第四百六十二話:交渉成立
「確かに、あの子は竜を呼び寄せたかもしれない。でもそれは、こちらが間違いを犯したから。私も最初は半信半疑だったけど、聞いているうちにそれが真実だってわかったよ」
「何を言ってるんだ。俺達が何をしたと」
「あなた達は何もしてないかもね。でも、上は何かしてたってことだよ。何か一つくらい思い当たる節はない?」
「それは……」
話を聞いている男性は口ごもる。
彼らとて、聖教勇者連盟が清廉潔白な正義の組織だなんて思ってないだろう。いや、思ってる人もいるかもしれないが、多くの人はその不正の内容を知りながら見ないふりをしていた人が多いのかもしれない。
聖教勇者連盟に属するだけで、RPGの勇者よろしく家を漁っても怒られないなんておかしいだろう。神の名の下に正当化される殺しや、起こした事件の握り潰し、権力に固執している転生者であればあるほど身に覚えがあるはずだ。
「こちらは竜や竜人を問答無用で殺してる。それなのに、わざわざ避難勧告を出してくれただけありがたいと思わない?」
「で、でも、竜に手を貸している人間なんて碌な奴じゃないだろ? 俺達の戦力を削るためにと言う可能性だって……」
なおも言い繕う男性に対し、コノハさんは一度溜息をついた後、面倒くさいという文字を顔に張り付けながら話を続けた。
「まあ、あなた達がそう思うなら別にいいけどね。私には関係ないことだし、それであなた達が死のうが生きようがどうでもいいと思ってる。だけど、あまりにも頭が悪いようだから忠告して上げてるだけなの。理解できる?」
「おい、どういう意味だよ!」
「そのままの意味だよ。状況をよく見てごらん? あなた達は竜に勝てない。竜は今すぐにでもここにいる全員を始末できる。でも、竜はこちらを助けようと交渉を求めてきている。もちろん断れば待つのは死。あなた達は死にたくないと思ってる。さあ、私達がすることは何?」
「……」
至極正論だった。
もちろん、彼らには勇者と言う切り札がある。勇者は竜の大群を相手に大立ち回りし、数多くの竜を退けた実力を持っている。
だけど、それだけだ。退けただけで殺したわけではない。それはつまり、竜には逃げられるだけの余裕があったってことだ。
もちろん、召喚されたばかりで動きに慣れていないというのもあるかもしれない。でも、その経験のなさは竜を相手にするには大きな要因になる。
そして、その後現れた竜はかなり強く、先程まで善戦していた勇者も防戦一方。このままでは勝ち目がないのは目に見えている。
唯一の頼みの綱である勇者で勝ち目がないのなら、それはもはや負けである。黙って死を受け入れるか、交渉に乗って生きながらえるかの二択しかない。
簡単なことだった。転生者達がやるべきことは、無駄な正義感を燃やすことではなく、冷静な考えを持つことだったのだ。
「……ハク、どうせどこかで聞いてるんでしょう? そういうことだから、後はよろしく」
コノハさんはそう言ってその場を後にした。
もしかして、私の作戦を聞いていたんだろうか。あまりに的確な登場だったように思える。
勇者が召喚されたことも、勇者を利用して竜を退けようとしていることも話していないはずなんだけど……。
まあ、いいや。コノハさんの言葉のおかげで転生者達は竜側の話を聞く気になっている。この状況なら、こちらの話も聞き入れてくれるだろう。
私はホムラに再度交渉を行うように指示を出した。
『勇者、再度問う。こちらの話を聞く気はあるか?』
「え? あ、えっと……」
『神代さん、このまま交渉に移ってください』
「あ、はい、交渉、します」
その言葉を合図に、両者動きを止める。
苦労したが、コノハさんのおかげでようやく停戦交渉に入れそうだ。
と言っても、ここからも少し大変なんだけど。
『こちらは聖教勇者連盟の幹部、および教皇の首を所望する。そして、今後一切我らが同胞に手を出さないことを願う』
「えっ!? 殺すのは可哀そうなんじゃ……」
『神代さん、そうしないとまた同じことが起こりますよ』
まあ、地球から召喚されたばかりの人に対して他人のとはいえ命を捧げろと言われたら忌避感を示すのは当たり前か。
というか、私も元は日本人だったはずだけど、だいぶその辺の感性は変わっているように思える。
やっぱり竜になったからかな。それともこちらで生活が長いせいだろうか。人死は嫌だけど、やらなきゃいけないと割り切ることができてしまっている。
とはいえ、その感性を神代さんに押し付けるのは少々酷だったか。ここはもう少しオブラートに包んで言った方がよかったかもしれない。
「で、でも……」
『……ならば、身柄の引き渡しを願う。こちらの法で裁き、しかるべき処置を与える』
「それって、結局殺すんじゃ……」
『……はぁ、面倒くせぇな。てめぇはこのまま世界が滅んじまってもいいのか? ええ?』
努めて厳かな口調をしていたホムラがとうとうブチ切れた。
まあ、ここで聖教勇者連盟の面々を粛正しなければ再び星が危険に晒されることになる。殺しが嫌なんだとしても、少なくとも、二度とこのようなことができないように幽閉するなりなんなりの措置は必要だ。
竜が正義と言うのがうまくはまっていない神代さんにとっては少し納得しがたいのかもしれない。でも、ここでやらなければもっと大勢の人が危険に晒されることになるのだ。手を抜くわけにはいかない。
「え、えっと、それは、嫌です……」
『ならさっさと要求を飲め。悪党数人の命と何も知らない無辜の人々数万人の命、どちらが重いかくらいわかるだろ?』
「は、はい……」
ホムラの剣幕に少しずつ押され始める神代さん。
ちなみに、今のホムラは【念話】で喋っているが、範囲を広げているのでここにいる全員に聞こえている。
転生者達はホムラの言い分に違和感を覚えているようだが、特に何か言い返すことはない。完全に屈したということだろう。
てっきり神具持ちでも出てくると思ったけど、いないようで少し安心した。
『んじゃあ……コホン。要求が通るのであれば、我々はこれ以上攻撃しない。すぐさま撤退しよう。要求を飲むか?』
「の、飲みます……」
『よろしい。後日、身柄を受け取りに来る。その時までに用意しておくように』
「わかりました……」
『では、さらばだ』
そう言ってホムラは空高く飛翔する。他の竜達もそれに追随し、空を埋め尽くしていた竜達は瞬く間にいなくなった。
それに安堵したのか、神代さんがその場に座り込む。演技とはいえ、かなり緊張したらしい。
まあ、かなーり怪しかったけど、とりあえず懐柔されなくて何よりだ。これで寝返られたらホントにどうしてくれようかと思ったところだ。
「え、えっと、これからどうすれば……」
『とりあえず、そこにいる人達の介抱でもしてあげてください。光魔法を使えば、治癒魔法が使えるはずです』
「わ、わかった」
神代さんの勇者としての活躍はこんなものでいいだろう。
上層部の人達はともかく、転生者からしたら神代さんは危機を救ってくれたヒーローとなったはずだ。
今後聖教勇者連盟を作り直す際にその功績は役に立つはずである。
もちろん、私を含めて他の人達もサポートはするけど、出来ればこのまま聖教勇者連盟の長として仕切ってもらいたいところだ。
転生者達に迎えられる神代さんを見ながら、やっと一段落付いたとほっと胸を撫で下ろした。
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