が無表情でなければ早々にそこを攻められていたかもしれない。そう考えると、私の無表情も捨てたものではないなと思った。
「……さて、これは一体どういうことだ?」
ひとしきり私との抱擁を終えた後、エルはぎろりとローリスさんの方を見る。
その瞳は瞳孔が縦に裂け、辺りには冷気が漂い始めている。
明らかに怒っている様子だったが、ローリスさんは悪びれもせずに「さむっ」と体を抱きながら答えた。
「まあ、簡単に言えば私の趣味かしら? 私、小さい子は男の子でも女の子でも大好物なの」
「そんな自分勝手な理由でハクお嬢様を穢したのか!」
「穢してなんかいないわ。ただちょっと、体について知らないことを教えてあげただけ」
確かに、ローリスさんは終始撫でたり揉んだりするだけで事に及ぶことはなかった。
もちろん、だからと言って私の恐怖心が消えたわけではないし、せめて反省はしてほしいところである。
というか、国の客人に対して誘拐して調教するとか頭おかしいんじゃないか? これで私が調教されていたらどうするつもりだったのだろうか。
……いや、そうなったら私は恐らくこの国に移り住むことになるだろうから向こうにとってはプラスか。まさかそれすらも考慮に入れて襲ってきた? ……いや、それはないか。明らかに性欲丸出しだったし。
「実際気持よかったでしょう?」
「そ、それは……まあ……」
まあ、それは認めよう。実際、屈してしまおうかと思うくらいには卓越したテクニックだった。
あれは絶対にやり慣れている。今までにもいたいけな少年少女達を毒牙にかけてきたに違いない。
正直、またやってもらいたいと思ってしまっている自分がいて凄い恥ずかしい。調教されるつもりはないけど、ちょっと楽しむくらいだったらありだと思う。
……いや、ないない! そんなことはない。落ち着け私。
「それより、私はずっとこのままなんですか? その、スキルを無効化したって……」
「スキルの無効化ですって? 貴様、ハクお嬢様に何をした!?」
私は今スキルをすべて使えない状態になっているらしい。私の場合、身体能力と【竜化】の能力がこのスキルに頼っているところで、これがないと竜にもなれないし日常生活でも苦労するだろう。唯一、魔法だけは使えそうだが、それだけでは心もとなくなっている自分がいる。
今まではそれがすべてだったのにね。人間便利なものを手に入れるとそれを手放したくなくなるものだ。
「ああ、それなら大丈夫。もうそのスキルは剥奪したわ。今ならちゃんとスキルを使えるはずよ」
「ほ、ホントですか?」
「ええ、もちろん。試してみれば?」
私は半信半疑のまま、腕を【竜化】させてみる。すると、先程まで全然できなかったのに今度はすんなり【竜化】させることができた。
どうやら本当の事らしい。とりあえず、これで全くの役立たずではなくなっただろう。
ほっと安堵の息を漏らす。あのままだったらどうしようかと思った。
「まあ、なかなか楽しかったわ。また機会があったらよろしくね」
「全力で遠慮させていただきます」
この人に身をゆだねたら絶対に堕落する。それだけは確信できた。
人にスキルを付与する能力。あの口ぶりだと、多分スキルを没収することもできるのかもしれない。そんなの、反則的なまでのチートだ。
弱体化スキルを付与されてしまえば相手を一瞬で一般人以下にできるし、スキルを没収すれば相手に何もさせずに無力化することだってできる。
もちろん、魔法のようにスキルだけでどうこうできないものもあるけれど、あれは強すぎる。
詳しい発動条件とかはわからないけど、もうあの人には近づきたくない。
私は先程までの行為を思い出し、赤面すると共にぶるりと肩を震わせた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




