第四百五十六話:粛清の結果
その場は騒然となった。当然だ、完全に無力化していたはずの竜がいきなり本性を現したのだから。
ここはかなり広いのでエルが本来の姿を解放したとしても多少は動き回ることができる。それでも動きに制限はかかってしまうが、この場にいる幹部達を皆殺しにするくらいわけない。
まず餌食となったのは隣にいたナーゼルだ。きっと彼はエルが竜の姿になったことにすら気づかなかっただろう。エルが竜の姿になった瞬間に潰され、そのまま地面の染みとなった。
「なっ、こんなところに竜だとぉ!?」
「馬鹿な!? ここには結界が張ってあるはず! 竜が侵入出来ようはずがない!」
「いったいどうなってるんだ! 私はまだ死にたくはない!」
ナーゼルの死を皮切りに、その場にいた幹部達は逃げまどう。しかし、入り口はエルが塞いでいるし、奥の扉の前には罪人達がいるためすぐに通ることはできない。
それでも、僅かな救いを求めて罪人達を押しのけ、奥へ逃げようとする。だけど、そう簡単に逃がすはずもない。
「結界」
罪人達を守る意味も含めて、その周囲と扉の前に結界を張る。強固な結界なので、たとえ上級魔法をぶっ放そうが壊れることはそうそうないだろう。
最初は必死に進もうとしていた幹部達も、見えない壁があるとわかると途端に顔を青ざめさせ、その反応はばらけた。
闇雲に突っ込んでくる者、命乞いをする者、罪人達に時間稼ぎをしろと命令する者、気絶してその場に倒れる者。
まあ、どんな反応を見せようが等しく粛清の対象だ。こいつらはそれだけ許されざる行為をしてきた。死んで償うくらいでは足りないくらいの罪だ。
出来れば助けたいなんて甘い考えだった。ここまで腐っていたなんて思いもしなかった。
この分だと、とりあえず教皇は粛清しなくてはならないだろう。他にも幹部が残っているかもしれないが、その辺りはここに住んでいる転生者に聞きだす他ないか。
そんなことを考えていると、いつの間にか辺りは静かになっていた。連れてこられた罪人を除き、幹部達は全員倒れている。
私の容赦ない命令が嬉しかったのか、だいぶ張り切ったようで、生きている者は一人もいなかった。
酷い惨状だ。周囲は血で溢れかえり、臓物が散らばり、死臭でむせ返っている。幸い、エルの冷気によって発生した霧によって大部分は隠されていたので吐くことはなかったが、直視したら流石にきつそうだな。
この惨状を見てしまうとエルに指示したことを後悔してしまいそうになるが、これは必要な犠牲だったのだ。
確かに、反省してもう二度とこのようなことはしないと約束させれば生かしておいてもよかったかもしれない。だけど、大陸全土を危険に晒すようなことをしでかした上に、勇者召喚と言う異世界からの拉致、さらには人間を生贄にしようとしたことを考えても、更生させるより殺してしまった方が安心できると判断してしまった。
直接手を下したわけではないとはいえ、憂鬱になる。怨嗟に燃える彼らの悪夢を見るかもしれない。でも、彼らの死は背負っていかなくてはならないだろう。今後二度とこのような死が起きないために努力する、それが私にできるせめてもの償いだ。
「さて、この人達は解放しないとね」
憂鬱なのはまだこの後も何人か粛清しなくてはならないということだ。
教皇を始め、勇者召喚に関わった幹部達は最低限処理しなくてはならないだろう。
それ以外、転生者や司教などがどれほど関わっているかは知らないけど、それは追々調べていく必要がある。
幸いなのは、こいつらは幹部である自分達以外はここに寄せ付けていなかったということか。結構な地位にいそうなコノハさんでさえここの事は知らなかったわけだし、転生者は勇者召喚には関わっていないと思う。
転生者まで関わっていたら私は罪悪感で寝込む自信がある。救えなかったという自責の念に駆られて自傷行為に走ってもおかしくない。
そんなことさせないでよね、ほんと……。
「あ、ありがとうございます……その、助けていただいて」
「いえ、成り行きでしたので。それより、囚われているのはこれで全員ですか?」
罪人達は皆隷属の首輪をつけていたので外してあげると、怯えながらもお礼を言ってくれた。
年齢は様々で、成人している人もいればまだ子供の子もいる。子供は目の前の光景に気絶してしまっていたり失禁してしまっていたりと酷い惨状だ。
まあ、いきなり竜が目の前に現れて人を皆殺しにしていったんだからそりゃトラウマものだろう。
そこら辺を考慮できなかったのは私のミスだけど、あの時は頭に血が上っていてそこまで判断できるような状態ではなかった。許してほしい。
「いえ、奥にまだ何人かいます。でも、牢屋に入れられていて……」
「わかりました。すぐに助けましょう」
とりあえずどうするかはこの人達を助けてから考えることにしよう。
すでにここに連れ込まれてからそこそこ時間が経っている。ホムラ達はすでに攻撃を開始していることだろう。
アリアの伝言を受け取ってくれたかどうかはわからないが、あまり無関係の人に被害を出していないといいのだが。
一人に案内され、奥の扉を抜けると、そこは地下牢に繋がっていた。私が捕まっていたのと同じようなタイプのものらしく、そこには合計で50人ほどの人間が捕まっていた。
いや、人間だけではない。獣人やドワーフの姿もあるから、恐らく各国から罪人を集めていたのだろう。
生贄になんて捧げなくても、竜脈の魔力を利用していたなら詠唱だけでも十分事足りたと思うのだが、そこらへんは理解していなかったのだろうか。とにかく、無駄に生贄に捧げようとするなんて許されざる行為である。たとえ相手が処刑するべき相手だったとしても。
いや、聖教勇者連盟の事だから、その罪も冤罪の可能性があるかもね。後で詳しく聞いてみようかな。
合計60人ともなるとかなりの大所帯で、行動するにもどうしようという感じである。ひとまず大神殿の外に出てもらったが、今は竜が絶賛攻撃中、結界のあるここから出るのは逆に危ないか。
「ハクお嬢様、あちらをご覧ください」
「ん?」
とりあえず、ホムラに報告してー、とか考えていた時、人間姿に戻ったエルがふいに魔法陣の方を指さした。
そこにはあれだけの戦闘にも関わらず無傷で残されている魔法陣がある。
そうだ、これもちゃんと破壊しておかないとだったね。
床に刻み込まれている形式だから床ごと破壊しなくては。そう思って近づいてみると、魔法陣が光り輝いていることに気付いた。
「え、これって……」
この光、明らかに魔法陣が作動しようとしている。詠唱もなしにどうして?
そこまで考えて、これは私のせいだと気づいた。
詠唱に参加するだけでも魔力を提供できるように、その場にいるだけでも多少なりとも魔力が魔法陣に注がれることになる。そして、それが魔力の多い人だったのなら、それだけで発動に足る魔力を補充できてしまうこともある。
今回の場合、私とエルがいた。特に、エルは竜状態になったことによって魔力を放出していたし、より多くの魔力が流れ込んでしまったのだろう。
さらに、そこに供物となる人間の血が大量に注ぎ込まれた。ここまで来れば、詠唱などなくても十分に発動に足る量になると推察できる。
……って、そんな悠長に考察している場合じゃない。早く止めないと!
「せやっ!」
とりあえずとっさに思いつかなかったので、火魔法で爆発を起こし破壊することにした。
こんなことしたら近くにいる私やエルに被害が出てしまうが、早く床を破壊しなくてはならないという考えに憑りつかれていたこともあってそのことを考える余裕はなかったのだ。
もちろん、竜であるエルはもちろんの事、私もとっさに防御魔法を展開したので怪我をすることはなかったが、もっと冷静な判断が下せるようにしないとなと反省した。
爆炎によって煙が上がる。煙で見えにくいが、見る限りでは魔法陣の光も弱まっており、魔法陣が停止したのだと理解できた。
危ない危ない。これで勇者が召喚されていたらとんでもないことになる所だった。
ほっと息をついていると、不意にこつんと言う足音が聞こえた。
とっさに振り返るが、誰かが来たというわけでもないし、エルが動いたというわけでもない。
では一体どこから?
そう考えた時、はっと嫌な予感が脳裏をよぎった。
私は恐る恐る目線を戻す。爆炎によって発生した煙は次第に薄れて行き、その先にあるものを明らかにしていく。
そこにあったのは、いやいたのは、この世界では見慣れない服を身に着けた青年だった。
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